国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)ナノ材料研究部門【研究部門長 原 重樹】 接着界面研究グループ 堀内 伸 上級主任研究員と、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)は、電子顕微鏡下で接着剤の剥離過程をリアルタイムで直接観察することに成功した。
現在、自動車をはじめとする構造体の製造ではマルチマテリアル構造設計による軽量化と、それを実現するための異種材料同士の接着接合技術が検討されている。今後の普及に向けて、接着接合部の強度や耐久性の信頼性確保が重要である。今回、接着接合部の破壊メカニズム究明に向けて、高分解能透過型電子顕微鏡により、接着接合部の破壊現象に伴う極微小な変形現象をリアルタイムで観察することに世界で初めて成功した。
アルミニウム合金とエポキシ系接着剤の接着接合部の破壊過程においては、これまでの知見では、き裂が接着面上を進展することで接着剤が剥離すると考えられていた。しかしながら今回の破壊過程を直接観察することで、破壊に至るまでに接着剤の極微小な変形が複雑に進行する現象が明らかになった。今後、本観察技術で解明される破壊メカニズムを基に、接着接合部の耐久性向上に向けた接着剤の高性能化や被着体表面処理の最適化が進むと期待される。なお、この技術の詳細は、Elsevier(エルゼビア)社が発行する国際専門誌International Journal of Adhesion and Adhesiveで発表される。
接着剤の極微小な変形に伴うき裂の進展(矢印はき裂先端および進展方向)
世界的な課題であるCO2排出量削減に向けて、自動車に代表される輸送機器の燃費向上のため、車体の軽量化が必須の課題となっている。異種材料を適材適所に配置したマルチマテリアル構造設計による軽量化が有効とされているが、その実現には従来の溶接に代わる異種材料同士の接合技術が鍵となる。現在、接着接合が生産性とコストの面で有効であると考えられているが、最大の問題は、その信頼性・耐久性の実証が困難なことである。人命にかかわる輸送機器に接着接合を導入するには、接合部の強度や耐久性に関する科学的裏付けが必要である。
産総研は、様々な解析手法やシミュレーション技術を取り入れ、接着の原理や耐久性・信頼性に関する研究を進めている。この研究の中で、電子顕微鏡により接着接合部を直接観察し、1 ナノメートル〜数十マイクロメートルのスケールでの空間構造の解明を進めている。その一環として、接着接合部の破壊過程観察による接着破壊メカニズム解明を目指し、世界で初めて金属から接着剤が剥がれる過程をナノメートルレベルでリアルタイム観察することに成功した。接着破壊の起点と過程が明確になることで、複雑な接着破壊現象のメカニズムを推定できるため、接着接合部の耐久性向上の指針を提示することができる。
本研究開発は、国立研究開発法人科学技術振興機構の未来社会創造事業「界面マルチスケール4次元解析による革新的接着技術の構築(2018~2028年度)」による支援を受けて行ったものである。
接着接合部の破壊現象を理解するためには、剥離後の試料表面の観察や成分分析から、破壊挙動を推測するのが一般的な方法である。しかしながら、正確に破壊現象を理解するためには、破壊過程の進展をリアルタイムで直接的に観察する評価手法が求められていた。また、光学顕微鏡や走査型電子顕微鏡(SEM)でも破壊過程のリアルタイム観察はできるが、1マイクロメートル以下の微細な変形を観察するのは困難である。今回、より高倍率で観察可能な透過型電子顕微鏡(TEM)を用い、接着接合部が破壊する過程をリアルタイムで観察した。この観察では、電子線が透過するのに十分な薄さの試料を作製する必要がある。アルミニウム合金(以降、アルミ)の接着接合試料からTEM観察が可能な100ナノメートル程度の薄片試料を切り出し、試料両端を引っ張る機構を備えた試料ホルダーに固定し、TEM観察下で試料両端を引っ張ることで、接着部が破壊される様子をナノメートルレベルでリアルタイム観察することに成功した。
図1は、アルミとエポキシ系接着剤の接着接合部が剥がれる瞬間を捉えた画像である。図1左上図は、左右に引き剥がそうとする力を加え、き裂が広がり始めた様子である。既にこの時、き裂がまだ進む手前の接着剤に小さなひずみが発生している様子が、高倍率撮影により観察できた(図1左下図a)。このひずみが微小なき裂となり(図1中央上図b)、さらに、接合面に微小の空洞が発生する(図1、中央上図c)。その後、微小なき裂がアルミとの接合部に到達すると、接合面に沿ってき裂が進展し、先立って発生していた微小の空洞と一体化し(図1、右上図)、破壊に至る。この時、破壊後のアルミ側には接着剤がわずかに残っていることが確認される(図1、右下図d)。被着体であるアルミ表面のわずかな凹凸が破壊挙動に関与し、被着体表面の所々に接着剤が残る(図1右下図d)要因になっていると思われる。
従来のマイクロメートルレベルの観察では、このような接合部の付近で進行する現象や薄い残存接着剤層の観察は不可能であった。しかし今回のTEMによる観察で、接着接合における破壊の起点が接着剤内部・接合面・金属層のいずれであるかが明確になる。このような破壊形式が明らかになることで、接合部の耐久性向上に有効な接着剤や基材の表面処理法の開発指針を提供することができる。
図1 電子顕微鏡下で観察されたアルミと接着剤の接合部におけるき裂先端からの破壊現象
(下段は上段の高倍率像、矢印はき裂先端と進展方向を示す)
今後は、接着接合部の破壊現象のリアルタイム観察結果をシミュレーションで再現することで、複雑な接着破壊現象のメカニズム解明を進める。さらにそこで得た知見を基に、接着剤の耐久性向上、被着体の表面処理の最適化など接着接合の信頼性の評価・実証につなげる予定である。