国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地質調査総合センター 中島礼 研究グループ長、植木 岳雪 客員研究員(現所属:帝京科学大学)、山崎 徹 主任研究員、高木 哲一 上級主任研究員、斎藤 眞 イノベーションコーディネータは、愛知県豊田市と周辺地域の5万分の1地質図幅「豊田」を刊行した。
「クルマのまち」として知られる豊田市と周辺地域では、大規模な自動車工場が地盤や工業用水、交通などの利便性を考慮して建設されてきた。これら工場は、地質調査によって数十万年前の中期更新世に出来た強靱な地盤「河岸段丘」に建設されていることが明らかとなった。この河岸段丘は、数十万年という長期間にわたり、河川で運ばれた砂礫によって構成された地質である。頑丈な地盤で高台にあるため、地震や洪水などの自然災害から受ける影響は小さいと考えられる。また、豊田地域特有の広大で平坦な地形であることから、大規模な工場群を中心に、物流やインフラの拠点が集中しやすい。このような地形・地質学的な環境に恵まれたことで、豊田地域は産業地帯へと発展したと考えられる。この地質図幅は、現世の河川が作った低地や低地を埋めた盛土など、脆弱な地盤も図示している。地質図を用いて地盤の特徴を理解することは、企業や行政の事業継続計画(BCP)や防災計画に役立つ。
豊田地域の立体地質図と自動車工場の位置。最高位の段丘面(茶色)、高位の段丘面(薄茶色)、中位の段丘面(黄色)、そして矢作川の現河床面(灰色)が階段状(黒折れ線)に分布する。広大で平坦、頑丈な地盤である最高位と高位の段丘面上に大規模な工場が多く位置している。
産業都市の持続的発展には、工場などの産業地帯や商業地帯、インフラ、住宅地などが安全な地盤の上に設置されることが望ましい。近年では、巨大地震や豪雨に伴う地すべりなどの自然災害への備えとして、地盤の強度などの地質情報をあらかじめ把握することがますます重要となっている。製造業を中心に発展してきた豊田地域においても、企業による事業継続計画(BCP)の策定や行政による防災計画の策定に、地質情報は欠かせないものである。豊田地域の地質については十分な情報が整備されておらず、豊田地域の持続的な産業発展のためには地質情報の整備が必要である。
産総研の地質調査総合センターでは、国土の基盤情報として、全国の地質図の整備に取り組んでいる。地質図とは、地域に分布する地質の情報を1枚の地図上にまとめ、断面図を付して三次元的にその地域の地質の形成過程を理解出来るようにした図面である。産業立地をはじめ、資源開発や防災・減災、土木・建設、観光振興、環境保全対策など、幅広い分野での基礎資料として利活用されている。南海トラフの巨大地震が発生した場合、地震被害が予想されるため、人口や産業の集中する平野沿岸域の地質図の整備が集中的に進められている。東海地域においては、東三河の豊橋地域と三河山地地域で地質図が整備された。現在、西三河の地質調査を進めており、今回の5万分の1地質図幅「豊田」を刊行するに至った。
豊田地域において、山地から丘陵、平野部に分布する岩石や地層、断層などの地質調査を実施し、採取した試料の顕微鏡観察、化学分析、化石の分析、年代測定などを行った。これらの最新の研究成果と地質のボーリング資料および既存研究の成果を再検討することで、豊田地域の地質図とその説明書を完成させた。この地質図には、豊田地域の基盤となる中生代ジュラ紀と白亜紀の岩石、基盤に重なる新生代新第三紀と第四紀の地層の分布のほか、地下断面図と活断層、鉱山の位置などを図示している(図1)。
図1 豊田地域の地質図幅。上に平面図、下に地下断面図を図示。
図2 豊田地域の地質総括図。
三河山地、尾張丘陵、平野部の地層の特徴、形成年代と形成過程を図示。
豊田地域の東部から北部にかけての三河山地には、ジュラ紀と白亜紀の変成岩類と白亜紀に地下深部で形成された深成岩類の一種である花崗岩が分布し、これらの地層は豊田地域の地下にも広く分布している。北西部の尾張丘陵には、新第三紀の地層である品野層(海と湖沼の環境で堆積)と瀬戸層群(湖沼と河川の環境で堆積)が分布する。これらの山地と丘陵に囲まれた平野部に第四紀の河川環境で堆積した地層が分布する(図2)。尾張丘陵の瀬戸層群と平野部の地層は、どちらも風化・侵食作用を受けた三河山地の岩石が河川によって流出して堆積したものである。
豊田地域の特色は、平野部に分布する階段状で平坦な地形をもつ「河岸段丘」(図3)である。地質図幅「豊田」では、平野部の河岸段丘を標高別に最高位から低位までの6段に区分した。その中でも、最高位、高位、中位の3段の形成年代は、地層の重なり、標高、花粉化石などに基づき、それぞれ約90〜80万年前、約60〜13万年前、約13〜9万年前であることが明らかになった。段丘の構成物は、三河山地を起源とし、花崗岩やチャート、堆積岩、流紋岩などの礫、砂および泥であり、これらが10〜20 m程度の厚さで地下に分布している。特に三河山地に近い豊田市の周辺では、粗粒な砂礫が頑丈な地盤を構成している。その中でも工場群が位置し、東西広範囲に分布する高位の段丘面は「挙母(ころも)面」と呼ばれ、約60〜13万年前にこの地域を流れていた河川が、三河山地から尾張丘陵までの15 km以上の幅の流域を蛇行しながら、堆積物で充填していくことで形成された。
豊田地域南部に位置する中位の段丘も広く平坦であるが、細粒で固結度が弱いため、最高位や高位の段丘のように強い地盤ではないと考えられる。
かつては農業・工業用水や電力を得にくかった最高位と高位の段丘は、産業用地として使われなかった。しかし、これらの段丘は地震被害や水害などの自然災害を受けにくい高台で頑丈な地盤であるだけでなく、大規模な工場や物流拠点、高速道路などインフラ整備に適した広大な平坦地形である。河岸段丘の特徴が現代の産業立地の条件に適合したことで、豊田地域の産業の発展に繋がったと推測される。
一方で、豊田地域の現在の河床面である低地や低位の段丘は脆弱であることが多く、また水害の影響も受けやすい。このような地盤は、盛土などの地盤改良を施しても大規模な工場の立地に適していないとされ、地質図にはこのような脆弱な地盤も図示している。地盤の特徴を理解し、産業の目的に適合した立地を選択するためにも、地質図幅「豊田」の活用を期待する。
図3 河岸段丘の模式図。河川が大地を下刻し、蛇行して流域を広げることで、段丘面が形成される。下刻は下方に向かうため、標高が高いほど古い時代に形成された段丘であり、低いほど新しい時代の段丘となる。
豊田地域の地質図からは、地盤の強度に加えて窯業の発展に関する情報も読み取れる。三河山地の花崗岩類は、陸上に露出することでマサ(真砂)と呼ばれる風化土壌に変化する。このような風化土壌(粘土や鉱物粒子)は、河川によって山地から流出して低地部に堆積し、地層を形成する。その代表的な地層が、豊田地域北部の尾張丘陵に見られる瀬戸層群である。瀬戸層群に含まれる粘土は、古墳時代から鎌倉時代の古代窯として知られる「猿投窯(さなげよう)」の陶器の原料として使われてきた。近代になり、珪砂を含む蛙目(がえろめ)粘土と木節(きぶし)粘土が窯業原料の陶土として注目され、活発に採掘された。豊田地域の珪砂は現在、自動車用ガラスや板ガラスの原料として採掘され、複数の鉱山が稼行している(図4)。尾張丘陵に分布する粘土や珪砂の存在は、古代から現代までの東海地域の産業を支えてきた。
以上のように、三河山地の恩恵を受けた豊田地域の地質は、強靱な河岸段丘と豊富な窯業資源に特徴付けられ、ともに自動車産業にとっては良好な産業立地であったと言える。地質図から読み取れる豊田地域の産業立地は、良好な地質に基づいて産業立地が進んだ好例として、他地域の都市計画やインフラ整備にも参考になるだろう。
図4 豊田市の珪砂・陶土鉱山。
5万分の1地質図幅「豊田」は、産総研が提携する委託販売店(https://www.gsj.jp/Map/JP/purchase-guid.html)より、2022年1月21日(金)から販売される。
現在、産総研地質調査総合センターでは、愛知県岡崎市、安城市、西尾市などが位置する西三河平野南部の地質図・地質情報の整備を進めている。
豊田市郷土資料館(愛知県豊田市陣中町1-21-2)で開催される特別展「『新修豊田市史』通史編刊行記念 はじめてのとよた史」(期間:令和4年1月22日〜3月20日)において、5万分の1地質図幅「豊田」を展示予定である。
掲載誌:地域地質研究報告(5万分の1地質図幅)
論文タイトル:豊田地域の地質
著者:中島 礼1・植木 岳雪2・山崎 徹3・高木 哲一4・斎藤 眞5
1 地質調査総合センター地質情報研究部門 平野地質研究グループ 研究グループ長
2 地質調査総合センター地質情報研究部門 客員研究員(現所属:帝京科学大学)
3 地質調査総合センター地質情報研究部門 地殻岩石研究グループ 主任研究員
4 地質調査総合センター地圏資源環境研究部門 上級主任研究員
5 地質調査総合センター研究戦略部 イノベーションコーディネータ