東京工業大学 工学院 電気電子系の岩﨑孝之准教授と波多野睦子教授、産業技術総合研究所 先進パワーエレクトロニクス研究センター 新機能デバイスチームの加藤宙光主任研究員、牧野俊晴研究チーム長らの共同研究グループは、量子センサ(用語1)として機能するダイヤモンド中の窒素-空孔(NV)センタ(用語2)のスピン情報を、ダイヤモンドデバイスを用いて電気的に検出することに成功した。
新たに開発したダイヤモンドp-i-nダイオード(用語3)に内包したNVセンタの光電流を、電圧ゼロの状態でも内蔵電位(用語4)により効率良く取り出せることを実証した。光電検出磁気共鳴(PDMR、用語5)測定から、センシングの原理となるスピン情報検出を示した。量子センサの集積化の設計に重要となる光キャリアの拡散長(用語6)を測定した。今後、デバイスによるキャリア増倍技術と組み合わせることで、高感度な集積量子センサの実現が期待できる。
研究成果は2021年6月24日(米国東部時間)、AIP Publishingの「
Applied Physics Letters」に掲載される。
ダイヤモンド中の窒素-空孔(NV)センタは、生体磁場(用語7)など微弱な磁場を検出可能な量子センサとして機能する。通常はNVセンタが発する蛍光を光検出器により計測するが、光学素子による信号の減衰や、素子数の増加による大型化により性能改善と集積化を両立させることが困難となる問題があった。
この光学的検出に対して、従来は金属-ダイヤモンド(絶縁体)-金属のMIM構造を用いた電気的検出が取り組まれていたが、より高感度で小型なセンサシステム構築に発展可能なデバイス構造による電気的検出が求められていた。
本研究では、横型のダイヤモンドp-i-nダイオード構造を利用したNVセンタの電気的検出技術を実証した。今回開発したダイヤモンドp-i-nダイオードは、i層の上に化学気相合成法を用いて高濃度に不純物をドーピングしたp層およびn層をパターン形成した構造を有する(図1左)。NVセンタは窒素イオン注入によって、i層中に形成した。
レーザによる光励起によってp層近傍のNVセンタから発生した光キャリアは、外部電圧を印加しない状態においても計測できることがわかった(図1中央)。これは、ドーピングが異なるダイヤモンドの接合部に発生する内蔵電位によって、効率的に光キャリアを収集できていることを示している。0から10 mWの光を照射した場合に、照射光のパワーに応じた光電流が得られた。マイクロ波を印加しながらNVセンタからのスピン情報を電気的に検出するPDMR測定に成功し、量子センサとして機能することを実証した(図1右)。
従来はNVセンタから生成された光キャリアがどの程度の距離を移動できるか明らかになっていなかった。本研究では、光照射の位置を変えて、電気的信号の距離依存性を測定することで、NVセンタから発生する光キャリアの拡散長の測定を世界で初めて行った。この知見は固体量子センサの集積化の設計において重要となるものである。
図1.(左)NVセンタを内包する横型ダイヤモンドp-i-nダイオード。レーザを走査しながら電気的信号を検出することで拡散長を評価した。
(中央)電気的に検出したNVセンタからの光電流。正の電圧はダイオードに対して逆バイアスを表している。レーザパワーを0-10 mWまで変えたときの結果。
(右)PDMRスペクトル。信号の谷がスピン状態の共鳴点であり、外部磁場による分裂は磁場センサとして機能することを示している。
本研究は、ダイヤモンドデバイス技術に基づく量子センサの効率的な電気的検出および集積化に道を開くものであり、今後、ダイオードのアバランシェ増倍(用語8)によってNVセンタからの信号強度を数桁向上させられる可能性も有しているため、高感度固体量子センサの発展に貢献するものと期待できる。
本研究は、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププロジェクト(Q-LEAP)「固体量子センサの高度制御による革新的センサシステムの創出」(No. JPMXS0118067395)および日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(B)(No. 18H01472)の支援を受けて行われた。
掲載誌:Applied Physics Letters
論文タイトル:Photoelectrical detection of nitrogen-vacancy centers by utilizing diamond lateral p–i–n diodes
著者:T. Murooka, M. Shiigai, Y. Hironaka, T. Tsuji, B. Yang, T. M. Hoang, K. Suda, K. Mizuno, H. Kato, T. Makino, M. Ogura, S. Yamasaki, M. Hatano, and T. Iwasaki
DOI:10.1063/5.0055852