国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)触媒化学融合研究センター 官能基変換チーム 吉田 勝 研究チーム長(兼 同研究センター 副研究センター長)、小野 英明 産総研特別研究員らは、生分解性骨格からなる新たな両親媒性高分子材料を開発した。
今回開発した両親媒性高分子材料は、生分解性を有することが知られているポリエステル [ポリ(ブチレンサクシネート)(PBS)] とポリアミド [ポリ(2-ピロリドン)(PA4またはナイロン4)] を基本骨格とする。異なる末端基のPBSとPA4を調製し、これらを縮合させることで、目的のPBS(ポリエステル)-PA4(ポリアミド)ジブロック共重合体(PBS-b-PA4)を得た。PBS-b-PA4は、クロロホルム-水系溶液中でミセル化や乳化など両親媒性に由来する典型的な性質を示した。ポリエステルとポリアミドの組み合わせにより両親媒性を発現させた報告例はこれまで無く、さらに生分解性材料によって両親媒性を発現させたことは実用につながる成果として特筆できる。これにより生分解性両親媒性高分子材料として、新たな応用展開が期待できる。具体的には、ドラッグデリバリーシステム、界面活性剤、および異種高分子混合用相溶化剤など、使用後は高分子が拡散するため、回収して廃棄することが困難な用途でも適合可能な利点がある。なお、この技術の詳細は、2021年12月21日に「European Polymer Journal」誌にオンライン掲載された。
生分解性骨格からなるPBS-b-PA4の両親媒性に由来する特性の発現
プラスチックは、便利な素材として我々の生活に広く浸透しているが、自然界で容易に分解されないため、世界的な環境問題を引き起こしている。一方、現代社会において脱プラスチック化は困難であり、生分解性プラスチックへの期待が高まっている。そこで従来のプラスチック材料と同等以上の性能を有する生分解性プラスチックの開発が求められている。
生分解性プラスチックの性能向上のために、性質の異なる複数の生分解性プラスチック材料の複合化の検討が進められている。しかし、互いに混ざり合わない複数種のプラスチック材料を、混錬などの一般的な手法でそのまま均質に混合することは困難であるため、これらを相溶するための添加剤の開発が行われている。
産総研は、「ポリアミドを基軸とする新規海洋生分解性材料の開発」を目指し、ポリ(ブチレンサクシネート)(PBS)樹脂とポリ(2-ピロリドン)(PA4)樹脂をブレンドした複合材料を開発してきた。これは、成形加工が容易なPBSと、優れた機械強度を持つが成形加工性に課題のあるPA4をブレンドした複合材料とすることで、用途に応じて機械特性や加工性が調整でき、なおかつ生分解性を有する複合材料としての活用が目的である。しかし、これら2種の樹脂を、混錬などの一般的な手法でそのまま均質に混合することは困難である。均質な複合材料を得る方法の一つとして、両親媒性高分子を相溶化剤として添加する方法が以前から知られている。両親媒性高分子は、原料となるそれぞれの樹脂と混和する部位を一分子内に有することで、樹脂間の界面自由エネルギーを低減させ、樹脂同士を分散・安定化させる相溶化剤として作用する(図1)。従来、ポリエステルとポリアミドからなるジブロック共重合体の合成は、それぞれの高分子を溶解させる溶媒が少ないことや、ポリアミドの重合条件下ではポリエステルが分解する等の理由から困難であった。このため、実際にポリエステルとポリアミドからなるジブロック共重合体を得た報告例は数件のみである。本研究では、各末端を緻密に制御したポリエステルとポリアミドをそれぞれ合成し、塩を添加した溶媒下で縮合することでジブロック共重合体の合成を達成した。さらに、得られたジブロック共重合体が相溶化剤として機能するために必要な両親媒性を明らかにした。
なお、本研究開発は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務「エネルギー・環境新技術先導研究プログラムプロジェクト:ポリアミドを基軸とする新規海洋生分解性材料の開発(2019~2021年度)」による支援を受けて行ったものである。
図1 PBS-b-PA4に期待される相溶化剤としての機能
(1)PBS-b-PA4の合成と構造評価
PBS-b-PA4を合成するために、まず末端の官能基が規定された2つの基本ユニットを調製した。すなわち、アミノ基末端PBS(NH2-PBS)を5工程、カルボキシル基末端PA4(COOH-PA4)を2工程かけて、それぞれ合成し、この2つのユニットを、アミド化反応で連結する合成法を着想した。実際に、得られたNH2-PBSとCOOH-PAを、縮合剤によってアミド化縮合することで、PBS-b-PA4の調製に初めて成功した(図2)。1H-NMRによる構造解析により、得られたPBS-b-PA4が目的の化学組成を有することが分かった。また、PBS-b-PA4の分子量は、各前駆体の分子量の和とよく一致した。以上のNMRと分子量測定結果より、PBS-b-PA4が目的構造を有するジブロック共重合体として得られたことを確認した。
図2 PBS-b-PA4の合成スキーム
(2)PBS-b-PA4の両親媒性の評価
本研究では、PBSを溶解するがPA4を溶解しないクロロホルムをポリエステル層として、一方PA4を溶解するがPBSを溶解しない水系溶媒をポリアミド層として見立てて、これらの溶媒系におけるPBS-b-PA4の両親媒性を評価することで、PBSおよびPA4の樹脂間における両親媒性を間接的に評価した。
両親媒性化合物は、分子内の極性相互作用により、適当な溶媒中で自己集合してミセルを形成することや、溶液界面に吸着し非相溶な2液を分散状態で安定化させる乳化作用があることが知られている。実際に、PBS-b-PA4をPBSとなじみやすいクロロホルム中、室温で攪拌すると無色透明な溶液が得られた。しかし、動的光散乱測定およびチンダル現象の観察で、この溶液中には、直径43と234 nmに分散中心を有するコロイド粒子が含まれることが確認できた。加えて、この溶液の1H-NMR測定を行ったところ、PBS由来のピークのみが観測され、PA4由来のピークは観測されなかった(図3 (a))。この溶液から回収したPBS-b-PA4サンプルについて、PBSとPA4の両方を溶解させるトリフルオロ酢酸を使用した同様の1H-NMR測定では、両方のブロックのピークが同時に観測されたことから、前述したPA4のピークの消失は分解が原因ではないことを確認した(図3 (b))。よって、これらの結果から、PBS-b-PA4がクロロホルム中で、PA4を内側にPBSを外側に有するミセル状の自己凝集体として擬固体化することが明確に示された。
図3 PBS-b-PA4の(a)クロロホルム中、(b)トリフルオロ酢酸中での1H-NMR スペクトルと分散状態の概略図
さらに、PBS-b-PA4 の乳化作用は、2種類の液体がエマルジョンを形成するか否かで評価した。2種類の溶媒として、PBSとなじみやすいクロロホルムと、PA4となじみやすい水系溶媒をそれぞれ選択した。クロロホルムと水は溶けあわず2相となり、下層がクロロホルム、上層が水相である。図4は、これらの2液系に前駆体NH2-PBS、COOH-PA4、およびPBS-b-PA4をそれぞれ添加し、振盪後72時間経過した際の外観写真である。NH2-PBSおよびCOOH-PA4をそれぞれ添加したサンプル(a)、(b)は、振盪後数分以内に2液に相分離したため乳化性を示さないことが分かった。一方、PBS-b-PA4を添加したサンプル(c)では72時間後も、上層にクロロホルムと水の安定なエマルジョンが観測された。
図4 水系溶媒/クロロホルム分配系に、(a) NH2-PBS、(b) COOH-PA4、および(c) PBS-b-PA4を添加し、振盪後72時間経過したサンプルの外観写真
このように、ポリエステルとポリアミドのジブロック共重合体であるPBS-b-PA4が、クロロホルム-水系溶媒間で、両親媒性分子に典型的なミセル化や、乳化などの特性を示すことを初めて実証した。以上の結果から、PBS-b-PA4が、PBSとPA4間においても両親媒性を示し、相溶化剤として機能することが期待される。相溶化剤として、PBS-b-PA4を活用することで、従来のプラスチック材料と同等の性能と、生分解性を両立する新規複合材料の創製が期待される。
今後は、PBS-b-PA4を相溶化剤として応用し、PBSとPA4が均質に混合された複合材料の創出についての検討を進める。また、PBS-b-PA4の両親媒性を、相溶化剤を含む様々な用途に応じて調整するために、鎖長比の異なるPBS-b-PA4の物性ライブラリを構築する。さらに、本研究で確立したポリエステル-ポリアミドジブロック共重合体の合成手法を発展させ、ポリエステルやポリアミドからなる各種複合材料に適用できる新規の相溶化剤の創出に取り組む。産業技術総合研究所における領域融合プロジェクトの一環である資源循環利用技術研究ラボにおいて、相溶化剤としての機能および種々の応用を念頭に置いて、海洋中を含む自然環境下での生分解性に関する評価を実施していく。
掲載誌:European Polymer Journal 10.1016/j.eurpolymj.2021.110961
論文タイトル:Self-assembly and amphiphilic behavior of poly(ester)-block-poly(amide) diblock copolymer based on biodegradable poly(butylene succinate) and poly(2-pyrrolidone)
著者:Hideaki Ono, Hiroyuki Minamikawa, Koji Nemoto and Masaru Yoshida