国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)電子光基礎技術研究部門【研究部門長 澤 彰仁】超伝導エレクトロニクスグループ 石田 茂之 主任研究員、荻野 拓 主任研究員、伊豫 彰 上級主任研究員、永崎 洋 首席研究員と、一般財団法人 総合科学研究機構(CROSS)、ウィーン工科大学、株式会社 イムラ・ジャパン(以下、「イムラ・ジャパン」)は、鉄系磁性高温超伝導体EuRbFe4As4の超伝導とユーロピウム(Eu)の磁性が共存する状態で、磁束量子の向きによってスピンの向きが決まる現象を発見し、これを利用したスピン配列の制御に成功した。
一般に超伝導と磁性は競合し、相容れない関係にある。産総研で最近発見されたEuRbFe4As4は、高い温度で両者が共存する極めて珍しい性質を持ち、新現象が起こり得る物質として注目されている。今回発見した現象は、超伝導体内で磁束量子の情報をスピンの情報に反映できることを示唆しており、メモリー機能などに応用できる可能性がある。超伝導デバイスのメモリー機能は、近年注目される超伝導量子コンピューターの開発課題の一つにも挙げられており、高速・低消費電力のオール超伝導回路の実現に向けた要素技術につながると期待される。
なお、この技術の詳細は、2021年9月6日(米国東部標準時間)に米国の学術誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」(米国科学アカデミー紀要)にオンライン掲載される。
今回実証した磁束量子によるスピン配列制御の概要
近年、従来技術を凌駕する性能・機能をもたらす量子力学の原理に基づく技術(以下、「量子技術」)に関心が高まっている。一例として、超高速演算が期待される量子コンピューターでは、超伝導量子ビットを演算子として利用する超伝導量子回路が注目されている。一方で、メモリー機能などは磁性(スピン)を利用した量子技術が先行しており、超伝導量子回路では確立されていない。超伝導材料で磁性を利用できれば、超伝導メモリーを創出できる可能性があり、量子コンピューターの性能向上や、既存のメモリーにはない新機能の創出につながると期待される。
しかし、超伝導と磁性は互いに競合する性質があり、同じ物質の中で両者が共存し、機能することは難しい。ごくまれに、超伝導と磁性が共存する物質(以下、「磁性超伝導体」)が存在する。ただし、既存の磁性超伝導体は臨界温度(Tc)が1 K(ケルビン:絶対温度)以下と非常に低いか、Tcが10 K級でも1 T(テスラ:磁場の単位)未満の弱い磁場の印加で超伝導性を失うものしか報告されていなかった。超伝導と磁性の両方の機能を利用できる可能性を秘めた磁性超伝導体を実際にデバイス材料として利用するには、Tcが高く、磁場を印加しても超伝導性が失われない物質の探索が求められていた。
産総研とイムラ・ジャパンは、より高いTcを持つ新高温超伝導体の研究開発に取り組んでおり、2016年にユーロピウム(Eu)を含む鉄系磁性高温超伝導体EuRbFe4As4を発見した。EuRbFe4As4は37 Kと高いTcを有するとともに、15 K以下でEuの磁性が共存する磁性高温超伝導体であることを見出した。このように高い温度領域で超伝導と磁性が共存する物質は極めて珍しく、学術的な研究対象として興味深いだけでなく、超伝導と磁性の両方の機能を有するデバイス材料としての応用も期待される。そこで、EuRbFe4As4の超伝導と磁性の共存状態における物性を詳細に調べた。
なお、本研究は、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費補助金「19K15034(2019~2020年度)、19H05823(2019~2023年度)、16H06439(2016~2020年度)」による支援を受けて行ったものである。
EuRbFe4As4は超伝導を担う鉄ヒ素(FeAs)層と磁性を担うEu層が積層した結晶構造を有している。その磁性の構造は、各Eu層ではスピンの向きがそろった強磁性配列で、そのスピンの向きが90度ずつ回転しながら積層するらせん状(以下、「らせん磁性」)になっている。らせん磁性では全体としては内部磁場が打ち消されるため、比較的超伝導と共存しやすいとされている。一方で、外部磁場を印加すると超伝導体内部に磁束量子が侵入し、Euのスピンはらせん磁性から強磁性に再配列する。従来は、この状態から外部磁場をゼロに戻せば、超伝導と相性の良い元のらせん磁性に再配列すると考えられていた(図1)。
今回、EuRbFe4As4単結晶試料を作製し、総合科学研究機構(CROSS)の協力の下、大強度陽子加速器施設(J-PARC)、物質・生命科学実験施設(MLF)の特殊環境微小単結晶中性子構造解析装置(SENJU)において磁場中の中性子磁気回折実験を実施した。その結果、EuRbFe4As4にいったん強い磁場を印加し、その後、磁場をゼロに戻しても、試料中の大部分のスピンが強磁性配列のままであることが明らかになった。これは、EuRbFe4As4では外部磁場がゼロでも磁束量子が試料内に捕捉されており、この磁束量子によりスピンが強磁性配列されていることを示している。本来は超伝導と相性が悪いはずの強磁性配列が、超伝導が作り出す磁束量子によって安定化されるという新現象を捉えることに成功した。
図1 EuRbFe4As4のスピン配列に関する従来の予想と今回発見した現象
さらに、産総研とウィーン工科大学は、この現象を利用することで、磁束量子を用いてスピンの向きを制御できると考えた。超伝導体に外部磁場を適切に印加することで、超伝導体内の磁束の分布を制御できる。例えば、いったん下向きの磁場を印加した後に上向きの磁場を印加すると、図2のように超伝導体内の中央部と端部で反対向きの磁束量子を生成できる。スピンの向きは磁束量子の向きで決まるので、上向き(下向き)磁束量子の分布する領域ではスピンは上向き(下向き)の強磁性配列となり、その境界領域では磁束量子がないため元のらせん磁性をとることになる。また各領域の幅と位置は外部磁場の印加プロセスと強さによって決まる。
今回の発見により、図2のような状態は外部磁場を取り去っても保たれるため、任意のスピン配列を有する超伝導体が実現できることとなる。さらに、図2の状態から上向きの外部磁場を強くすると、上向き磁束量子の領域が中央部に向けて広がり、下向き磁束量子の領域が狭くなる。このようにして、スピン配列の制御も可能となる。
図2 磁場印加により生成した磁束量子の分布とEuのスピン配列の一例
このようなモデルを用いて、EuRbFe4As4の磁化(試料内部の磁束量子とスピンの向きと分布で決まる)の外部磁場に対する応答を計算した(図3左)。黒線は±1 Tの範囲で磁場を変化させた場合の磁化の外部磁場依存性である(矢印は磁場の印加プロセスを示す)。十分大きな正(上向き)の磁場からゼロに下げたとき(矢印1)は、磁化の値が変化しないことがわかる。これは試料全体でスピンが上向き強磁性配列のままであることに対応する。負の磁場からゼロに戻したとき(矢印3)は、下向き強磁性配列となる。青、緑、橙、赤の線は、正の磁場から負の磁場へ変化させる過程(矢印1、2)で、それぞれ0、-0.2、-0.5、-1 Tにおいて、矢印5~8で示すように磁場を上げるプロセスに切り替えた場合の計算結果である。折り返しの磁場の条件により、同じ外部磁場であっても試料中の磁束量子の分布が異なるため、挙動が大きく変わる結果が示されている。
そこで実際に磁化を測定したところ、実験結果(図3右)とモデル計算が非常に良く一致した。これは、磁性超伝導体内のスピン配列が磁束量子の向きと配置によって制御されることを示している。
超伝導体内の磁束量子の情報(向きと位置)をスピンの情報に反映できることは理論的には提案されていたが、今回、磁性超伝導体を用いて実証することに成功した。この成果は、メモリー機能などに応用できる可能性があり、高速・低消費電力が期待されるオール超伝導回路デバイスの実現に向けた要素技術につながると期待される。
図3 磁化の磁場依存性についてのモデル計算と実験結果の比較
今回発見した現象のメカニズムの解明に向け、より詳細な実験を実施するとともに理論の構築を行う。また、超伝導デバイスへの応用に向けて、磁束量子の向きと位置の精密制御といった要素技術開発を目指す。