発表・掲載日:2021/06/04

1.25億ギガビット毎秒、ポート数10万超の世界最大容量の光スイッチ技術

-次世代コンピューティングにおける光スイッチの利用に期待-

ポイント

  • 小型低電力のシリコンフォトニクス光スイッチを多数用いて大規模化を実現する光伝送実験に成功
  • 従来、制限要因となっていたポート間クロストークを正確に予測し、ネットワーク容量を最大化
  • 次世代の大規模データセンターやスーパーコンピューターの高性能・省電力化に期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)プラットフォームフォトニクス研究センター【研究センター長 並木 周】 の 松本 怜典 研究員らは、同研究センターで開発したシリコンフォトニクス光スイッチ(以下、「光スイッチ」と呼ぶ)におけるポート間クロストーク(以下、「クロストーク」)の影響を詳細に解析し、131,072ポートの光スイッチネットワークにおいて世界最大の光スイッチ総容量1.25億ギガビット毎秒を達成できることを示した。これは、ブルーレイディスク60万枚以上の情報を1秒間に伝送できる容量に相当し、大容量・低遅延な次世代情報インフラストラクチャーの基盤技術としての利用が期待される。

次世代大規模データセンター・スーパーコンピューター(図1)を実現する上で、電気スイッチよりも二桁以上優れたエネルギー効率を示し、信頼性・量産性に優れる光スイッチに期待が高まっている。比較的小規模な光スイッチを多数用いれば大規模化が可能であるが、これまではクロストークなどが制限要因となり、実用に向けた障壁となっていた。今回、産総研が開発した世界最大規模の32×32ポートの光スイッチを使用し、広帯域光信号が同光スイッチを9周伝送する周回伝送実験を行ったところ、良好な品質を示し、上記の結果を得た。さらに、クロストークが光スイッチ内でどのように振る舞うかを統計的に解析し、光スイッチのポート数を最大化する一般論を確立した。これらの成果は、次世代データセンター・スーパーコンピューター(図1)に求められる光スイッチの必要条件を満たしており、光スイッチの適用可能性を大きく広げると期待される。

この技術の詳細は、2021年6月6日(日) から10日(木)までオンラインで開催される国際会議「OFC2021 (The Optical Networking and Communication Conference & Exhibition 2021)」で発表される。

図1

図1. 光スイッチを活用した次世代大規模データセンター・スーパーコンピューター構成のイメージ


開発の社会的背景

クラウドサービスやビッグデータ解析に代表されるコンピューティングは電気スイッチを基盤としたインフラストラクチャーの上に成り立っている。現状のデータセンター内ネットワークなども電気スイッチを用いたデータの交換を前提としている。しかしながら、電気スイッチを支える半導体の微細化技術に限界が見え始めているため、エネルギー効率の大幅な改善は期待できない。通信容量に比例して消費電力も増大するので、電気スイッチの使用は深刻なボトルネックになりつつある。今後は5Gモバイルネットワークの普及によりデータセンターだけでなくエッジコンピューティング領域においても効率的に処理するスイッチ技術が必要となる。

光スイッチは電気スイッチよりも飛躍的に高いエネルギー効率を示すことから、光ネットワークやコンピューティング領域などにおいて大容量データの転送経路を高速に切り替える動的再構成の場面で有用であり、電気スイッチの負荷を軽減する重要な技術として期待されている。近年は、10万ポート程度という大規模化が必要となる次世代データセンターやスーパーコンピューターへの応用に向けて、小型・高速な光スイッチに対して世界的な注目が集まっており、かねて産総研は、Clos構成により512ポート、150万ギガビット毎秒相当までの拡張性を確認していた。しかし、大規模化に伴いクロストークの影響が大きくなるため、光スイッチによるClos構成において、どの程度のポート数やエネルギー効率が達成され得るかは未解明であった。

 

研究の経緯

産総研は、電気スイッチを介さず光のまま経路を切り替える光スイッチを使用した「ダイナミック光パスネットワーク」を提唱し、その中でシリコンフォトニクスと呼ばれる光集積化技術を用いた光スイッチの開発を進めてきた。産総研が有する大規模光集積技術を活用することにより、2016年には当時世界最大の32×32ポート光スイッチの開発に成功している。ポート数を次世代データセンターやスーパーコンピューティング領域に適用可能な規模まで拡張できれば、電気スイッチの負荷を大幅に軽減することになり、高性能化と省電力化の両立が期待できる。

 

研究の内容

今回、世界最大規模のシリコンフォトニクス32×32ポート光スイッチを用い、性能の制限要因となるポート間クロストークの影響を詳細に解析し、131,072ポートの光スイッチネットワークにおいて総容量1.25 億ギガビット毎秒を達成できることを示した。

光スイッチの性能を実験的に検証し、その結果からクロストークの影響を定量的に考察した。検証実験においては、標準的な誤り訂正符号を想定した光信号を用意した(図2上段図)。この信号を32×32ポートの光スイッチネットワークを6~9周伝送させ、6~9段の光スイッチを模擬した。9段伝送後のクロストークの総数は膨大であるにも関わらず、波形(周波数ごとに測定した光パワー)に大きな歪みは見られなかった(図2下左段図)。また、誤り訂正技術を適用する前の結果として、図2下右段図から識別可能な4つの信号点が確認できる。さらに、図3は各段数に対して測定した誤り訂正技術適用前のビット誤り率(低いほどビット誤りが少なく、良好な性能となる)を示しているが、9段伝送後でも誤り訂正限界を下回る結果を得た。これらの結果は、もし誤り訂正技術によりクロストークの影響を抑制すれば、高信頼な信号伝送が可能となることを示している。32×32ポート光スイッチのポートを全て占有した場合のエネルギー効率は、1スイッチあたり0.06 pJ/bitであり、最先端の電気スイッチを用いたClos構成より100倍以上も高いことを確認した(表1)。本実験結果は、コンピューティング領域などにおいて大容量データの転送経路を高速に切り替える場面で非常に有用である。これにより、電気スイッチの負荷を軽減することで、次世代データセンターやスーパーコンピューターの高性能・省電力化に大きな貢献が期待できる。

図2

図2. 送信波形 (上段図)、9段通過後の受信波形 (下段図)、それぞれスペクトル (左段図)、信号点配置 (右段図)を示す

図3

図3. ビット誤り率(6~9段伝送後)の推定値と実測値

表1. 関連するスイッチの容量、エネルギー効率、ポート数の比較

表1

今回はさらに光スイッチの規模にかかわらず常に高い精度でクロストークを推定する方法を考案した。既存技術はクロストーク振幅正規分布と仮定するが、今回はクロストーク振幅を厳密に算出できる特性関数法による解法を提案した。既存技術は、正規分布を仮定するため、クロストークがもたらす性能劣化を過剰に見積もるという欠点がある。今回の方法ではいかなるポート数でも実際とよく一致し、クロストークが光スイッチに与える影響を精度よく分析できた。図3に示すように推定値と実測値はよく一致している。今回の方法により、光スイッチの規模に関わらずクロストークを少ない誤差で推定でき、ネットワークの設計・運用時に達成し得るポート数や伝送容量を予測できる。

 

今後の予定

今後は本成果を積極的に情報発信し、実用化・量産化に向けた技術開発を継続する。また、シリコンフォトニクス光スイッチのさらなるポート数や総容量の拡大を目指す。


用語の説明

◆シリコンフォトニクス
シリコン光集積回路を実現するための技術体系。シリコン材料を主とする光デバイスの作製技術で、シリコンLSIで培われてきた大量生産が可能な微細加工技術をベースにしている。そのため従来のシリカガラス系の光回路に比べて大量生産が容易で、さらにはシリコン半導体電子回路との融合集積が可能なフォトニクス技術といえる。[参照元へ戻る]
◆光スイッチ
光ファイバー通信において、入力ファイバーの光を、行き先となる出力ファイバーへつなぎかえる回線交換機の役割を担う装置。[参照元へ戻る]
◆シリコンフォトニクス光スイッチ
シリコンフォトニクス技術を適用した光スイッチ。産総研では、電子半導体製造技術を用いて超小型の光集積回路を作製するシリコンフォトニクス技術を用いて、可動部分のない高信頼かつ超小型の光スイッチの研究開発を進めている。[参照元へ戻る]
◆ポート間クロストーク
伝送信号が他のポート(経路)に漏れること。[参照元へ戻る]
◆ギガビット
通信速度の単位であり、1秒間に109ビットのデータを伝送できる速度。[参照元へ戻る]
◆ブルーレイディスク
青紫色レーザーを使用し、情報を記録する記録媒体。[参照元へ戻る]
◆次世代大規模データセンター・スーパーコンピューター
本稿では大規模データセンター・スーパーコンピューター構成に光スイッチを活用した状況を想定している。異なる計算資源を光スイッチで目的別に再構成可能とすることで全体の高性能・省電力化を図る。[参照元へ戻る]
◆エネルギー効率
スイッチの場合のエネルギー効率とは、1ビット当たりに消費される熱量を指し、単位はJ/bitが使われる。[参照元へ戻る]
◆エッジコンピューティング
クラウド上で集中的に実施していたデータ処理をユーザーに近いへりの方(エッジ)で処理するコンピューティングモデルを意味する。データ処理を地理的に分散することで、ユーザーに対して低遅延なサービスの提供が可能となる。[参照元へ戻る]
◆Clos構成
複数のスイッチを直列に接続するネットワーク構成を指し、小規模のスイッチを組み合わせることで大規模なスイッチを構築できる。例えば、今回使用した32×32ポート光スイッチを3段、9段縦続に接続した場合に得られるポート数は、それぞれ512×512ポート、131,072×131,072ポートとなる。なお、名称は1952年に定式化を行ったCharles Closに由来する。[参照元へ戻る]
◆ダイナミック光パスネットワーク
ユーザーとユーザー、ユーザーとデータセンターなどを光スイッチで経路を切り替えてつなぎ、光のまま情報のやり取りを行うネットワーク。ユーザー間の光の経路(回線)をパスという。ユーザーがネットワークを意識しなくても、簡便に、動的にパスを切り替えることができるため、ダイナミック光パスネットワークと名付けている。以前の電話で使われていた回線交換方式を採用したネットワークともいえる。詳細は、https://www.youtube.com/watch?v=Eh61X3HwMIgを参照。[参照元へ戻る]
◆誤り訂正符号
ビット誤りを訂正するために、元の送信ビット列に冗長ビットを付加したビット列。[参照元へ戻る]
◆光パワー
光が持つ単位時間当たりの仕事であり、単位はWが使われる。[参照元へ戻る]
◆誤り訂正技術
送信ビット列に冗長なビットを加えて符号化し、受け取った符号語からビット列を復元する技術であり、符号化時に付加した冗長ビットの情報を用いてビット誤りを訂正する。[参照元へ戻る]
◆誤り訂正限界
許容されるビット誤り率の上限値(通常4×10-3まで)。ビット誤り率がこれより小さければ、誤り訂正技術を用いてエラーフリー伝送が実現できる。[参照元へ戻る]
◆クロストーク振幅
他のポート(経路)に漏れる伝送信号の電界振幅(電磁波の電界成分の振幅)を指す。[参照元へ戻る]
◆正規分布
平均を中心として、左右対称の釣鐘型の確率分布であり、別名ガウス分布とも呼ばれる。[参照元へ戻る]
◆特性関数法
確率変数を異なる軸に写像した際に得られる確率分布(関数)を特性関数といい、それを用いた確率分布の解析手法を指す。[参照元へ戻る]


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