熱電材料はゼーベック効果4)により固体素子で熱エネルギーを電気エネルギーに変換する材料です。現在320℃以下の低温域において、熱エネルギーのうち約90%が利用されず捨てられている状況です。熱電材料としては、これまで半世紀以上、Bi2Te3系材料が圧倒的なチャンピオン材料として用いられてきました。しかしながら、Bi2Te3系材料は層状構造で加工性が良くないこと、Teが非常に希少な元素であり熱電モジュールの低コスト化が難しいことから、熱電発電の広範囲の実用化は実現できておらず、この温度領域における希少元素を極力用いない新規な高性能熱電材料の開発が強く望まれていました。
本研究では、n型Mg3Sb2系材料において、少量の銅原子を添加することによる2つの顕著な熱電高性能化効果を発見しました。第一の点は、原子間隙に少量の銅原子を挿入することにより、熱の伝搬を司るフォノンの状態密度のギャップが埋まり、フォノンの伝搬速度が低減して、熱伝導率を大きく低減できることを見いだしたことです。熱伝導率を小さくすることができると、利用する熱流の損失を抑えることができるので、熱電変換効率を高めることができます。第二の点は、粒界への銅原子のドーピングによって、粒界の化学的な組成や構造の制御が可能となり、熱伝導率の低い多結晶材料でありながら、単結晶材料に匹敵する高い電荷移動度、すなわち高い電気伝導率を実現できることを見いだしたことです(図1左 参照)。これにより、ジュール発熱によるエネルギー損失を抑えることができます。こうして見いだされた新規なフォノン散乱効果や粒界制御効果は、本研究でターゲットとした熱電材料の高性能化 (図1右 参照)を実現しただけでなく、他の熱電材料の高性能化にも活用できる可能性があることから、大きな波及効果も期待されます。開発されたオリジナル材料(物質・材料研究機構においてn型、p型のそれぞれの特許出願済み)を用いて、8対の熱電モジュールを作製し(図2左 参照)、室温と320℃の温度差の低温域において、7.3%の高い熱電変換効率の実現に成功しました(図2右 参照)。これはBi2Te3系の世界最高性能モジュールに匹敵する性能です。材料性能から見積もられる理論効率は約11%とさらなる高効率化も見込まれます。この技術は、さまざまな応用が期待される室温近傍の低温域において、半世紀以上に亘る熱電材料の開発の歴史で初めてBi2Te3系材料を超える可能性を持つような材料であり、熱電発電の幅広い分野での応用に新規な可能性を切り拓く顕著な成果といえます。
図1 本高性能化原理による高い電荷移動度(左)と性能指数ZT(右)(■●の点)
図2 開発したMg3Sb2系材料で作成したモジュール(左)とその変換効率(右)(●の点)
今回の研究では、新たな高性能化原理の学理探求の結果、新規な高性能熱電材料を見いだしました。材料の高いポテンシャルを実証するために、発電モジュールも作製し、非Bi2Te3系材料で、Bi2Te3系の最高性能モジュールに匹敵する性能を実現しました。これにより、希少な材料であるTeを含まない低価格で広範囲に適用可能な熱電モジュールの実用化を進め、省エネに加え、Society 5.0を実現するために必要な無数のセンサー用自立電源向けの熱電モジュールの実用化にも貢献します。さらに、本研究で見いだされた新原理の活用によって、他の温度域にも活用できる新規な高性能熱電材料の研究開発も引き続き推進していきます。
題目:Demonstration of Ultrahigh Thermoelectric Efficiency of ~7.3% in Mg3Sb2/MgAgSb Module for Low Temperature Energy Harvesting
著者:Zihang Liu (NIMS), Naoki Sato (NIMS), Weihong Gao (NIMS), Kunio Yubuta (東北大), Naoyuki Kawamoto (NIMS), Masanori Mitome (NIMS), Keiji Kurashima (NIMS), Yuka Owada (NIMS), Kazuo Nagase (AIST), Chul-Ho Lee (AIST), Jangho Yi (NIMS), Koichi Tsuchiya (NIMS), and Takao Mori (NIMS)
雑誌:Joule
掲載日時:アメリカ東部時間2021年4月16日11時(日本時間17日0時)