国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)ゼロエミッション国際共同研究センター 人工光合成研究チーム 関 和彦 上級主任研究員、Nandal Vikas 産総研特別研究員、物質計測標準研究部門 ナノ材料構造分析研究グループ 松﨑 弘幸 研究グループ長、東海林 良太 産総研特別研究員は、人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)、徳島大学 古部 昭広 教授、京都大学 触媒・電池元素戦略拠点 山下 晃一 特任教授、金子 正徳 研究員、信州大学 先鋭材料研究所 堂免 一成 特別特任教授(東京大学特別教授 兼務)、久富 隆史 准教授、Lihua Lin博士研究員と共同で、可視光で水を水素と酸素に分解する酸硫化物光触媒の一つであるY2Ti2O5S2について、太陽エネルギーから水分解反応エネルギーへの変換効率(以下「変換効率」)が実用化の目安となる10%を超えるために必要な条件を明確化した。まず、過渡吸収分光法によりY2Ti2O5S2に励起光を当て、1ピコ秒(1兆分の1秒)から1マイクロ秒(100万分の1秒)までの6桁にわたる時間幅で光励起キャリア濃度の時間変化の測定を行い、粉末形状での光励起キャリアの寿命(以下「キャリア寿命」)などの物性データを取得した。次に、取得した物性データに基づいたシミュレーション解析を行い、変換効率と粉末粒子径との関係を求め、粒子径を1マイクロメートルよりも小さくすることによって、変換効率が10%を超える可能性があることがわかった。さらに、キャリア寿命を延ばすドーピングの効果を仮定したシミュレーション解析からは、電子濃度を現状の100分の1にすることによっても変換効率が10%を超える可能性があることがわかった。
本研究で得られた成果は、酸硫化物光触媒のさらなる高効率化のための定量的な指針となる。また、本研究で適用された物性データの抽出方法とシミュレーション解析を他の粉末光触媒へ適用することにより、水から水素をさらに効率よく取り出す新規物質の開発が期待できる。
なお、この成果の詳細は、2021年12月7日(英国時間) に英国の電子総合科学誌「Nature Communications」にオンライン掲載された。
(左)酸硫化物光触媒Y2Ti2O5S2の光照射1ピコ秒経過時点での光励起キャリア濃度を基準とした光励起キャリア濃度の時間変化および(右)それに基づく性能予測。写真は、今回測定に用いた粉末状のY2Ti2O5S2である。
光触媒を用いて水を水素と酸素に分解する反応は、太陽エネルギーを利用した水素生成を可能とすることから、世界中で研究開発が進められている。特に、粉末状の光触媒は、塗布によって低コストで大面積の光触媒シートを作成できることから、太陽エネルギーによる大規模な水素製造を可能にする。また、太陽放射においてエネルギー強度が大きい可視光領域の波長650ナノメートル(1千万分の6.5メートル)以下の太陽エネルギーを水分解反応エネルギーとして利用することを目指した技術開発が活発に行われている。
2019年に、堂免 一成 信州大学特別特任教授らによって、波長650ナノメートル以下の太陽光を吸収し、水を水素と酸素に分解する粉末酸硫化物光触媒Y2Ti2O5S2が開発された。この触媒は、20時間にわたって水を水素と酸素に2:1の体積比で持続的に分解し、理論上では変換効率10%以上が期待できる。しかし、現状の変換効率は1%以下であり、さらなる光触媒の改良の必要があるが、その指針が明らかではなかった。
光触媒は、光のエネルギーにより光触媒内部で光励起キャリアを生成させ、これを利用して光触媒表面で特定の反応を起こす。水を分解し水素を生成する反応を高効率で起こすためには、光照射で生成した光励起キャリアが光触媒内部で再結合して消失することなく、水と接触する光触媒表面に到達する必要がある(図1)。しかし、Y2Ti2O5S2の場合、光触媒内部ではもともと電子が正孔に対して過剰に存在するため、光励起キャリアのうち正孔は過剰な電子と再結合して反応前に失われやすく、現状の変換効率は1%以下である。
産総研は、光触媒の高性能化を目的として、レーザー分光測定と測定データの理論解析を行ってきた。これまでの実績を踏まえ、粉末酸硫化物光触媒Y2Ti2O5S2に対し、光励起キャリア濃度の時間変化に関する過渡吸収分光測定とこの測定データの理論解析から、再結合で失われる光励起キャリアの割合を定量化し、変換効率向上の指針を得るために研究を行った。
なお、本研究は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「二酸化炭素原料化基幹化学品製造プロセス技術開発(人工光合成プロジェクト)」の支援を受けた。
図1 光触媒による水の分解反応の模式図
まず、光励起キャリアの再結合過程を詳細に追跡するために、1ピコ秒から1マイクロ秒までの6桁にわたる時間幅で、過渡吸収分光法による光励起キャリア濃度の時間変化をさまざまな励起光密度で測定した。図2に代表的な励起光密度での測定結果を示す。
次に、このような光励起キャリア濃度の時間変化に対して、数値解析(図2黒実線)を行い、再結合速度定数や電子濃度などの物性データを決定した。得られた物性データから、キャリア寿命を約6ナノ秒と推定した。ここで、表面に到達できる光励起キャリアの割合は粒子径に依存すると考えると、粒子径が大きい場合、光触媒内部で生成した光励起キャリアはキャリア寿命までに消失し、水と接触する光触媒表面に到達できない。また、光触媒表面に到達した光励起キャリアが全て水分解反応に寄与すると仮定すれば、内部量子効率の上限は光触媒表面に到達した光励起キャリアの割合となる。そこで、光触媒内部で生成した光励起キャリアのうち、キャリア寿命までに表面に到達する割合を計算したところ、粒子径を現状の10マイクロメートルから1マイクロメートルへと小さくすることにより、内部量子効率は56.5%に向上することが明らかになった(図3(a))。これにより、内部量子効率と変換効率の関係から、実用化の目安となる変換効率10%を大きく超える可能性を見いだした。
また、ドーピングにより電子濃度を変化させ、キャリア寿命を延ばすことができる。この効果を考慮したシミュレーションを行い、電子濃度を現状の約100分の1に下げることによっても内部量子効率は50%以上に向上し、変換効率が10%を超えると推定した(図3(b))。
これまで、粉末光触媒に対する過渡吸収分光測定を用いた物性データの決定は、ピコ秒やマイクロ秒の時間領域で個別に行われてきた。今回、初めて両方の時間領域にわたる測定データに対して、理論解析を行うことにより、精度よく物性データを定めることができた。このことにより、高精度な性能予測に成功した。
図2 過渡吸収分光法による光励起キャリア濃度の時間変化
図3 (a) 光触媒表面に到達した光励起キャリアが全て水分解反応に寄与すると仮定した場合の内部量子効率の粒子径依存性と(b) 内部量子効率の電子濃度依存性。現状の電子濃度は、5.2×1017 cm-3。
酸硫化物光触媒Y2Ti2O5S2の試料に対して粒子径やドーピング量の改善を行う。本研究と同様の解析を繰り返すことで、材料物性と変換効率との相関に対する定量的な知見を得る予定である。これらの知見を触媒開発に反映させて、変換効率10%以上の実現に貢献する。また、本研究で適用された物性データの抽出方法とシミュレーション解析を他の粉末光触媒に適用し、水から水素をさらに効率よく取り出す新規物質の開発を推進する。
掲載誌:Nature Communications
論文タイトル:Unveiling charge dynamics of visible light absorbing oxysulfide for efficient overall water splitting
著者:Vikas Nandal, Ryota Shoji, Hiroyuki Matsuzaki, Akihiro Furube, Lihua Lin, Takashi Hisatomi, Masanori Kaneko, Koichi Yamashita, Kazunari Domen, and Kazuhiko Seki
DOI:10.1038/s41467-021-27199-3