発表・掲載日:2021/02/25

スマートセル技術により、野生株に対し約30倍高い原料酵素の生産性を実現

-体外診断用医薬品向け酵素として、早期の事業化を計画-


NEDOと旭化成ファーマ(株)、産業技術総合研究所は、植物や微生物の細胞を用いて高機能品を生産するスマートセル技術を活用し、体外診断用医薬品の原料となる酵素「コレステロールエステラーゼ」の生産効率向上に成功しました。このたび構築したスマートセルは、従来の微生物(野生株)と比べ30倍以上の生産能力を持ちます。これにより生産工程における電力消費量も低減できるため、CO2排出量を年間約23トン削減(従来比約96%削減)する効果も期待できます。旭化成ファーマ(株)はこのスマートセルで生産したコレステロールエステラーゼの早期の事業化を計画しており、高機能な化学品や医薬品原料などを生産する「スマートセルインダストリー」の実現を目指します。

図1

図1 研究開発の経過


1.概要

病院での診察や健康診断では、健康状態のチェックや体調不良の原因を調べる検査、さらに治療効果を確認するといった用途で多くの体外診断用医薬品が使用されています。その一つである生化学検査試薬は大半が酵素※1を主な原料としており、酵素の働きを用いて体内の物質の濃度を測定します。例えば血中コレステロールを測定する体外診断用医薬品では、コレステロールエステラーゼ※2という酵素を用いて体内のコレステロール濃度を測定するのが一般的です。

コレステロールエステラーゼは、微生物のバークホルデリア・スタビリス(Burkholderia stabilis)などから菌体外に分泌・生産されることが知られています。ただ、この野生株におけるコレステロールエステラーゼの分泌は複雑に制御されていることから、従来法に基づいた大腸菌を宿主とした遺伝子組換え技術による高生産化は困難で、野生株を育種する古典的な方法での高生産化が試みられてきたのが実情です。しかしそのような育種法を用いてもその生産量は野生株の約2.8倍までしか上昇させることができなかったため、育種法に比べ、より国際競争力があり低コストで高い生産効率が見込まれる新たな技術の開発が求められていました。

こうした中、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)と旭化成ファーマ株式会社(旭化成ファーマ)、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)は2016年度から、生物細胞が持つ物質生産能力を人工的に最大限まで引き出し、最適化した細胞(スマートセル)を使って省エネルギー・低コストで高機能品を生産するスマートセルプロジェクト※3に取り組んできました。そしてこのたび、新規構成型プロモーター※4と宿主(バークホルデリア・スタビリス)の機能改変を組み合わせることで、コレステロールエステラーゼの生産能力を野生株の30倍以上に引き上げたバークホルデリア・スタビリススマートセルを構築することに成功しました。

これにより年間に使用する培養量と製造回数を削減しても従来と同量のコレステロールエステラーゼ生産が可能となり、結果として生産工程における電力消費量をCO2排出量で換算すると年間約23トンの削減効果(従来比約96%削減)が期待できます。旭化成ファーマはこのスマートセルで生産したコレステロールエステラーゼを早期に事業化し、高機能な化学品や医薬品原料などを生産する「スマートセルインダストリー」の実現を目指します。


2.今回開発したスマートセル技術の詳細

NEDOと旭化成ファーマ、産総研は2016年度~2018年度の委託事業と、2019年度~2020年度の助成事業を通してスマートセル技術の開発に取り組んできました。今回はスマートセル技術の一つである「発現制御ネットワーク構築技術」※5やゲノミクス解析などの情報解析技術を活用することにより、スマートセルの開発を行いました。

・委託事業の概要
事業名:植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発/高生産性微生物創製に資する情報解析システムの開発(担当テーマ:コレステロールエステラーゼの生産性向上による有効性検証)
事業期間:2016~2018年度
委託先:旭化成ファーマ株式会社
共同研究機関:国立研究開発法人産業技術総合研究所

2016年度~2018年度の委託事業では、コレステロールエステラーゼの生産効率を高めた組換えバークホルデリア・スタビリス株の構築に向けて、遺伝子の発現を制御する新規プロモーターを探索しました。まずバークホルデリア・スタビリス野生株の全ゲノム解読を行い、ゲノム上にコードされている遺伝子を特定しました。その結果、野生株は三つの環状染色体を持ち、それらの染色体に6,764個の遺伝子がコードされていることを発見しました。これを踏まえ、複数の条件で培養した菌体からRNA※6を抽出し、次世代ゲノムシーケンス解析により各遺伝子の転写量を算出しました。ここで得られた各遺伝子の転写量情報を基に、培養条件や培養液組成の変化に影響されず、構成的に遺伝子を強く発現制御するプロモーター候補を九つ選定しました。

 それぞれのプロモーター候補の配列をコレステロールエステラーゼ遺伝子の上流に連結させた配列を含む発現ベクターとして構築し、バークホルデリア・スタビリス野生株に導入してコレステロールエステラーゼ活性とOD660※7を測定した結果、九つの各候補の配列が発現量の異なるプロモーターとして機能することを発見しました(図2)。図2の横軸の数字は九つのプロモーターそれぞれの検討結果を示しています。委託事業ではこの発見したプロモーターを利用し、バークホルデリア・スタビリスを宿主とするコレステロールエステラーゼ組換え発現技術を確立しました。

図2

図2 プロモーター活性の確認

・助成事業の概要
事業名:植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発/微生物による高機能品生産技術開発/組換えBurkholderia stabilis由来コレステロールエステラーゼ開発
事業期間:2019~2020年度
助成先:旭化成ファーマ株式会社
共同研究機関:国立研究開発法人産業技術総合研究所

委託事業の成果を踏まえ、2019年度~2020年度の助成事業ではコレステロールエステラーゼのさらなる高生産化を目指すために、スマートセル技術を用いた宿主の改良に取り組みました。ここで無作為に染色体上の遺伝子を破壊する実験や、遺伝子に変異を導入する実験によって得られた変異株のコレステロールエステラーゼ生産量と遺伝子配列解析との相関を検討した結果、コレステロールエステラーゼの生産能力向上に寄与する、従来は機能が不明であった特異的な遺伝子を発見することに成功しました。

委託事業で構築した新規プロモーターを利用した発現技術と助成事業で構築した改変型宿主を組み合わせることにより、コレステロールエステラーゼの分泌生産量が野生株の30倍以上に向上することを発見し、従来の育種法では解決できなかった高生産型スマートセルの構築に初めて成功しました。

 

3.今後の予定

本研究で構築したスマートセルを用いて早期の事業化を進め、スマートセルインダストリーの実現に貢献します。これにより野生株を用いた生産工程に対し、年間CO2排出量を約23トン削減した低環境負荷生産の実現に取り組んでいきます。

 

注釈

※1 酵素
さまざまな化学反応を触媒するタンパク質。[参照元へ戻る]
※2 コレステロールエステラーゼ
コレステロールエステルの加水分解反応を触媒する酵素。[参照元へ戻る]
※3 スマートセルプロジェクト
NEDOが2016年度~2020年度の5年間にわたり実施している「植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発」事業。
スマートセルプロジェクトHP:https://www.jba.or.jp/nedo_smartcell/ [参照元へ戻る]
※4 構成型プロモーター
プロモーターはタンパク質の設計図であるDNA情報からタンパク質を作る際に重要な働きをする遺伝子配列のことで、誘導型と構成型の二種類がある。誘導型はある条件時にのみ働き、構成型は常に働いているものをいう。[参照元へ戻る]
※5 発現制御ネットワーク構築技術
遺伝子発現データからの遺伝子間相互作用をネットワークモデルとして表現することで、細胞内で起こっている現象を一つのシステムとして理解し、人為的制御を行うための改変候補遺伝子を提案する技術。
https://www.jba.or.jp/nedo_smartcell/theme/09.php [参照元へ戻る]
※6 RNA
DNA情報からタンパク質が作られる過程で作られる核酸。DNAを鋳型に転写という反応により合成される。さらに翻訳という反応によりRNAの配列に対応したタンパク質が合成される。[参照元へ戻る]
※7 OD660
660nmの波長で培養液における微生物の密度を測定し表したもの。大腸菌の場合、OD660=1の時の細胞密度は 1x108~1x109 cells/mL程度である。[参照元へ戻る]


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