国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)環境創生研究部門【研究部門長 尾形 敦】環境動態評価研究グループ 髙根 雄也 研究グループ付は、気象大学校【校長 矢野 敏彦】伊藤 享洋 講師とともに、2020年8月17日に静岡県浜松市で観測された日本歴代最高タイ記録となる日最高気温41.1℃(以下「浜松41.1℃」という)の主な要因を解明した。
今回、特定の気圧配置型の出現と、これに伴う上空の高温・北西寄りの風、連日の晴天が浜松41.1℃の必要条件であることが分かった。これらの条件により濃尾平野ではフェーン現象が発生し、その後フェーン現象で昇温した風が名古屋都市圏や連日の晴天で乾燥した地面付近を吹き抜ける際に、地面から熱供給を受けさらに高温化した(図1)。この高温の風への地面からの熱供給の効果が最も積算される浜松市周辺の気温が最も高くなる。同時に、相対的に冷たい海からの南寄りの風の侵入が阻まれたこと(図1ピンク線で示す収束線)が、浜松41.1℃の直接的な要因であった。この高温の状況やメカニズムは、過去に浜松市が高温となった状況や、埼玉県熊谷市と岐阜県多治見市で40℃を超える高温が生じたメカニズムと類似していることも分かった。この結果は、上記の条件がそろえば浜松市で40℃超えの猛暑が今後も発生し得ることを示すとともに、同様の条件がそろい得る地域では同様の高温が発生する可能性があることを示している。
今回得られた知見は、今後ますます頻発すると予測されている猛暑の体系的な理解や電力需要の予測にも有用である。また、気候変動による都市部への悪影響に備えた適応策の評価や提案への貢献が期待される。
なお、この成果の詳細は、2021年3月31日に日本気象学会の科学誌「天気」に掲載される。
図1 浜松41.1℃のメカニズムの概念図
特定の気圧配置型の下で上空の高温の空気塊が北西寄りの風によって山を吹き降り、濃尾平野でフェーン現象が起きる。フェーン現象で昇温した空気塊が都市部(オレンジ色の領域)や連日の晴天で乾燥した地面を吹き抜ける際に熱供給を受けさらに高温化し、浜松へ進入する(図中の左上から右下にかけての黄色から赤色へ変化する矢印)。この高温化した空気塊は、比較的冷涼な南寄りの風(右下の水色の矢印)の浜松への侵入を防ぎ(ピンク線:収束線)、地面からの熱供給の効果が最も積算される浜松周辺の気温が最も高くなる。矢印の色は風の温度(暖色ほど高い)を示す。髙根・伊藤(2021)の図を改変。
近年、気候変動に伴い国内で40℃を超える猛暑が頻発している。この高温は人間の体温を超えており熱中症などの高温による健康被害や、冷房などに要する甚大なエネルギー需要の面で脅威である。地震・洪水・噴火など自然災害に伴う死亡者数よりも熱中症による死亡者数は多く、気象庁は高温を「一つの災害」と認識した。そのような中、2020年8月17日に浜松市で最高気温41.1℃が記録された。国内で高温が頻発している熊谷市や多治見市(いずれも内陸部に位置)とは異なり、浜松市は沿岸部に位置していることもあり高温の発生頻度は低かった。浜松市での41.1℃の高温の発生は特異的で、その要因を解明することは、普遍的な高温発生のメカニズムを理解するために重要であり、今後の高温の予測や健康被害の軽減、高温が予測された際のより良いエネルギーマネージメントにつながる。
産総研は、日本で発生する高温の普遍的な要因を理解することを目指し、高温が頻発する熊谷市や多治見市、高知県四万十市(江川崎)などで過去の高温の要因解明に取り組んできた。その結果、特に40℃を超える高温の発生には、複数の要因が積み重なることが必要であることが分かってきた。特に、フェーン現象と、それに伴う風が都市部や乾燥した地面からの熱供給を受けてさらに高温化するメカニズムは、熊谷市と多治見市での40℃超えの猛暑の決定打となることが分かってきた。今回、浜松41.1℃が観測されたことを受けて、これまでの知見を生かして、その高温の要因の解明に取り組んだ。
なお、この研究は、独立行政法人 環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20191009) 「建物エネルギーモデルとモニタリングによる炭素排出量・人工排熱量の高精度な推定手法の開発」(2019年4月~2022年3月)により実施した。
気象庁による地上気象観測データと客観解析値から分析したところ、8月17日までの連日、鯨の尾型やそれに準ずる気圧配置型が続いていた。この気圧配置型は、関東平野や濃尾平野が高温となる際に出現する頻度が高い。この気圧配置により、上空の高い気温と上空の北西の風が観測されていた。浜松に対して上空の風の風上に位置する島根県松江市の17日9時の上空1,500m付近の気温は21.4℃(平年値よりも3.5℃高温)であり、これは熊谷市と多治見市で40.9℃を観測した2007年8月16日9時の茨城県つくば市(熊谷市に対して最も近い高層気象観測地点)の上空1,500m前後の気温21.6℃と同程度の高温であった。また、梅雨明け以降8月17日まで濃尾平野の多くの地点では2週間以上連続した晴天が続き、広い範囲で土壌が乾燥していた。この連続した晴天も、過去の40℃を超える高温事例と共通している。
8月17日は、濃尾平野から浜松市にかけて概ね北西の風で覆われており、風下にあたる浜松市で最も気温が高くなっていた(図2上)。地上気象観測データと客観解析値より、この北西の風は伊吹山地からのフェーン現象に伴う風と診断された。風上側で降水が観測されていないことから、いくつかあるフェーン現象のメカニズムの中でもドライフェーンにあたると推察されるが、このメカニズムだけでは風下の濃尾平野での地上の日最高気温は34~36℃程度にしかなり得ないことが分かった。簡易混合層モデル(図3)による推定により、フェーン現象で昇温した気流が名古屋を含む都市部を通過する際に熱が供給され、2~5℃程度昇温したと考えられた。ドライフェーンにより期待できる気温34~36℃に単純に足すと、約36~41℃となり、北西の風の風下末端である浜松市での41.1℃に近づく。さらに加熱された北西の風が浜松市に進入することで、相対的に冷たい海からの南寄りの風の侵入が阻まれ、東側の磐田市などではなく浜松市が最も高温となったと推察される。
また、浜松41.1℃における気温と風の分布(図2上)は、浜松市で39℃を超える高温が発生した2013年8月11日と2001年8月4日の分布(図2左下と右下)とよく似ていた。これは、このような風の分布とそれを引き起こす局地的な気圧分布の出現が浜松市の高温の条件の一つである可能性を示している。
今回明らかにした浜松市の高温の特徴とメカニズム(フェーン現象と都市や乾いた地面からの顕熱供給によるさらなる高温化のメカニズム)は、熊谷市と多治見市の過去の高温の特徴と共通している。これまでに、これらの条件がそろうことが確認された地点は、熊谷市(関東平野)・多治見市(濃尾平野)・浜松市の3地点(地域)である。本研究によって、これまで高温の多発地域としてあまり認識されていなかった沿岸部も高温被害の発生地点となる可能性があることが示された。以上の結果は、上記の複数要因がそろい得る地点(地域)があれば、内陸部や沿岸部を問わず40℃を超える高温が発生する可能性を示唆している。
図2 (上)2020年8月17日12時10分、(左下)2013年8月11日14時30分、(右下)2001年8月4日15時0分の地上風と地上気温(気象庁地上気象観測による観測値)
風は矢羽がある方向から吹いており、3事例ともに浜松(Ha)では西寄りの風が、磐田(Iw)では南から南西の風が吹いている点、そして浜松の気温がどこよりも高くなっている点が共通している。ピンク線はこれら西寄りの風と南寄りの風の収束線。
図3 簡易混合層モデルの概念図
図の左(濃尾平野内陸部 [北西])から右(浜松市 [南東])にかけての大気の鉛直断面のイメージ。一様な北西風により北西から南東へ流される大気(フェーン現象や日射などで既に加熱されている大気)は、都市や乾燥した地面(図中央下の赤の領域。図1の都市部 [オレンジ色の領域] に相当する)から熱を供給されて(さらに加熱され)昇温する(右側の濃い赤線が追加的に昇温した温度分布)。
今後は、これまでに得られた知見を生かし、高温のメカニズム解明をさらに積み重ねて、国内で発生する普遍的な高温のメカニズムの理解を目指す。また、気候変動の進行により、今後40℃超えの高温が発生し得る地域や、頻度が高まる地域での気温や電力需要を予測するとともに、その地域に有効な高温対策を提案することを目指す。
著者:髙根 雄也、伊藤 享洋
論文タイトル:なぜ浜松で歴代最高気温41.1℃が観測されたか? ―実況と過去の高温事例との比較による考察―
雑誌名:天気
掲載日:2021年3月31日