NEDOは超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクトに取り組んでおり、今般、産業技術総合研究所、先端素材高速開発技術研究組合、(株)日本触媒と共同で、計算・プロセス・計測の三位一体による技術開発スキームを活用し、高効率な触媒を用い、ギ酸とアルケンからさまざまな化学品の基幹原料となるカルボン酸を合成する技術を開発しました。
今回開発した技術は、安全で環境に優しいカルボン酸の合成技術です。従来技術のような高圧条件を必要とせず、有毒で爆発性の高い一酸化炭素(CO)ガスや環境負荷の大きい添加剤を使用しません。さらに、ギ酸は二酸化炭素(CO2)と水素(H2)から高効率に合成できるので、CO2を利用したクリーンな原料とみなすこともできます。この技術が実用化されれば、CO2を炭素資源として利用するカーボンリサイクル社会実現への貢献が期待できます。
なお(株)日本触媒は、本研究成果の詳細を2021年6月28日から29日まで公益社団法人新化学技術推進協会(JACI)がオンラインで開催する「第10回JACI/GSCシンポジウム」で発表する予定です。
ギ酸※1は二酸化炭素(CO2)と水素(H2)から高効率に合成される液体の有機化合物で、安価に合成でき取り扱いが容易なことに加え、CO2の利用拡大につながることから工業的に広く利用されているクリーンな原料です。特にギ酸を使用したアルケン※2のヒドロキシカルボニル化※3によるカルボン酸合成は、副生成物がないため、環境やコスト面からギ酸の効率的な利用方法として注目されてきました。また、この合成反応は、生成するカルボン酸がポリエステル、PMMA※4、高吸水性樹脂※5などの高分子材料、医薬品、農薬などの有用化学品の基幹原料となるため、工業的な応用も期待されています。しかし、これまでに報告されている例では、高圧条件や有毒で爆発性の高い一酸化炭素(CO)の使用、触媒以外にヨウ化メチル(CH3I)※6など環境負荷の高い複数の添加剤を大量に使用することが問題となっていました。
このような背景のもと、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト」(2016~2021年度)において計算・プロセス・計測の三位一体による有機・高分子系機能性材料の高速開発に取り組み、その一環として、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)、先端素材高速開発技術研究組合(ADMAT)、株式会社日本触媒(日本触媒)と共同で、より安全で環境調和性の高いカルボン酸合成技術の開発にも取り組んでいます。これまでに、その設計指針を得るため、実験と計算科学を協働し、反応経路の自動探索計算技術※7(AFIR法)で、触媒や反応基質、複数の添加剤が関与する複雑な反応の機構を解析してきました。その結果、反応初期段階での添加剤の役割を明らかにしたほか、カルボン酸の合成には反応系中のヨードニウムイオンの存在が重要であることが分かりました。この知見を生かし、今般、NEDOと産総研、ADMAT、日本触媒は共同で、二つのヨウ素配位子と一つのヒドリド配位子※8を持つロジウム錯体触媒を新たに開発し、添加剤を必要としないギ酸を使用したアルケンのヒドロキシカルボニル化を実現しました。
この技術は、従来技術と比較して、高圧条件を必要とせず、有毒で爆発性のCOガスや、CH3Iなどの環境負荷の高い添加剤を使用しないため、より安全で環境に優しいカルボン酸合成技術です。今後、この技術が実用化されれば、CO2を炭素資源として利用するカーボンリサイクル社会への貢献が期待できます。
なお日本触媒は、本研究成果の詳細を2021年6月28日から29日まで公益社団法人新化学技術推進協会(JACI)がオンラインで開催する「第10回JACI/GSCシンポジウム」で発表する予定です。
図1 今回開発した高効率触媒を用いたギ酸とアルケンからのカルボン酸合成反応の概要
ギ酸を使用したアルケンのヒドロキシカルボニル化反応は従来、触媒として「ロジウム錯体Rh2Cl2(CO)4」、添加剤として環境負荷や毒性の高い「トリフェニルホスフィン(PPh3)とヨウ化メチル(CH3I)」、ギ酸の分解を促進する「p-トルエンスルホン酸水和物(p-TsOH・H2O)」が使用されていました。まず、本研究ではさまざまな触媒と添加剤の組み合わせを調査し、触媒として「ヨウ素配位子」とPPh3配位子を持つ「ロジウム錯体RhI(CO)(PPh3)2」を用いると、添加剤として比較的安全な「テトラメチルアンモニウムヨージド(Me4NI)」と「p-TsOH・H2O」のみを用いても反応が高効率で進行することを見出しました。次に、この反応を詳細に検討した結果、「ロジウム錯体触媒RhI(CO)(PPh3)2」と「Me4NI」「p-TsOH・H2O」の反応中に「ロジウム錯体RhHI2(CO)(PPh3)2」が生成することと、この「RhHI2(CO)(PPh3)2」こそがヒドロキシカルボニル化反応の真の触媒であることを発見しました。さらに、この「RhHI2(CO)(PPh3)2」は「RhI(CO)(PPh3)2」と「HI」の反応により容易に高収率で合成できることを見出しました(図2)。
また、「RhHI
2(CO)(PPh
3)
2」を触媒として用いたギ酸によるシクロヘキセンのヒドロキシカルボニル化反応を検討した結果、ギ酸の反応を加速することが知られている酢酸を溶媒として用いることで、添加剤を加えることなく、シクロヘキサンカルボン酸が高収率で得られることを見出しました(図3)。これにより、簡便かつ高収率で合成可能な「RhHI
2(CO)(PPh
3)
2」触媒と酢酸溶媒を組み合わせた本触媒系での、安全で環境調和性の高いカルボン酸合成を実現しました。
図2 RhI(CO)(PPh3)2とHIの反応によるRhHI2(CO)(PPh3)2の合成
図3 酢酸溶媒中のRhHI2(CO)(PPh3)2触媒によるシクロヘキセンのヒドロキシカルボニル化
今回開発した触媒系の反応効率をさらに向上させるために、ロボティクスを活用したハイスループット実験により触媒のさらなる改良を迅速かつ効率的に実施し、最終的には化学品の連続生産技術であるフロー合成に使用できる固定化触媒の高速開発を目指します。