東京大学大学院新領域創成科学研究科、同連携研究機構マテリアルイノベーション研究センター、筑波大学数理物質系、産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ(注1)は、特異な分子軌道(注2)(以下、軌道)形態を有するモノマーユニット(注3)を組み込むことによって、半導体ポリマー鎖間で良好な電荷輸送性を示すことを実証しました。
有機半導体は低分子半導体と高分子半導体(以下、半導体ポリマー)の二つに大別されます。低分子半導体の電荷輸送は、π共役系分子(注4)同士の軌道の重なりの度合が大きく影響します。そのため、分子集合体構造において、いかに軌道の重なりを大きくするかを念頭に分子設計が行われています。すなわち、原子レベルの精度で分子配列(注5)を制御することが要求されます。一方、半導体ポリマーは、π共役系分子が共有結合で繋がった巨大な分子構造を有するため、ポリマー鎖内では共有結合(注6)を介してポリマー鎖内で電荷輸送が可能です。しかしながら、その巨大な分子同士は無秩序に絡み合うため、ポリマー鎖同士の軌道の重なりが大きくなるような配列をとらせることは容易ではありません。そのため、ポリマー鎖間の電荷輸送性を高めるため、配向させて鎖間の距離を縮めることに主眼が置かれていました。
研究グループでは、配列制御が困難な半導体ポリマーにおいても電荷輸送の向上が可能な軌道の重なりを実現すべく、長軸方向に同位相の軌道が広がるπ共役系分子であるChDT骨格を構成ユニットとした半導体ポリマーPChDTBTを新たに開発しました(図1)。大型放射光施設SPring-8(注7)(ビームラインBL46XU、BL19B2)における集合体構造解析によって、分岐型アルキル側鎖(注8)の分岐位置がポリマー主鎖から遠ざかることによって、π共役平面(注9)の配向様式が基板に対して平行なface-on配向(注10)から垂直なedge-on配向(注11)へと変化することが分かりました(図2)。基板に平行な方向の電荷輸送について、ポリマー鎖間の電荷輸送が有効に働くedge-on配向を誘起する側鎖を有するPChDTBT誘導体は、ポリマー鎖間の電荷輸送が有効に働かないface-on配向のものと比べて、最大で3桁高い移動度であり、既存の高結晶性半導体ポリマー(注12)に匹敵する移動度を示しました。この誘導体は量子化学計算からポリマー鎖間の電荷輸送が支配的であることが示唆され、半導体ポリマー鎖間の電荷輸送性を高める新分子設計技術を開発しました。
本研究成果は、2021年2月28日付でアメリカ化学会(ACS)の学術誌「Macromolecules」のオンライン速報版で公開されました。
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金「ラダーD-A型共役高分子の開発と高移動度材料への展開」(課題番号:18K14295、研究代表者:黒澤忠法)、「分子間振動の抑制を基軸とした次世代有機半導体材料の創製」(課題番号:17H03104、研究代表者:岡本敏宏)、「第一原理に基づく熱電変換計算理論の開発と有機材料への応用」(課題番号:18H01856、研究代表者:石井宏幸)及び、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(さきがけ)研究領域「微少エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」(研究総括:谷口研二)研究課題「有機半導体の構造制御技術による革新的熱電材料の創製」(課題番号:JPMJPR17R2、研究代表者:岡本敏宏)の一環として行われました。
<研究の背景と経緯>
ポリマー材料はその柔軟性・機械的強度・成形性の高さから、われわれの身の回りの多くのモノに使われています。次世代の電子材料として注目されている有機エレクトロニクス(注12)分野においても、製造プロセスの適応性の高さから半導体ポリマーの活用が大いに期待されています。しかし、その性能は低分子半導体の性能と比べて大きく遅れを取っているのが現状です。
半導体ポリマーでは、ポリマー鎖内および隣り合うポリマー鎖間との電荷輸送性が固体全体での電荷輸送能を高める鍵となります。これまでの研究では、ポリマー鎖内の電荷輸送能を向上させる分子設計に関する知見は多数報告されているものの、ポリマー鎖間の電荷輸送能に関しては、鎖間の距離を縮める方策のみが取られてきました。これは、ポリマー特有の巨大な分子構造のため、高結晶性半導体ポリマーの結晶領域内においてもポリマー鎖の配列を制御することが容易ではないためです。したがって、性能の高い半導体ポリマーの開発のためには、ポリマー鎖間の電荷輸送能を高めるための新しい分子設計技術が求められていました。
<研究の内容>
これまでに本研究グループでは、低分子半導体において分子間の軌道の重なりを高める分子設計として、分子長軸方向に同位相の軌道が広がったπ共役系ChDT骨格を開発し、世界最高レベルの高移動度を示すことを明らかとしました(T. Okamoto, et al., Advanced Science 2018, http://www.k.u-tokyo.ac.jp/info/entry/22_entry610/)。今回、ChDT骨格をモノマーユニットとしてポリマーの主鎖に組み込むことによって、その特異な軌道形態を積極的に活用し、ポリマー鎖の配列様式に関わらず有効な鎖間の軌道の重なりを実現する半導体ポリマーPChDTBTを開発しました(図1)。PChDTBTは、可溶性基であるアルキル側鎖の形状によって、π共役平面の配向様式が基板に対して平行なface-on配向から垂直なedge-on配向へと変化することが分かりました(図2)。基板に平行な方向の電荷輸送について、ポリマー鎖間の電荷輸送が有効に働くedge-on配向を誘起する側鎖を有するPChDTBT誘導体は、ポリマー鎖間の電荷輸送が有効に働かないface-on配向のものと比べて、最大で3桁高い移動度であり、既存の高結晶性半導体ポリマーに匹敵する移動度を示しました。興味深いことに、量子化学計算により、ポリマー鎖内のPChDTBTによる電荷輸送性は既存の半導体ポリマーと比べて、不利であることが明らかとなった一方で、ポリマー鎖間で有効な電荷輸送が実現されることにより、既存の半導体ポリマーに匹敵する良好な移動度が達成されていることがわかりました。これらの結果より、軌道形態に着目することで効率的なポリマー鎖間の電荷輸送性が実現できる新分子設計法を示すことができました。
<今後の展開>
今回の結果により、これまで切り離されてきたポリマー鎖内とポリマー鎖間の電荷輸送に関わる分子設計を複合的に半導体ポリマー材料開発に反映させることが可能となりました。今後、それぞれの電荷輸送性を同時に高め、低分子半導体に匹敵する高性能半導体ポリマーの開発につながると期待されます。
図1 PChDTBTの分子構造と分子軌道形態。軌道の色の違いは位相の違いを表し、モノマーユニットに組み込まれたChDTにおいては、分子の長軸方向(横方向)に同位相の軌道(青色)が広がっていることが分かる。このChDTの特異な軌道形態によって、ポリマー鎖の配列様式に関わらず有効な鎖間の軌道の重なりを実現する。
図2 アルキル側鎖の形状の違いによって誘起されるPChDTBTの配向様式とポリマー鎖間の電荷輸送方向(青矢印)。基板に平行な電荷輸送について、edge-on配向がポリマー鎖間の電荷輸送を有効に利用できる。
黒澤 忠法(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 助教)
岡本 敏宏(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 准教授/
科学技術振興機構(JST)さきがけ研究者 兼務/
産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 研究員 兼務)
竹谷 純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授/
マテリアルイノベーション研究センター(MIRC)特任教授 兼務/
産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 研究員 兼務/
物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)MANA主任研究者(クロスアポイントメント))
石井 宏幸(筑波大学数理物質系 助教)
雑誌名:「Macromolecules」(2021年2月28日付)
論文タイトル:“Chrysenodithiophene Based Conjugated Polymer: An Elongated Fused π-Electronic Backbone with a Unique Orbital Structure Toward Efficient Intermolecular Carrier Transport”
著者:Tadanori Kurosawa, Toshihiro Okamoto, Dinghai Cen, Daiji Ikeda, Hiroyuki Ishii, and Jun Takeya