カーボンナノチューブ(CNT)(1)は、全て炭素原子で構成された単層グラフェンをらせん状に丸めた1次元物質です。そのらせん構造(カイラリティとも呼ぶ)(2)に依存して、CNTは金属や半導体の様に振る舞います。半導体CNTは、エネルギー効率が高いナノトランジスタの製造に有望であり(Science 355, 271 (2017))、現在のシリコンを超えるマイクロプロセッサの構築につながると言われています(Nature 572, 595 (2019))。しかし、個々のCNTのカイラリティを変えて電気特性(金属伝導か半導体性伝導か)を如何に制御し得るかは、依然として大きな課題でした。
一方、金属CNTと半導体CNTの分子接合は、ナノスケールの電子デバイスの素子として利用できることが理論的に提案されていました(Appl Phys Lett 72, 918 (1998))。分子内CNT接合部における整流作用のある輸送特性が報告されていますが、これは成長過程でランダムに形成された欠陥によるものです(Nature 402, 273 (1999))。また、過去の実験では、塑性変形によるCNTのカイラリティの変化に関する報告がありますが、CNTの変形や電気的特性は制御されていませんでした(Nature 439, 281 (2006)、Ultramicroscopy 194, 108 (2018))。そのため、個々のCNTの高精度な操作、原子分解能観察、ナノトランジスタの作製と測定を同時に実現する技術の開発が渇望されていました。
今回、共同研究チームは、独自のその場透過型電子顕微鏡(TEM)法を用いて、局所的にカイラリティを変化させることでCNTの電気特性を制御し、CNT分子内トランジスタの作製および測定技術の開発に成功しました。
本研究では、TEM内において独立3次元操作可能な2本の探針を備えた特殊なホルダーである二探針ピエゾ駆動ホルダーを応用した精密ナノマニピュレーション技術を開発しました。TEM観察下で金属電極エッジから突出した個々のCNTを探し出し、ナノ探針を接近させて、加熱(ジュール熱)と引っ張りひずみによりCNTを塑性変形させることで、中間のホットスポットに局所的なカイラリティの変化を誘起しました。この変化を、電子回折パターンと球面収差(Cs)補正TEMにより取得した原子分解TEM像を用いて解析して、らせん角が増大する傾向を発見しました。
また、CNTを架橋したチャネル(3)、固定電極をソース電極、1本のナノ探針をドレイン電極、もう1本のナノ探針をゲート電極としたサスペンデッド型トランジスタを配置する(図1a)ことで、CNTの電気輸送特性をTEM内で測定しました。この電気的測定結果をフィードバック信号として、繰り返し行われる熱・応力の調整により金属CNTから半導体CNTへの転移制御を可能とすることで、CNT分子内トランジスタの製造に成功しました。その結果、CNTの直径を連続的に小さくしていくと、ドレイン電流を流すのに必要なゲート電圧が大きくなり、CNTのバンドギャップがCNTの直径に反比例することを明らかにしました。
本研究では、直径約0.6 nm(4)、チャネル長約2.8 nmのCNTトランジスタを作製し、実験条件は、0.5 Vの駆動電圧下で、ON電流は0.74 μA(電流密度は1233 μA/μm(5))、OFF電流は0.2 nA、ON/OFF比は3700でした。また、サブスレッショルド・スイング(SS)(6)は、1.33 V/decで、既報のサスペンデッド型トランジスタ(チャネル長30 nmの場合,SS値は4.9 V/dec)よりも優れています(図1b-c)。
カイラリティが変化したCNTチャネルの長さがナノメートルスケールであることから、円周方向に加えて、軸方向にも量子力学的な閉じ込め効果が生じていると考えられます。チャネル長約8 nmのCNTトランジスタでは、ゲート電圧-ドレイン電流特性において、ファブリ・ペロー干渉(7)に相当するON状態でのコンダクタンスの周期的な変動も観測されています。室温でCNTに量子干渉が観測されたのは、カイラリティ変化を生じた短いセグメントの大きなエネルギーギャップと、共有結合したナノチューブ接合部での電子散乱が減少したことによるものだと考えられます。
図1. CNT分子内トランジスタの模式図(a)、透過型電子顕微鏡像(b)と電流―電圧特性(c)
本研究成果に基づき、CNTのカイラリティを利用した先駆的な電子デバイスを実現するための研究を進めています。今後は、実用的な原子精度の材料構造を検討し、単一分子、単一原子レベルの電子、量子機能デバイスの設計と製造を目指します。
題目:Semiconductor nanochannels in metallic carbon nanotubes by thermomechanical chirality alteration
著者:Dai-Ming Tang, Sergey V. Erohin, Dmitry G. Kvashnin, Victor A. Demin, Ovidiu Cretu, Song Jiang, Lili Zhang, Peng-Xiang Hou, Guohai Chen, Don N. Futaba, Yongjia Zheng, Rong Xiang, Xin Zhou, Feng-Chun Hsia, Naoyuki Kawamoto, Masanori Mitome, Yoshihiro Nemoto, Fumihiko Uesugi, Masaki Takeguchi, Shigeo Maruyama, Hui-Ming Cheng, Yoshio Bando, Chang Liu, Pavel B. Sorokin, Dmitri Golberg
雑誌:Science
掲載日時:2021年12月24日