国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地質調査総合センター 片山 泰樹 主任研究員、吉岡 秀佳 研究グループ長、金子 雅紀 主任研究員、坂田 将 招聘研究員、高橋 浩 主任研究員は、独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構、国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構と共同で、メタンハイドレート(以下「MH」という)を埋蔵する東部南海トラフの海底堆積物から、多様な生きたメタン生成菌を培養することに成功し、これらの菌の性質を明らかにした。同時に、堆積物表層からMH濃集帯までのメタン生成ポテンシャルの深度プロファイルを明らかにし、メタン生成菌の生育温度がメタン生成ポテンシャルの重要な要素であることを実験的に証明した。南海トラフに埋蔵されているMHは微生物活動によって生成されたメタンに由来すると考えられていることから、本研究による発見により深海底で起こり得る微生物によるメタン生成プロセスの条件の一端が明らかになったことでMH形成過程の解明に近づいた。なお、この成果は2022年2月2日(英国時間)、The ISME Journal誌に掲載される。
南海トラフ海底堆積物中で生きる多様なメタン生成菌の蛍光顕微鏡写真
最長5年をかけて培養した。メタン生成菌は細胞に紫外線を当てることで蛍光色を発する。白いスケールバーの長さは10 µm。
メタンを主成分とする天然ガスは、燃焼させた時に酸性雨の原因となる硫黄酸化物が発生せず、大気汚染の原因とされる窒素酸化物や地球温暖化につながる二酸化炭素の排出量が石油や石炭と比較して少ないため、よりクリーンな化石燃料として需要が高まっている。現在、わが国は天然ガスの95%以上を海外からの液化天然ガス(LNG)の輸入でまかなっていることから、日本近海の海底下で見つかっているMHは、国内の天然ガス資源として期待が寄せられている。これらの多くは、海底下に生息する微生物の活動によって生成したと考えられている。しかし、MHが存在する深海底の堆積物の中で、どのような種類・性質のメタンを生成する微生物(通称、メタン生成菌)が活動しているのかはほとんど明らかにされていなかった。海底下における微生物がどのようにメタンを生成し、MHの形成に至るのかという一連の過程を理解することで、より正確な資源量評価や探鉱が可能になる。
産総研は、メタンハイドレート資源開発研究コンソーシアム(MH21)に参画し、MHの商業生産を実現するための研究開発を担っている。このコンソーシアムは、これまでにモデル海域とした東部南海トラフを対象に調査を行い、大規模な開発可能性を示す砂層型MHの濃集帯を発見している。当該域のMHの分布や貯留層の性状を明らかにし、MH形成や資源量評価に関わる基盤データを得るため、掘削調査を進めてきた。産総研は東部南海トラフ第二渥美海丘(図1)の水深約千メートルから掘削・採取された海底堆積物コア試料を用いて微生物学的研究を進めた。
なお、本研究は、経済産業省の委託により実施しているメタンハイドレート研究開発事業において得られた成果に基づいている。また、本研究の一部は、文部科学省 科学研究費補助金(JP15H05332、JP17K15183、JP18H05295 、JP19H04261)の支援を受けて実施した。
今回、東部南海トラフのコア堆積物試料について、ラジオトレーサー法を用いて、海底表層からMH濃集帯までの範囲において、微生物がどの堆積物深度で、どの程度のメタンを生成し得るのかを調査した。約5年の培養実験を経て、計10株(7属8種)のメタン生成菌を得ることに成功した。これまでMHは、ガスの同位体比分析などからメタン生成菌が生成するメタンに由来すると考えられてきた。しかし、MHを埋蔵する海底堆積物から、実際に生きているメタン生成菌の証拠はほとんど得られていなかった。本発見により、系統的・代謝機能的にみて、従来考えられていたよりも多様なメタン生成菌がMH堆積物の中で生きて存在することが示された(図2)。得られたメタン生成菌のうちのいくつかは、現場の深海底堆積物環境において優占して生息するメタン生成菌種であった。
この優占株の温度特性を調べたところ、菌が得られた堆積物試料の原位置の温度帯4℃〜15℃でメタンを生成することができた。更に、45℃以上にてメタン生成速度の急激な減少が見られた(図3)。このメタン生成限界温度は、これまでに報告されていた南海トラフにおける微生物メタン生成ポテンシャルの深度プロファイルと整合しており、海底下でのメタン生成プロセスのモデル化で中心的課題となる堆積物深度(温度)と微生物のメタン生成能力との関係を培養実験で明らかにした。
また、従来、海底堆積物において水素と二酸化炭素からメタンが生成する経路が注目されていたが、この経路に加え、従来見過ごされていたメタノールからメタンが生成する経路も、重要であることを示唆する結果が得られた。この経路は、今後メタン生成ポテンシャルをより正確に評価するための新たな研究対象として位置づけられる。
図1 南海トラフにおけるMHの推定分布
MH濃集帯の可能性を強く示唆する領域を赤、それ以外を青で示す。黒丸は本研究の調査地域の第二渥美海丘。
図2 培養されたメタン生成菌の系統分布・基質(エサ)利用性・堆積物中の優占度。
(左図)リボゾームRNA遺伝子配列に基づく系統樹
MH含有海底堆積物から培養された既知のメタン生成菌を赤字、本研究にて培養されたメタン生成菌を青字、それ以外を黒字で示した。系統樹上の色分けは、各菌株の基質利用性を示す。これまでMH含有堆積物から培養されたメタン生成菌は水素からメタンを生成する2種のみであったが、それらとは系統的に異なり、水素以外に酢酸やメタノールを利用するメタン生成菌が生息することを新たに発見した。
(右図)培養されたメタン生成菌の堆積物中の優占度の深度分布
堆積物試料から直接遺伝子配列を解析すると、左図の25XMc2株、1H1Hc7株、MSS35株と同じ遺伝子配列が検出された。中でも1H1Hc7株(青)と25XMc2株(緑)はさまざまな深度の堆積物から高い割合で検出され、優占メタン生成菌であることが示唆された。
図3 現場に優占して生息するメタン生成菌1H1Hc7株と25XMc2株のメタン生成速度の温度プロファイル
今後はメタン生成菌株の培養実験の結果に基づいて、海底堆積物におけるメタン生成プロセスの正確なモデルを組み立て、メタンが海底環境でどのように集積してMHを形成するのかをシミュレーションモデルに基づき評価する。MHの形成条件を明らかにすることで、微生物起源の天然ガス資源の探鉱や資源量の評価に役立つ。
掲載誌: The ISME Journal
論文タイトル: Cultivation and biogeochemical analyses reveal insights into methanogenesis in deep subseafloor sediment at a biogenic gas hydrate site
著者: Taiki Katayama, Hideyoshi Yoshioka, Masanori Kaneko, Miki Amo, Tetsuya Fujii, Hiroshi A. Takahashi, Satoshi Yoshida and Susumu Sakata