発表・掲載日:2021/11/05

地震計データから読み解くコロナ禍による経済・余暇活動の縮小

-地震観測以外の新しい活用-

ポイント

  • 地震計データから季節や曜日、時間帯における人間活動の特徴を捉えた
  • コロナ禍による経済・余暇活動の縮小を可視化
  • 人間活動をモニタリングする新しい指標として期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)活断層・火山研究部門【研究部門長 伊藤 順一】 地震災害予測研究グループ 二宮 啓 研究員と九州大学【総長 石橋 達朗】 地球資源システム工学部門 辻 健 教授、池田 達紀 助教は、首都圏に設置された地震計データから、新型コロナウイルス感染拡大に伴う社会活動の低下を明らかにした。

地震計には、地震動以外にも様々な振動が記録されている。本研究では、人間活動に伴って発生する振動が、コロナ禍において低下したことを明らかにした。第1回目の緊急事態宣言の期間、人為的な振動の強さが最も小さくなった。その後、日曜日の振動は平日と比較して、回復が緩やかであった。これは、経済活動が再開した一方で、多くの国民が自らの判断で余暇活動を自粛し続けたためだと考えられる。新型コロナウイルス感染拡大に伴う経済・余暇活動の縮小を地震計データから可視化した。これは地震計データを人間活動のモニタリングに応用できることを示すものである。

なお、本研究成果は英国のオープンアクセス電子学術誌「Scientific Reports」に2021年11月5日(イギリス時間)に掲載される。

図1

図1 東京都の新型コロナウイルス新規感染者数(上図)と季節変動を除去した人間活動に伴う振動の強さの変化(下図)
PSDは振動の強さを表すパワースペクトル密度(Power Spectral Density)


開発(研究)の社会的背景

地震計が記録する振動には、地震に伴う大きな揺れ以外にも様々な振動がある。一般に、風や海の波などは、一秒ごとに一回(1 Hz)未満のゆっくりとした振動を引き起こす一方で、人間活動に伴う振動は、一秒ごとの振動回数がより多いことが特徴である。人間活動に伴う振動には、電車や車などの交通振動あるいは工場・機械などから発生する振動など様々な振動源があり、これらが同時に観測されるため、特定の振動源を検出・分離することが難しい。これらの振動は、地震を観測する場合に、ノイズとして扱われるが、近年、この人為的な振動を信号として活用する研究も行われている。人間活動に伴う振動の詳細が分かれば、地震動検出の高精度化や地震計データを用いた新たなセンシング技術の創出に貢献できる。

 

研究の経緯

新型コロナウイルスの発生により、世界各国で厳しい行動制限が行われ、それに伴う振動レベルの減少が報告されている。人間活動に伴う振動が小さくなる状況は、きわめて稀である。この社会環境を利用して、地震計の観測データから、人間活動由来の振動の実態を解明するための手がかりを得ることができる。

産総研では、矢部 優 研究員が、1回目の緊急事態宣言に伴う人間活動由来の振動の減少を報告した(Yabe et al., 20201)。しかし、コロナ禍における振動の変化を報告した多くの論文は、限られた観測点でのデータに基づいている。また、人間活動由来の振動は、曜日や時間、季節、場所によって異なっている。これが人間活動に伴う振動の詳細を調べる妨げになっている。

本研究では、首都圏に設置された首都圏地震観測網(MeSO-net; 防災科学技術研究所,20212)の内、101台の地震計から得られた約4年分のデータを使用し、曜日や時間、季節変動による影響を取り除くことで、新型コロナウイルス発生後の変動を調べた。

なお、本研究は、JSPS科研費JP19K23544、JP20K04133、JP20H01997の支援を受けて行われた。

 

1 Yabe, S., Imanishi, K., and Nishida, K., Two-step seismic noise reduction caused by COVID-19 induced reduction in social activity in metropolitan Tokyo, Japan. Earth Planets Space, 72, 167 (2020).

2 防災科学技術研究所 NIED MeSO-net, National Research Institute for Earth Science and Disaster Resilience (2021), https://doi.org/10.17598/NIED.0023.

 

研究の内容

図2は、本研究で使用した101台の地震計の設置場所と池袋の観測点(E.IKBM)を示している。

図2

図2 本研究で使用した首都圏地震観測網の観測点配置

観測点ごとに振動の強さを表すパワースペクトル密度(Power Spectral Density: PSD)を計算した。例として、E.IKBMのデータを示す(図3)。2020年以降はそれ以前に比べて青色が顕著である。これは、新型コロナウイルスの発生に伴うPSDの減少を示している。また、曜日による強弱や毎年1月頃にPSDが大きくなることが分かる。これらの変動は、年間を通して確認することができ、コロナ禍でのPSDの変化を詳細に調べるには、曜日や季節変動による影響を予め除去する必要がある。

図3

図3 観測点E.IKBMで観測された振動の強さの時間変化
各日付のPSDは1日の平均値

まず、各観測点において、新型コロナウイルス発生前(2017年4月から2019年3月)のデータのみを使って、曜日・時間帯別にPSDの季節変動を計算した。PSDが不規則で季節変動が不明瞭な観測点は除外した。次に、新型コロナウイルス発生以降のPSDから曜日・時間帯別に季節変動を差し引くことで、人間活動に伴う振動の変化を調べた。本研究では全体的な傾向を明らかにするために、全観測点の中間値を使った(図1)。

図1は、2020年4月に発出された1回目の緊急事態宣言時にPSDが最も減少したことを示している(オレンジ色の期間)。平日のPSD(図1:青線)は、緊急事態宣言の解除に伴って回復し始めたが、日曜日のPSD(図1:赤線)はしばらくのあいだ低いままであった。Go To トラベルキャンペーンが始まった10月頃には、平日・日曜日ともに例年の水準までPSDが回復した。しかし、第三波の到来に伴って日曜日のPSDは減少した(図1:水色の期間の赤線)。夜間の活動自粛を求めた2回目の緊急事態宣言時には平日の日中のPSDは減少しなかった(図1:薄赤色の期間の青線)。また、2回目の宣言が終了する前から平日・日曜日ともにPSDが増加に転じた(図1:薄赤色の期間)。

人間活動に伴う振動の強さが国内総生産(GDP)と相関を示した例(Hong et al., 20203)や、振動の強さをコロナ禍の人の密集度を調べる指標として活用した例(Dias et al., 20204) が報告されている。本研究で得られた結果を経済活動や人々の自粛などの社会活動との関係で解釈すると以下のようになる。平日の日中の経済活動は1回目の緊急事態宣言の解除後、直ちに回復した。これに対し、日曜日の日中における余暇活動の回復が緩やかなのは、緊急事態宣言が解除された後も、多くの人が自粛を続けたためと考えられる。Go To トラベルキャンペーン期間中における日曜日のPSDの減少は、多くの国民が感染者数などの情報に注目し、自らの判断で余暇活動を自粛したことを示唆している。一方、2回目の緊急事態宣言下であっても新規感染者の減少に伴ってPSDは増加に転じた。これは、社会の意識に変化が表れた結果であると推測される。

 

3 Hong, T.-K., Lee, J., Lee, G., Lee, J. & Park, S. Correlation between Ambient Seismic Noises and Economic Growth. Seismol. Res. Lett. 91, 2343-2354 (2020); https://doi.org/10.1785/0220190369.

4 Dias, F. L., Assumpção, M., Peixoto, P. S., Bianchi, M. B., Collaço, B., & Calhau, J. Using Seismic Noise Levels to Monitor Social Isolation: An Example From Rio de Janeiro, Brazil. Geophys. Res. Lett. 47, e2020GL088748(2020), https://doi.org/10.1029/2020GL088748.

 

今後の予定

本研究では、広域の地震観測網を使って、首都圏全体における振動の強さの変動を観測した。人間活動由来の振動は局所的な範囲を伝播するため、狭い範囲で稠密な観測を行うことで、振動源を特定できる。振動情報を用いた防犯システムや交通量調査など、人為的な振動を利用したモニタリングや物理探査への応用を進める。




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