東京大学大学院新領域創成科学研究科、同連携研究機構マテリアルイノベーション研究センター、物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)、科学技術振興機構(JST)さきがけ、産業技術総合研究所(産総研) 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ(注1)の共同研究グループは、独自に開発した強力な酸化力を有するラジカル塩ドーパント(注2)を高分子半導体に作用させると、両者からなる共結晶(注3)構造が自発的に形成されることを発見し、従来よりも高い結晶性と伝導特性を有する導電性高分子の開発に成功しました。
本研究成果は、国際科学雑誌「Communications Materials」2020年4月21日版に掲載されます。本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(さきがけ)研究領域「超空間制御と革新的機能創成」(研究総括:黒田 一幸)研究課題「分子インプランテーションによる超分子エレクトロニクスの創成」(研究者:渡邉 峻一郎 東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 准教授)の一環として行われました。
[背景]
高分子半導体は溶液を塗って乾かすだけで製膜可能な次世代のエレクトロニクス材料として注目されています。エレクトロニクス材料に重要な高い伝導特性を実現するためには高分子の高い結晶性が重要であり、個々の分子が自発的に配列する自己組織化を活用する研究が盛んに行われてきました。高分子は茹でたスパゲッティのように絡み合った構造をとることが一般的ですが、剛直な骨格をデザインすることで規則正しく配列した結晶構造が形成されることが知られています(図)。
高分子半導体を導電性材料として用いるには電荷を注入するドーピング処理によって、電気伝導特性を向上させる必要があります。通常は高分子半導体と酸化還元反応を生じるドーパント分子を高分子膜に導入する手法が用いられます(図(a))。このとき、ドーパント分子はアニオン(陰イオン)として高分子膜内部に残りますが、ドーパント分子はランダムな配置をとるために、高分子半導体の結晶性が損なわれることが一般的でした。そこで我々は、高分子半導体の結晶性構造を壊さずにドーパント分子を導入する手法を開発してきました(S. Watanabe, et al., Nature 2019, https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/2856.html)。ところが、導入されたドーパント分子の立体的な配置は不明瞭であり、ランダム性を有するドーパント分子の配置が電気伝導特性を制限している可能性がありました。
[手法と成果]
今回新たに、これまでより強い酸化力を有するラジカル塩ドーパントを開発しました。その溶液に高分子半導体の薄膜を浸漬するドーピング操作を行ったところ、高分子の繰り返し単位当たり1個のドーパント分子が導入される非常に高いドーピング量が実現されたと共に、X線回折像に特徴的な強度パターンの消失が観測されました。この強度パターンをシミュレーションしたところ、高分子半導体とドーパント分子が1対1の共結晶構造を形成していることが明らかになり、高分子の結晶中に存在するドーパント分子の位置を0.5ナノメートル程度の精度で決定することができました。通常の高分子半導体の結晶性構造にはナノメートルスケールの空隙が周期的にありますが、今回作成した共結晶構造ではこの隙間にドーパント分子が高密度で充填されています。強力な酸化反応を用いて高分子の隙間を埋めるようにドーパント分子を充填したことで、パズルのように均質な密度と配置でドーパント分子が配列したと考えられます(図(b))。通常の高分子膜は乱れた構造をとることが一般的ですが、今回作製した薄膜は高い配向性を持った共結晶構造が薄膜の大部分を占めていることも分かりました。
今回の研究によって、強力な酸化反応により導電性高分子膜に高密度で充填されるドーパント分子が自発的に配列する新奇な現象が薄膜スケールで実証されました。また、今回開発された共結晶を有する導電性高分子は高い電気伝導度や白金などの貴金属に匹敵する高い仕事関数(注4)を示すことがわかりました。さらに、ドーパント分子種を最適化することで大気安定性を向上させることもできました。
[今後の展望]
このような薄膜の電気伝導特性は共結晶性の領域に由来する金属的な伝導が支配的であることが知られていますが、今回の研究によって、ミクロな共結晶構造の設計によりマクロな電気伝導度の制御が可能であることが示唆されました。
さまざまな分子性イオンが充填・配列化された高分子半導体薄膜は大面積で容易に形成できるために、今後さまざまな機能性電子・イオン材料としての研究が進展すると期待されます。
図 (a) 結晶性高分子半導体PBTTTの製膜とドーピング操作の模式図。ドーピング後には高分子半導体とドーパントアニオンの共結晶構造が形成される。ラジカルカチオンTBPA●+が高分子半導体を酸化し、正電荷を帯びた高分子膜にアニオンTFSI−が導入される。
(b) X線回折像の測定とシミュレーションの結果。ドーピング前に観測されていた(300)ピークがドーピング後に消失することが分かった。隙間を埋めるようにドーパント分子が充填されることで、ここで示すような共結晶構造が薄膜全体にわたって形成されている。
山下 侑(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 特任研究員/
物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)超分子グループ 博士研究員 兼務)
竹谷 純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授/
物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)MANA主任研究者(クロスアポイントメント)/
連携研究機構マテリアルイノベーション研究センター(MIRC)特任教授/
産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務)
渡邉 峻一郎(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 准教授/
産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務)
雑誌名:「Communications Materials」(オンライン版:4月21日)
論文タイトル:Supramolecular Cocrystals Built Through Redox-Triggered ion Intercalation in π-Conjugated Polymers
著者:Yu Yamashita, Junto Tsurumi, Tadanori Kurosawa, Kan Ueji, Yukina Tsuneda, Shinya Kohno, Hideto Kempe, Shohei Kumagai, Toshihiro Okamoto, Jun Takeya, and Shun Watanabe*
DOI番号:10.1038/s43246-021-00148-9