東京大学物性研究所の野口亮大学院生、黒田健太助教、近藤猛准教授、および東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所の笹川崇男准教授らの研究グループは、産業技術総合研究所物質計測標準研究部門ナノ材料構造分析研究グループの白澤徹郎主任研究員、東京大学大学院工学系研究科の有田亮太郎教授(理化学研究所創発物性科学研究センター チームリーダー兼任)、東京大学大学院工学系研究科の平山元昭特任准教授 (理化学研究所創発物性科学研究センター ユニットリーダー兼任)、大阪大学大学院理学研究科の越智正之助教らの研究グループと共同で、擬一次元積層物質(注3)における高次トポロジカル絶縁体の実現を、ビスマス臭化物 Bi4Br4(Bi:ビスマス、Br:臭素)を用いた実験から明らかにしました。
高次トポロジカル絶縁体は、近年その存在が理論的に予想された新しい量子相です。これまで三次元結晶での実現は確認されておらず、実験によるその検証が待ち望まれていました。今回、本共同研究グループは、その実現に向け、トポロジカル原子層を自在に組み換えられる擬一次元ビスマスハライドBi4X4(X:ヨウ素(I)または臭素(Br))に着目し、その積層の取り方によってさまざまなトポロジカル量子相を実現できる物質設計指針を提案しました(図1)。その中でも特徴的な積み木構造を有するBi4Br4に対して、角度分解光電子分光法(注4)を用いた電子状態の直接観測を行った結果、この物質が世界初となる高次トポロジカル絶縁体であることを実証しました(図2)。高次トポロジカル絶縁体では、結晶の特定の稜線(ヒンジ)に沿って、無散逸となる理想的な一次元スピン流が安定して流れるため、本研究によって、高次トポロジカル絶縁体を利用した省電力スピン流デバイスや量子計算デバイスへの応用の道が拓かれました。
本成果は、英国科学誌「Nature Materials」に2021年1月4日(英国時間)にオンライン掲載される予定です。
研究の背景
あらゆる物質は、電気を流すか否かでそれぞれ金属または絶縁体(半導体も含む)として分類されてきました。ところが、15年ほど前に発見されたトポロジカル絶縁体(注5)と呼ばれる物質群では、結晶の内部は絶縁体であるにもかかわらず、結晶表面に金属的な電子が現れるという特徴的な性質を持ちます。その表面電流は通常の金属が流す電流とは異なり、スピンの向きがそろった電子の流れであるスピン流となるため、それを制御・活用することがスピントロニクス(注6)に代表される次世代の省エネ技術の発展に向けて重要な課題となっています。一方で近年、原子層物質と呼ばれる薄いシート状の物質を「積み木」のように自由に積み上げることで、従来にはない新奇な電気・磁気的性質を生み出す材料開発が活発に行われています。本研究グループは、その発展型の研究として、トポロジカル原子層の「積み木」による物質設計をもとに、これまで見いだされずにいた高次トポロジカル絶縁体の実証に狙いを定め研究を行いました。
2005年に二次元のトポロジカル絶縁体が理論的に提唱されて以来、トポロジカル物質相の分類に関する研究は急速な発展を遂げています。2007年には三次元物質において「強い」・「弱い」の二種類のトポロジカル絶縁体があることが予想され、実験によるそれらの実証も成し遂げられています。その後さらに、従来の分類方法では見落とされていた「高次トポロジカル絶縁体」という新しいトポロジカル量子相が理論的に予想され、トポロジカルな性質を持つ可能性のある物質の種類が一気に広がりました。結晶の表面全体が金属化する「強い」・「弱い」トポロジカル絶縁体に対し、高次トポロジカル絶縁体では、試料の稜線(ヒンジ)だけが金属的になる特異的性質が予想されています。その理論予想を実証するためには、適切な物質設計と最先端の実験手法が求められていました。
研究内容と成果
今回、本研究グループは、ビスマスハライドBi4X4(X:ヨウ素または臭素)に着目しました。この結晶では、トポロジカル原子層の積み木構造が自然に実現しているだけでなく、Xサイトにヨウ素と臭素のどちらを選ぶか、または温度によっても、その積み木構造が組み変わる特徴があります。理論的にも、トポロジカル原子層の積み方により、発現するトポロジカル相が異なることが期待されたため、放射光(注7)とレーザーを用いた最先端の角度分解光電子分光実験から、それらの電子構造を調べました。その結果、「通常の絶縁体」及び「弱いトポロジカル絶縁体」に加えて、自然が選ぶ積み木構造の一つとして「高次トポロジカル絶縁体」が発現することを実験的に示すことに成功しました。
ビスマスハライドの中でもβ-Bi4I4では、積み木ブロックであるトポロジカル原子層の1枚1枚を最も単純に積み上げた構造(図1左下)となっているのに対して、α-Bi4I4では、下から数えて奇数番目の層と偶数番目の層が互いにずれながら積み上がっています(図1右下)。その結果、結晶内の電子が持つトポロジーが互いに異なることとなり、β-Bi4I4では結晶の側面に金属的な状態が残るのに対して、α-Bi4I4では試料内部だけでなく試料表面においても電流を流さない、所謂普通の絶縁体になります。今回特に注目したBi4Br4では、奇数番目の層と偶数番目の層が交互に180度反転しながら積み上げられた構造となっています(図1右上)。そのため、結晶内の電子が感じる対称性がα-Bi4I4、β-Bi4I4の場合とは異なり、その帰結として、結晶の稜線(ヒンジ)だけが金属となる高次トポロジカル絶縁体状態が実現することが分かりました。
ヒンジの電子状態を観察する上での障壁は、ごく限られた空間にだけ流れる微量の電流を検知する難しさにあります。その困難を克服できた本研究の鍵は、積み木ブロックであるトポロジカル原子層が、一次元的な鎖が互いに弱く結合してできた二次元面であるという、ビスマスハライド特有の結晶構造にあります。鎖の束と見なせるBi4Br4の結晶は形状が細長く(図2写真参照)、その表面には鎖同士がほどけてできる無数の階段構造が形成され、鎖方向に走る直線模様がそれに対応して観察されます(図2左下)。表面に露出したこれら無数の階段構造の一つ一つにヒンジ状態が出現するため、それらに沿って流れる電流の総量は大きく、捉えがたいことで知られるヒンジ状態も、Bi4Br4においては検知するに十分な条件が整っていました。実際に角度分解光電子分光測定を行ったところ、α-Bi4I4ではバンドギャップ(注8)が開いた通常の絶縁体であることが確認された(図2右下)のに対し、Bi4Br4ではバンドギャップ中にディラック型の一次元的なトポロジカル金属電子構造が観察され(図2右上)、この物質が高次トポロジカル絶縁体であることを実証するに至りました。
今後の展望
本研究による「高次トポロジカル絶縁体」の実証により、トポロジカルな性質を持つ対象物質の枠が一気に拡大しました。本研究グループが提案する、原子層の積み上げ方の違いにより多様なトポロジカル相を選択する物質設計指針に基づき、従来のトポロジカル絶縁体とは異なる新奇な性質が今後見いだされて行くことが期待されます。
高次トポロジカル絶縁体が発現する理想的な一次元スピン流は無散逸となることが考えられます。また、Bi4Br4結晶などの積層物質からは、接着テープなどで簡単にトポロジカルな性質を維持した薄片を取り出すことが可能です。これらの優位性を活かすことで、高次トポロジカル絶縁体を省電力スピン流デバイスや量子計算デバイスへ応用する研究が今後期待されます。
なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業CREST「二次元機能性原子・分子薄膜の創製と利用に資する基盤技術の創出」研究領域における研究課題「トポロジカル量子計算の基盤技術構築」(課題番号 JPMJCR16F2)、日本学術振興会の科学研究費(課題番号 JP18J21892、JP18H01165、JP18K03484、JP19H02683、JP19F19030、JP19H00651)、文部科学省の光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP 課題番号 JPMXS0118068681)、文部科学省「富岳」成果創出加速プログラム「量子物質の創発と機能のための基礎科学 ―「富岳」と最先端実験の密連携による革新的強相関電子科学」(課題番号:hp200132)、の助成を受けて実施されました。
図 1:ビスマスハライド原子層の異なる積み木構造から、さまざまなトポロジカル相を発現させる物質設計を示す概念図。通常の絶縁体では結晶全体が電気を流さないが、弱いトポロジカル絶縁体においては、内部は絶縁体のままだが、ある表面には電流が流れる。高次トポロジカル絶縁体では、結晶の面と面が接する稜線(ヒンジ)だけが金属的となりスピン流が流れる。このヒンジ状態は、完全な一次元伝導となるため、向きを揃えたスピンがほぼ散逸すること無く流れ、スピン流が抽出しやすい。
図2:(左図)Bi4Br4単結晶の写真、及びレーザー顕微鏡で観察した劈(へき)開表面。Bi4Br4単結晶の劈開表面は、構成要素の一次元鎖がほどけた無数の階段構造からなり、その一つ一つがヒンジ状態を創発するため電流の検知が可能となっている。(右図)角度分解光電子分光測定で観察したBi4Br4及びα-Bi4I4の電子構造。ビスマスハライド原子層の積み方の違いでトポロジカル相が両者で異なる。α-Bi4I4では、フェルミ準位がバンドギャップ中を横切るため、絶縁体であることが分かる。一方、Bi4Br4ではバンドギャップ中にトポロジカルなヒンジ状態を示すディラック型の電子構造が形成されていることから、この物質が高次トポロジカル絶縁体であることが明らかとなった。
野口 亮 (東京大学物性研究所 附属極限コヒーレント光科学研究センター 博士課程3年)
黒田 健太 (東京大学物性研究所 附属極限コヒーレント光科学研究センター 助教)
平山 元昭 (東京大学大学院工学系研究科 附属量子相エレクトロニクス研究センター 特任准教授/理化学研究所 創発物性科学研究センター 統合物性科学研究プログラム トポロジカル材料設計研究ユニット ユニットリーダー)
越智 正之 (大阪大学大学院理学研究科物理学専攻 助教)
白澤 徹郎 (産業技術総合研究所 物質計測標準研究部門 主任研究員)
有田 亮太郎 (東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 教授/理化学研究所創発物性科学研究センター 計算物質科学研究チーム チームリーダー)
笹川 崇男 (東京工業大学科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 准教授)
近藤 猛 (東京大学物性研究所 附属極限コヒーレント光科学研究センター 准教授/トランススケール量子科学国際連携研究機構 准教授)
雑誌名:「Nature Materials」
論文タイトル:Evidence for a higher-order topological insulator in a three-dimensional material built from van der Waals stacking of bismuth-halide chains
著者:Ryo Noguchi, Masaru Kobayashi, Zhanzhi Jiang, Kenta Kuroda, Takanari Takahashi, Zifan Xu, Daehun Lee, Motoaki Hirayama, Masayuki Ochi, Tetsuroh Shirasawa, Peng Zhang, Chun Lin, Cédric Bareille, Shunsuke Sakuragi, Hiroaki Tanaka, So Kunisada, Kifu Kurokawa, Koichiro Yaji, Ayumi Harasawa, Viktor Kandyba, Alessio Giampietri, Alexei Barinov, Timur K. Kim, Cephise Cacho, Makoto Hashimoto, Donghui Lu, Shik Shin, Ryotaro Arita, Keji Lai, Takao Sasagawa*, and Takeshi Kondo* (* 責任著者)