東京大学大学院新領域創成科学研究科、同連携研究機構マテリアルイノベーション研究センター、産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ(注3)、物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)の共同研究グループは、極めて高純度かつ欠陥のない有機半導体単結晶の1分子層(厚さ4 nm)に高密度にキャリアを注入することで二次元ホールガスが形成され、さらに4分子当たり1電荷に相当する高密度のホールを誘起したところ、「絶縁体―金属転移」を世界で初めて実験的に観測することに成功しました。今回使用した有機半導体薄膜は量産性やコストに優れる印刷プロセスによって作製しているため、これまでより簡便に二次元電子系を実現することが可能となり、電子相転移の基礎研究に加え、高速電子デバイスや量子エレクトロニクスデバイスへの応用研究が加速することが期待されます。
本研究成果は、英国科学雑誌「Nature Materials」2021年9月6日版に掲載されます。本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金「単結晶有機半導体中電子伝導の巨大応力歪効果とフレキシブルメカノエレクトロニクス(JP18J21908)」(研究者代表者:竹谷 純一)および、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業「コンデンスドプラスチックの電子論と機能性の創成(JPMJFR2020)」(研究代表者:渡邉 峻一郎)の一環として行われました。
[研究背景]
不純物のない絶縁性の固体物質に電子や正孔を高密度に注入することで、電気を流さない絶縁体から電気を流す金属へと変化することが知られています。この「絶縁体―金属転移」は固体物質における電子相転移であり、長く精力的に研究されてきました。半導体的な性質を持つ有機半導体結晶についても、20年にわたり絶縁体―金属転移の研究が進められてきましたが、実験的に実証されていませんでした。これは、欠陥のない極めて高純度な有機半導体薄膜を製造することが困難であったためです。また、有機半導体の結晶は分子間力のみの弱い相互作用で構成されているため外界からのかく乱に弱く、高密度に電荷を注入することも困難でした。
[研究の内容]
本研究グループはこれまで、厚さが数分子層の有機半導体単結晶薄膜を印刷プロセスによって作製する手法/技術を開発してきました(注4)。本手法で得られた有機半導体C8-DNBDT薄膜の表面には、わずかな欠陥もなく、薄膜中の分子層数までも精密に制御されている(図1)ため、絶縁体―金属転移を実証するために最適な薄膜と考えました。このような高品質な薄膜表面を用いて、電気二重層トランジスタ構造(EDLT:注5)を作製しました(図1)。EDLTは、一般的な電界効果トランジスタの絶縁体層をイオン液体(図1中EMIM:TFSI)に置き換えたものであり、小さな電圧で高密度に電荷を注入することが可能です。
今回、EDLTを用いてC8-DNBDTに4分子当たり1電荷に相当する高密度のホールを誘起したところ、260 Kにおいて17 kΩ程度の低いシート抵抗(Rsheet)が得られました。これは、一般的な電界効果トランジスタを用いた場合と比べて1桁程度低い値であり、絶縁体―金属転移の指標となる量子化抵抗(25.8 kΩ:注6)に比べても十分に小さな値であることがわかりました。高密度のキャリア注入が実現したことで、C8-DNBDT薄膜のシート抵抗は10 K程度の低温まで単調に減少し続けるという金属状態特有の温度依存性を示し、有機半導体結晶においても金属状態が実現していることを世界で初めて明らかにしました(図2)。また、Hall効果測定(注7)により得られたキャリア移動度(注8)の温度依存性は二次元電子系の標準モデルと一致していることがわかり、本系において1分子層厚みに電荷が閉じ込められた二次元ホールガスが形成されていることが明らかとなりました。
[意義・課題・展望]
二次元電子ガスおよび、二次元ホールガスは、精密に原子層を制御した無機材料の界面において実現されるのが一般的です。それに対して、今回得られた有機二次元ホールガスは、自発的に集合体を形成する有機半導体の表面で簡易に実現することが実証されました。また、有機二次元ホールガスの電気抵抗は、無機材料と比べて同程度であることもわかりました。有機半導体における電子相転移の基礎研究に加えて、高速電子デバイスや量子エレクトロニクスデバイスへの応用が加速すると期待されます。
図1.(a)C8-DNBDTの構造式。1分子がパイ共役電子系を持つ骨格と両端のオクチル基で構成されている。(b)左はC8-DNBDTの単結晶を用いた電気二重層トランジスタ(EDLT)の概略図。右はイオン液体とC8-DNBDTの界面の模式図。半導体表面に堆積したイオン液体のアニオンと正孔キャリアが誘起されているキャリア伝導層(C8-DNBDTのパイ共役系骨格)との間に、結晶構造に従って並んでいるオクチル基で構成された絶縁層が存在し、アニオンと正孔を物理的に隔離する壁の役割をしている。PEN:ポリエチレンナフタレート、EMIM:イオン液体を構成する典型的なカチオン、TFSI:イオン液体を構成する典型的なアニオン。DNBDT:本研究グループが開発したヘテロアセン骨格を有するp型有機半導体のコア。
図2. 左図は各ゲート電圧VGにおけるシート抵抗Rsheetの温度T依存性。nHall, 180 Kはキャリア密度を表している。黒の破線は量子化抵抗h/e2(~25.8 kΩ)を表している。右上図は作製したデバイスの顕微鏡像。右下図は、C8-DNBDT数分子に渡り、電子が二次元分子面に広がっている状態。複数のサンプル(Sample1、Sample2)において、高密度に電荷を注入することで絶縁体―金属転移が実証された。Sample2において、最小のシート抵抗値2 kΩが得られた。
雑誌名:「Nature Materials」(オンライン版:9月6日)
論文タイトル:Two-dimensional hole gas in organic semiconductors
著者:Naotaka Kasuya, Junto Tsurumi, Toshihiro Okamoto, Shun Watanabe*, and Jun Takeya*
DOI番号:10.1038/s41563-021-01074-4
アブストラクトURL:https://doi.org/10.1038/s41563-021-01074-4