国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)エネルギープロセス研究部門【研究部門長 松岡 浩一】 エネルギー変換プロセスグループ 倉本 浩司 研究グループ長、高坂 文彦 研究員、劉 彦勇 主任研究員らはデルフト工科大学 浦川 篤 教授と、大気中の希薄なCO2から発電所起源のCO2までの濃度範囲で、CO2分離回収過程の前処理を必要とせずに低濃度のCO2から高濃度のメタンを合成する技術を開発した。
カーボンニュートラルの実現に向けて、発電所やその他産業分野から排出されるCO2、さらには既に大気中に放出されたCO2を回収し、炭化水素系燃料や炭素含有有用化合物へと転換する技術の開発が不可欠である。しかしこれらのCO2は、窒素や酸素などのガス種で希釈されて濃度が数%〜数十%(大気の場合には約400 ppm)と希薄なので、一般にはCO2転換過程の前に多くのエネルギーとコストがかかるCO2分離回収過程を必要とする。今回、CO2を吸収する機能と、吸収したCO2を水素と反応させてメタンに転換する機能の2つの機能をもつ二元機能触媒を開発し、CO2分離回収過程を必要とせずエネルギー消費の少ない、希薄CO2の直接回収転換技術を開発した。この技術により大気中のCO2よりも低い濃度の100 ppmのCO2から最大で1000倍以上高濃度のメタンを直接合成することができる。
なお、この技術の詳細は、アメリカ化学会の学術誌ACS Sustainable Chemistry & Engineeringに2021年2月25日版(日本時間)にオンライン掲載される。
二元機能触媒を用いたCO
2分離回収の前処理を必要としない希薄CO
2の直接転換技術の概念図
2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロとする新たな政府目標の実現には、発電所や産業分野から排出されるCO2の大幅な削減が必要である。CO2有効利用技術(CCU技術)はCO2排出削減には不可欠で、高効率化・低コスト化のための研究開発が国内外で精力的に進められている。さらに、ネガティブエミッション技術の実用化も不可欠であり、既に大気中に放出されているCO2を回収する直接空気回収への注目が高まっているが、これらの技術の大規模な普及には低コスト化・高効率化が必要である。しかし、発電所や産業分野から排出されるCO2や大気中のCO2は窒素や酸素などのガス種で希釈されて濃度が数%〜数十%(大気の場合には約400 ppm)と希薄なので、CO2の貯留や転換過程の前段階として、100%近いCO2濃度を得るためのCO2分離回収過程を必要とする。アミン吸収などに代表されるCO2分離回収過程は、特にCO2の放出過程が多くのエネルギーを必要とするため、CO2分離回収過程の高効率化や、CO2分離回収を必要としない革新的プロセスの開発が必要とされている。
産総研は、カーボンニュートラル実現に向けた高効率なCCU技術のための触媒開発や反応プロセス開発に取り組んできた。これまでに得た蓄積をもとに、今回CO2分離回収を必要とせずエネルギー消費の少ない、希薄なCO2の高効率な直接転換技術の開発に取り組んだ。
これまでに、CO2を回収する機能をもつナトリウム(Na)、カリウム(K)などのアルカリ金属またはカルシウム(Ca)のようなアルカリ土類金属と、CO2を水素と反応させてメタンに転換する機能をもつニッケル(Ni)を含む二元機能触媒を開発してきた。概念図に示すように、この二元機能触媒を用いて、反応器へ導入するガスを交互に切り替えれば、(1)低濃度CO2の触媒中への選択的回収と、(2)回収したCO2の水素雰囲気下での炭化水素類への転換(水素化)を交互に行うことが可能となる。これにより、前処理のCO2分離回収過程を経ずに希薄なCO2を直接高濃度のメタンへと転換することができる。今回、産業分野から排出されるCO2を想定した5〜13%のCO2、大気中のCO2を想定した400 ppmのCO2、さらに希薄な100 ppmのCO2を用いて、450℃で固定層反応器のガス雰囲気の切り替えによる試験を行った。図1に示すように、100 ppmという大気中のCO2濃度より希薄なCO2を含むガスを反応器内に充填した触媒に接触させたところ、CO2だけが触媒に選択的に吸収され、触媒によるCO2回収が飽和し始めた2400秒(40分)まで反応器出口からCO2は排出されなかった。3600秒(60分)後に反応器へのCO2の供給を窒素だけの供給へ切り替えることで反応器内の未回収のCO2を除去し、さらに反応開始から4200秒(70分)後に供給ガスを水素に切り替えたところ、メタンが迅速に生成し、最大で体積分率で1000倍以上高濃度のメタンへ直接転換することができた。このようなCO2の選択的回収は、CO2濃度が数%から100 ppmまでの範囲で可能であり、さらに回収したCO2は、90%以上の高いCO2転化率でメタンへ直接転換できることを系統的に明らかにすることができた。
図1 Ni系二元機能触媒を用いた100 ppm CO
2からの高濃度メタン(CH
4)の直接合成
今後は、触媒重量当たりのCO2回収量とメタン生成量がさらに高い二元機能触媒の開発を目指すとともに実用化を目指した高効率な反応プロセスの開発を行う。