国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)触媒化学融合研究センター【研究センター長 佐藤 一彦】触媒固定化設計チーム 竹内 勝彦 研究員、松本 和弘 主任研究員、崔 準哲 研究チーム長、ヘテロ原子化学チーム 深谷 訓久 研究チーム長、同研究センター 佐藤 一彦 研究センター長は、東ソー株式会社(以下「東ソー」という)と共同で、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下「NEDO」という)のプロジェクトで、火力発電所排気ガス相当の低濃度CO2から、樹脂や溶媒、医薬品の原料として有用な化学品である尿素誘導体を合成する触媒反応を開発した。
産総研と東ソーはNEDOのプロジェクトである「NEDO先導研究プログラム/未踏チャレンジ2050/排気ガス由来低濃度CO2の有用化製品への直接変換」にて、低濃度CO2をポリウレタン原料などの有用化学品に直接変換する合成プロセスを研究開発しており、今回の技術の開発に至った。この技術は、日本で主流の石炭火力発電所排気ガスに相当する低濃度CO2(体積比率15%)とアミンから簡便に得られるカルバミン酸アンモニウム塩にチタン触媒を作用させて、有用化学品であるエチレンウレアなどのさまざまな尿素誘導体を効率的に合成できる。また、これまで直接利用が難しかった火力発電所排気ガス中の低濃度CO2を、濃縮・圧縮・精製といったコストやエネルギーが必要な工程を経ずに有用化学品に効率よく変換できるため、地球温暖化の原因とされるCO2の排出量削減への貢献が期待される。
なお、今回の成果の詳細は、5月14日に英国の学術誌Communications Chemistryに掲載される。
今回開発した低濃度CO2からの尿素誘導体合成技術の概要
パリ協定の合意を踏まえ、わが国では地球温暖化対策計画を策定し、CO2排出量の削減が進められてきた。直近の首相所信表明でも2050年に温室効果ガス排出を実質ゼロにすることが宣言されており、より一層のCO2排出量削減が求められている。特に、火力発電所が排出するCO2はわが国の総CO2排出量の約3割を占めているが、火力発電所がベースロード電源として将来的にも重要なため、その対策が喫緊の課題となっている。そのため、火力発電所排気ガス中の低濃度・低品質のCO2を回収し、地下貯留する技術(CCS)や有用な化学品に変換する技術(CCU)の研究が進められてきた。しかし、既存の手法では事業者へのインセンティブが小さいことやコスト・エネルギー消費が大きいことが課題であり、火力発電所を所有する民間企業が積極的に参入するには大きな障壁があった。そのため、事業者へのインセンティブが生まれ、コスト・エネルギー消費が小さい、新たな低濃度・低品質CO2利用技術が望まれていた。
これまで、産総研と東ソーは、低濃度のCO2を濃縮・圧縮・精製を行わずに回収・利用するDirect Air Capture (DAC)技術を活用した有用化学品製造法の開発に取り組んできた。CCSやCCUでは、低濃度・低品質のCO2を、アミンを用いた化学吸着によってカルバミン酸アンモニウム塩へと一旦変換した後、加熱分解して高濃度・高純度のCO2を回収する手法が用いられていたが(図1)、今回、このカルバミン酸アンモニウム塩に着目し、これを加熱分解してCO2とアミンに戻すのではなく直接化学品合成の原料に使用すれば、加熱分解などにかかるコスト・エネルギーが不要になると考え、カルバミン酸アンモニウム塩から単純で環境調和性の高い脱水反応だけで得られる尿素誘導体、特に付加価値の高いエチレンウレアを触媒を用いて合成する反応の開発に取り組んだ。
なお、今回の研究開発は、エネルギー・環境分野の中長期的な課題の解決を目的に、2050年頃を見据えた革新的な技術・システムの提案を支援するNEDOの委託事業「NEDO先導研究プログラム/未踏チャレンジ2050(2018~2021年度)」(研究代表者:竹内 勝彦)による支援を受けて行った。
図1 CCS・CCUにおけるカルバミン酸アンモニウム塩の利用
カルバミン酸アンモニウム塩がアミンとCO2との反応で生成することはすでに知られているが、低濃度CO2を原料とした場合の効率的な合成法・単離法については詳細な検討が報告されていなかった。そこで、エチレンウレアの原料となるエチレンジアミンを種々の溶媒に溶かした溶液に、火力発電所排気ガスのモデルガスである濃度15%のCO2と窒素(N2)の混合ガスを吹き込み、効率よくカルバミン酸アンモニウム塩が得られる条件を探した。その結果、エタノールを溶媒として用いると、エチレンジアミンに対応するカルバミン酸アンモニウム塩が白色固体として効率よく生成・沈殿し、単離収率96%で得られることを見出した(図2)。また、CO2源として空気(CO2濃度約0.04%)を用いる場合では、エチレンジアミンを溶媒を用いないでそのまま空気にさらしておくことで、単離収率45%で対応するカルバミン酸アンモニウム塩が得られることを見出した。元素分析の結果から、これらの手法で合成したカルバミン酸アンモニウム塩はCO2源によらず高純度であり、水やエタノールなどが取り込まれていなかった。
図2 エチレンジアミン由来のカルバミン酸アンモニウム塩の合成
続いて、低濃度CO2から合成したエチレンジアミン由来のカルバミン酸アンモニウム塩を原料とした尿素誘導体合成法の開発に取り組んだ。その結果、触媒としてチタン錯体、溶媒として1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン(DMI)、反応容器としてカルバミン酸アンモニウム塩の熱分解によるCO2の遊離を防ぐ密閉型オートクレーブを用いることで、エチレンウレアを高収率で合成できた(図3)。この手法で合成したエチレンウレアは蒸留によって簡便に精製でき、単離収率は82%と高収率であった。また、この手法はさまざまなアミン由来のカルバミン酸アンモニウム塩にも適用可能であり、環状・非環状のさまざまな尿素誘導体も合成できる。
図3 カルバミン酸アンモニウム塩からの尿素誘導体合成
今回開発した反応について実際の火力発電所排気ガスを用いた検証を行った後、工業スケールでの尿素誘導体合成反応の実用化を目指す。