国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)人間情報インタラクション研究部門行動情報デザイン研究グループ 渡邊 洋 主任研究員と三菱電機株式会社(以下「三菱電機」という)開発本部統合デザイン研究所は、ダイナミック・サインに関する国際標準化規格の一般的要求事項であるPart 1(ISO 23456-1:2021Dynamic signs in physical environments — Part 1: General requirements)を提案し、規格化に至った。
ダイナミック・サインとは、状況に応じて表示内容を動的に変化させる情報提示技術の総称である。誘導や注意喚起サインの気づきと理解を高めることができる。しかし、その見やすさ(視認性)や利用しやすさ(アクセシビリティー)、安全性に関する統一規格はこれまで存在しなかった。そのため、産総研は人間工学実験により、三菱電機は駅や総合スポーツ施設などでの実証実験により、サインの効果の検証を行った。これらの結果を要求事項としてまとめ、Part 1を提案し、規格化に至った。
今回の国際規格に続いて、その下位階層の個別規格をさらに制定することで、ダイナミック・サイン技術を活用したサイン作成の指針の整備を進めることができる。これにより、高齢者や車いすの利用者など、さまざまな年齢層、文化、知覚的、身体的特徴を持った人々に対応したアクセシビリティーの考え方に即した社会の実現が期待される。
図1 ダイナミック・サインの国際規格が含むコンセプト
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図2 公共空間での実用イメージ
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近年、人流の誘導や警告を目的としたダイナミック・サインの利用が世界的に広がっている。公共空間の利便性を高めるサインには、気づきや理解を高める視認性と、状況に合わせて内容を変えられる柔軟性が求められる。ダイナミック・サインは、これら双方を満たすことができる。特に、見る人や周囲の環境に応じて表示を変える技術は、人と環境がデジタル技術によってつながるIoT時代において大きな役割を担う。
一方で、ダイナミック・サインの視認性や安全性について、人間工学に基づいた要件はこれまで整備されていなかったため、サインによる誤解や混乱を招くといった心配があった。予期しない事案の発生を可能な限り防ぐために、ダイナミック・サインのデザインや使用方法に関する統一的な規格の制定が望まれていた。
ダイナミック・サインの国際標準を制定するために、産総研と三菱電機はISOに働きかけ、2018年に新たなワーキンググループ、ISO/TC 159/SC 5/WG 7 “Dynamic Signs and Signals in physical environments”を開設し、要求事項を提案した。その後の国際会議における議論を通じて、今回の国際規格初版の発行に至った。
なお、本研究開発は、経済産業省から一般財団法人日本規格協会への委託事業「ダイナミック・サイニングに関する国際標準化(2017~2021年度)」により実施した。
今回制定された国際規格では、視認性、安全性、アクセシビリティーの観点から考慮すべき事項がまとめられている。これらは、産総研にて以前から取得してきたデータおよび今回の規格制定のために新たに取得したデータに基づいている。
(1)視認性
視覚心理学的な項目として、VR技術を用いた数百人規模の被験者実験(図3)によって得られた知見から、文字の提示、サインの動かし方、大きさ、色、コントラスト、提示時間、提示位置などを記載した。
(2)安全性
2005年から実施してきた映像の生体安全性に関する検討の成果から、
光感受性発作、
映像酔いなど映像による予期しない生体影響に関する項目を挙げている。
(3)アクセシビリティー
高齢者や車いすの利用者など、多様な属性を持つ人々に対する項目として、色やコントラスト、文字の使い方を列挙した。
図3 大型VRを用いた人間工学実験
駅や総合スポーツ施設などの公共施設で、三菱電機が今回提案した国際規格の効果の実証実験を行った。本実証実験により、各施設が抱える誘導に関する課題の解決方法としてダイナミック・サインが有効に機能することを確認できた。実験では、三菱電機の製品「てらすガイド®」に予め設定されているアニメーションサインを用いた。視認性の高い光のアニメーションを用いたサインを床面に表示することで、直感的で分かりやすい誘導や注意喚起を行うことが可能である。
図4 実証実験の様子(左:駅、右:総合スポーツ施設)
ダイナミック・サインの規格対象は多岐にわたるため、規格体系は階層構造での提案を検討している。今回の一般的要求事項であるPart 1は、ダイナミック・サインの設計や利用時に考慮しなければならない事項を列挙した概論の役割を果たし、規格体系の頂点をなす。
今後も人間工学実験を行い、科学的な根拠となる数値の取得を進め、視認性、安全性、アクセシビリティーの個別の問題に対する詳細な数値基準をPart 2以降で記述し、提案をとりまとめる。ワーキンググループISO/TC 159/SC 5/WG 7は、2021年度末までに視認性と安全性に関する個別規格、2022年度にはアクセシビリティーに関する個別規格の提案を予定している。提案後は、規格発行に向けて国内外の関係者との議論をさらに深めていく必要がある。ダイナミック・サインは公共施設、民間施設において多くの人々に利用されるため、施設運営者やデザイナーだけでなく、施設利用者からの意見も広く募る必要がある。産総研と三菱電機はこれらを実現する場として、「ダイナミック・サインに関する国際標準化委員会」を運営しており、多数の機関が議論に参画することを望んでいる。