国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)先進パワーエレクトロニクス研究センターパワーデバイスチーム 中島 昭 主任研究員、原田 信介 研究チーム長は、ワイドバンドギャップ半導体である窒化ガリウム(GaN)を用いた高電子移動度トランジスタと炭化ケイ素(SiC)を用いたPNダイオードの両者をモノリシックに一体化した、ハイブリッド型トランジスタの作製および動作実証に世界で初めて成功した。GaNとSiCのデバイス試作を両立できる独自の一貫製造プロセスラインの構築によって、ハイブリッド型トランジスタの実現に至った。試作したハイブリッド型トランジスタは、GaNの特長である低いオン抵抗およびSiCダイオードで実績のある非破壊降伏の両立を実現した。これによって、ハイブリッド型トランジスタは高い信頼性が求められる電気自動車や太陽光発電用パワーコンディショナーなどへの適用が期待される。今後は、デバイス製造プロセスのさらなる最適化を進め、実用化に向けた橋渡しを目指す。
なお、この技術の詳細は、2021年12月11~15日に米国サンフランシスコ州で開催される67th Annual IEEE International Electron Devices Meetingでオンライン発表される。
直径100 mmウエハー上に形成されたハイブリッド型トランジスタとその等価回路
近年、地球温暖化問題は深刻さを増しており、社会全体の省エネルギー化が急務となっている。電力エネルギーの変換・制御を行う電力変換器は、家電製品や産業用機器などを始めとする電気エネルギーを使うあらゆる機器において、省エネルギー化を可能とする重要な機器である。2050年のカーボンニュートラルの実現に向けて、電気自動車や太陽光発電などの普及が求められており、それらに使用される電力変換器には、現在よりもさらなる高効率化・小型化および高い信頼性が必要である。そのため電力変換器に使用されているパワートランジスタについても、さらなる技術革新が不可欠である。
パワートランジスタは、電力変換回路における電気的スイッチとして用いられることから、以下の3つの性能が求められる。
①高効率な電力変換を実現するための、スイッチオン状態における導通損失を減らす低いオン抵抗
②スイッチング損失を減らすための、オンとオフの高速な切り替え性能
③電力変換回路の異常動作時におけるノイズエネルギーの吸収源としての役割
なお、③ではオフ状態において過電圧が印可されたとき、トランジスタが非破壊の降伏を起こし、ノイズエネルギーを熱エネルギーとして吸収することで電力変換器の信頼性を担保している。
現在のパワートランジスタの主流であるシリコン(Si)トランジスタでは、①~③の性能がほぼ材料の限界に到達している。そのため、Siの限界を超える技術として、GaNやSiCといったワイドバンドギャップ半導体を用いたパワートランジスタの研究開発が行われてきた。図1に従来のGaN高電子移動度トランジスタ(以下「GaNトランジスタ」という)の断面構造を示す。高電子移動度トランジスタは、図1に描くようにソース電極(S)とドレイン電極(D)の間にPN接合が存在しないため、ボディダイオードがない。このためGaNトランジスタは①と②は優れるが、③が小さいという固有の弱点があり、これが普及の妨げとなっていた。
図1 従来のGaNトランジスタの構造
従来のSiトランジスタには、MOS型電界効果トランジスタと呼ばれる構造が採用されており、図2(a)の等価回路で表されるPNダイオード(以下「ボディダイオード」という)が逆並列に接続される。図3にSiトランジスタのオフ状態における電流-電圧特性を描く。異常動作などによりトランジスタに過電圧が印可されると、ボディダイオードが非破壊のアバランシェ降伏を起こし、ノイズエネルギーが熱エネルギーとして吸収される。
GaNトランジスタには、前述のとおり高電子移動度トランジスタに特有のデバイス構造上、ボディダイオードが存在しない。そのため、図2(b)に示すようにノイズの逃げ場がなく、わずかなノイズで素子が破壊される。そこでわれわれは、図2(c)に示すようにGaNトランジスタとSiCダイオードを同一の基板上に一体形成(以下「モノリシック化」という)したハイブリッド型トランジスタの研究開発を行った。
図2 トランジスタの等価回路(a) Si型、(b)GaN型、(c)ハイブリッド型
図3 SiトランジスタおよびGaNトランジスタにおける降伏特性の模式図
GaNとSiCのハイブリッド型トランジスタの実現には、GaNとSiCの両者に対するデバイス試作環境が必要だった。そこでわれわれは、TIAにおけるオープンイノベーション拠点の一つであるSiCパワーデバイスの100 mm試作ラインを拡張し、SiCとGaNの共用試作ラインとして立ち上げ、ハイブリッド型トランジスタの試作を行った。今回はコンセプト実証として、小型デバイス(定格電流20 mA程度)の試作および動作確認に成功した。図4に試作品の断面の模式図を示す。まず、SiC基板上にp型SiCエピタキシャル膜を結晶成長させる。次に、イオン注入により、p+型SiCとn型SiCによるダイオード構造を形成した。さらに、それら上部に、GaNエピタキシャル膜とAlGaNバリア膜、GaN キャップ膜の3膜をエピタキシャルに成長させ、GaNトランジスタ構造を作製した。このようにして、SiCダイオードとGaNトランジスタのモノリシック化に成功した。p+型SiC上のアノード電極(A)と、AlGaNバリア層上のソース電極(S)をつなぎ、n型SiC上のカソード電極(C)と、AlGaNバリア層上のドレイン電極(D)をつなげて、3端子のハイブリッド型トランジスタとした。
図4 今回開発したハイブリッド型トランジスタの構造
図5(a)に試作したハイブリッド型トランジスタのオフ状態における降伏特性の評価結果を示す。通常、GaNトランジスタでは降伏時に即座に素子が破壊される。それに対して、われわれの作製したハイブリッド型トランジスタでは、SiC側の耐圧をGaNに対してわずかに低く設計することで、SiCダイオードにおける非破壊のアバランシェ降伏が得られた。降伏電圧は1.2 kV程度であった。また、非破壊のアバランシェ降伏が得られるので、複数回の掃引に対して、安定した可逆的降伏動作が確認できた。一方、オン状態における通電特性を図5(b)に示す。移動度の高い2次元電子ガスを通して電流が流れるため、300 mA/mmの高いドレイン電流および47 Ωmmと低いオン抵抗が確認できた。このようにGaNトランジスタの特長である低いオン抵抗に加えて、非破壊の降伏動作をするハイブリッド型トランジスタを実証できた。また、SiCは熱伝導率がSiの3倍と高いため、優れた放熱特性が得られることもハイブリッド型トランジスタの特長である。そのため、同デバイス技術は、次世代電力変換器の高効率化および信頼性向上につながると期待される。
図5 オフ状態における(a)降伏特性、および (b)オン状態におけるオン抵抗特性の評価結果。
今後は、実際の変換器に利用可能な大面積デバイス(定格10 A以上)の動作実証に取り組む予定である。また、実証に成功したハイブリッド型トランジスタ以外にも、SiCとGaNの融合技術は、多くの可能性が期待される。さまざまなアイデアのコンセプト実証から量産試作への橋渡しに貢献し、企業共同研究についても積極的に模索していきたい。
掲載誌:Technical digest in 67th Annual IEEE International Electron Devices Meeting
論文タイトル:1.2 kV GaN/SiC-based Hybrid High Electron Mobility Transistor with Non-destructive Breakdown
著者:A. Nakajima, H. Hirai, Y. Miura, and S. Harada