多結晶材料の構造は、これまでX線回折測定を利用して数百万個におよぶ粒子集合体の平均的な性質を調べることによって行われてきました。しかし、機能発現に伴う材料物質の局所的環境や界面構造、構造的特徴に関連した微結晶粒子の「動き」を直接観測することはできませんでした。
東京大学大学院新領域創成科学研究科、産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ(産総研-東大OIL、注4)、および高輝度光科学研究センターの研究グループは、大型放射光施設SPring-8 BL39XU(注5)において、回折X線ブリンキング法を用いて、X線光化学反応中に急速に変化するハロゲン化銀、および生成された金属銀の結晶1粒子の超微細構造の動的変化(ダイナミクス)を測定することに成功しました。ハロゲン化銀および金属銀の時分割X線回折像から、X線回折輝点の動きが個々の結晶粒子の傾斜(倒れこみ)運動・回転運動、格子構造変化を表すことがわかりました。これら物理特性を反映した回折強度の時間変化について、独自に考案した1ピクセル(画素)自己相関解析法(Single-pixel Autocorrelation Function : sp-ACF、注6)による粒子運動分析を行ったところ、熱処理前後のハロゲン化銀、および金属銀において、明確な運動の差を検出しました。多結晶材料の局所的構造ダイナミクスを特徴づける新しい計測手法を実現しました。
本研究成果は、ネイチャー・パブリッシング・グループ(Nature Publishing Group)電子ジャーナル「Scientific Reports」のオンライン速報版で3月5日にオンライン公開されました。
多結晶材料の構造は、数百万個の粒子集合体として、その平均的な性質をX線回折測定により調べられてきましたが、この方法では材料物質の局所的環境や界面構造、構造的特徴により生じる機能発現と関連した個々の結晶1粒子の動態、格子構造変化などの動的情報を調べることができませんでした。そこで本研究グループは、2018年に回折X線ブリンキング法(Diffracted X-ray Blinking: DXB)を開発し、これによりタンパク質1分子内部の微細運動変化を検出することに成功しました(図1)。
DXB法の適用はこれまでは生体分子のみを対象として行ってきましたが、本研究ではじめて、無機分子多結晶材料への適用が可能であることを明らかとしました。DXB計測では、機能発現に伴った材料物質の動的構造変化を「無標識」で取得できます。今回はX線をマイクロメートルサイズに集光し、熱処理前後のハロゲン化銀1粒子(直径~100 nm)の動態を50ミリ秒で時分割測定し、この状態でDXB計測を実施すると、ハロゲン化銀および光化学反応によって生じる金属銀の回折輝点が、明滅(ブリンキング)している様子が観測できました。
この明滅現象を詳細に分析したところ、θ方向に動く回折輝点が結晶粒子の傾斜(倒れこみ)運動を表し、χ方向に動く回折輝点が結晶粒子の回転運動を表していました(図2. (a))。それもハロゲン化銀だけではなく、生成物である金属銀でも観察できました。さらに金属銀では、デバイ−シェラー環(注7)の外側に飛び出す回折輝点が観察され、これは、結晶粒子が傾斜(倒れこみ)・回転運動を伴いながら格子構造変形を表す現象であることがわかりました(図2. (b))。これらの物理特性を反映した回折強度変化を、独自に考案した1ピクセル自己相関解析法を適用し、結晶粒子の運動を評価したところ、熱処理前後のハロゲン化銀と金属銀はそれぞれ全く異なる動態を示すことがわかりました(図2(c)(d))。さらに、この動的性質はハロゲン化銀と金属銀で相関を示すこともわかり、生成される金属銀の形状特性や粒子集合体の空隙状態に反映することが考えられます。また、回転拡散係数を見積もったところ、0.1~0.3pm2/secという原子1つの大きさの10分の1のスケールの超微小変化を検出可能であることもわかりました。
近年、多くの結晶状態の物質系がノーベル賞を受賞しています。例えば、2000年 導電性高分子、2010年 グラフェン、2011年 準結晶、2014年 青色発光ダイオード、2016年 分子マシン、2019年リチウム二次電池など、これらの材料では、結晶状態の微小な構造変化が機能発現と密接な関係にあります。これら材料の機能を最大限に発揮させるための最適な設計には、安定的な構造的特徴だけでなく、動態情報が鍵を握ると考えられていますが、サイエンスとして未解明な部分です。原子レベルの空間分解能、ミリ秒からマイクロ秒レベルの高速測定、そして非標識で結晶材料の1粒子動態測定が可能なDXB法を用いることで、これら結晶系の動的情報を得られると期待されており、発光ダイオードや二次電池等の更なる高効率化が期待されます。
また、DXB法は、大型放射光施設のX線による測定のみならず、研究室レベルの小型X線光源を利用した計測も可能です。小型X線光源を利用することで、例えば、ダメージレス測定、長時間測定、計測条件や試料選定といったスクリーニング的測定など、多様なニーズに合わせた測定ができます。今後、さまざまな結晶材料系を対象として、温度、電圧、圧力などの物理応答に対する評価技術開発をルーチン的に測定できる技術開発を進め、「結晶動態」という新しい材料設計の指針を提供していきます。
本研究成果は、ネイチャー・パブリッシング・グループ(Nature Publishing Group)電子ジャーナル「Scientific Reports」のオンライン速報版で3月5日に公開されました。なお本研究は、日本学術振興会 新学術領域研究「3D活性サイト科学」(No.26105005)、新学術領域「ソフトクリスタル」(20H04660)、新学術領域研究「分子夾雑化学」(20H04696)の支援を受けて実施されました。
図1:(a) SPring-8 BL39XUにおけるDXB計測装置写真。 (b) 1ピクセル自己相関解析法による分子動態分析の概念図。時分割X線回折像を2000枚程度高速撮影し、注目するX線回折像の強度変化を自己相関解析することで 単粒子や格子動態の特性を定量評価することができる。本グループのオリジナル解析手法。
図2:ハロゲン化銀、およびX線光照射によって形成された銀のX線回折像の例。(a) 結晶粒子の傾斜(倒れこみ)運動および回転運動に起因するX線回折輝点の動きの例。 (b) 形成された金属銀の格子構造変化。 (c) 熱処理(アニール)処理前後のハロゲン化銀表面の原子間力顕微鏡(AFM)像。アニーリング熱処理によりハロゲン化銀の結晶粒径が大きくなっていたことが観察される。 (d) Ag(111)からのX線回折強度の時間変化をsp-ACFにより解析した結果。ACF減衰定数の分布がアニール熱処理前後のハロゲン化銀で大きく異なることが確認され、全く異なった動態特性を持っていることが確認された。図中のp<0.001は有意確率を表す。
佐々木裕次(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授/
産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 特定フェロー)
倉持 昌弘(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 助教/
産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ バイオ分子動態チーム)
雑誌名:Scientific Reports(オンライン版3月5日掲載)
論文タイトル:Tilting and Rotational Motions of Silver Halide Crystal with Diffracted X-ray Blinking
著者:Masahiro Kuramochi1,2,*, Hiroki Omata1,2, Masaki Ishihara1,2, Sander Ø. Hanslin1, Masaichiro Mizumaki3, Naomi Kawamura3, Hitoshi Osawa3, Motohiro Suzuki3, Kazuhiro Mio2, Hiroshi Sekiguchi3, and Yuji C. Sasaki1,2,3,*
1東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻、2産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ、3高輝度光科学研究センター、*責任著者
DOI: 10.1038/s41598-021-83320-y