東京大学大学院新領域創成科学研究科、同マテリアルイノベーション研究センター、産総研・東大先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ(注1)、物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)、パイクリスタル株式会社(注2)の共同研究グループは、簡便な印刷法を用いて製造された大面積・高性能有機半導体単結晶ウエハーの表面に非破壊かつ高選択的に二次元電子系を形成するドーピング手法を新規に開発し、従来の金属製歪みセンサーの10倍程度の感度を有する歪みセンサーの開発に成功しました。
有機半導体は軽量性、柔軟性、印刷適合性などの観点から、安価に大量生産可能な次世代の電子材料として、現状のシリコン半導体に置き換わると期待されてきました。本研究グループは、独自の有機半導体材料と印刷技術を用いることで、極薄有機半導体単結晶膜の4インチ級ウエハーを作製できることを実証しました(注3)。分子が弱い相互作用で集合した有機半導体の単結晶を製造することが可能になってきました。しかしながら、このような分子の単結晶の結晶性を破壊することなく、不純物ドーピング(注4)を用いて安定的に電子を供給することはできませんでした。これは特徴的な形や大きさを持つドーパント分子を導入することで、緻密に設計された分子の結晶性が乱されてしまうためです。
今回、有機半導体単結晶薄膜とドーパント分子が溶解した溶液を接触させるだけの簡易な手法を用いて、有機半導体の表面に非破壊で高密度に二次元電子系を形成することに成功しました。分子が精緻に配列した単結晶性を維持できたことで、有機半導体単結晶が本質的に有する高い歪み応答性(注5)を維持したまま、デバイスの低抵抗化が可能となりました。この新原理を用いた有機半導体歪みセンサーは、従来の金属製歪みセンサーの10倍程度の感度を有していることも特徴的です。このドーピング手法を用いることで、さまざまな曲面に貼り付けることが可能なフレキシブル歪みセンサーを大量に低コストで製造することが可能となります。
本研究成果は、ドイツの科学雑誌「Advanced Science」2020年12月18日版に掲載されました。本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金「単結晶有機半導体中電子伝導の巨大応力歪効果とフレキシブルメカノエレクトロニクス」の一環として行われました。
[背景]
原子や分子の集合体構造の一つである単結晶は、結晶格子に原子や分子が周期的に配列した構造を有します。この結晶の周期性を理解し制御することは、電子の流れやすさなどの物性に直結します。本研究グループは、独自の構造の有機半導体と印刷技術を組み合わせて、大面積の有機半導体分子からなる単結晶薄膜の大規模製造に成功しています(注6)。高品質の単結晶を用いることで、実用化の目安となる移動度10 cm2/Vs以上を達成するとともに、有機半導体単結晶のみに特有な巨大歪み応答効果(注7)も発見しました(注8)。このような電子機能性は、有機半導体の単結晶性に由来します。
半導体の電子状態を制御する上で不純物ドーピングが不可欠です。シリコンにおける不純物ドーピングは、格子を形成するシリコン原子を別の原子に置き換えることで達成されていました。一方で、有機半導体をドーピングする際には、ユニークな形やサイズを有する有機半導体分子とドーパント分子を複合化する必要があり、単結晶性が乱れてしまいます。したがって、ドーピング後には、単結晶で得られる高い電子性能を維持することは不可能でした。
[手法と成果]
本研究グループは、有機半導体単結晶薄膜をドーパント分子が溶解した溶液に浸漬するだけの簡易な手法を用いて、有機半導体の表面のみにドーパント分子を反応させ、非破壊かつ高密度の不純物ドーピングを達成しました(図1)。ドーピング後でも、有機半導体の単結晶性が維持され、表面に高密度の二次元電子系が形成されていることが明らかとなりました。
以上のような簡便な手法を用いて、有機半導体単結晶デバイスの抵抗を精密に制御でき、適切なドーピングを施した場合には、抵抗値を7桁以上下げることが可能となりました。また、結晶性が完璧に保持されているため、単結晶性に特有の巨大歪み応答効果も顕在化しました(図2)。その結果、外部からの応力に敏感に応答し、抵抗値が変わるフレキシブル歪みセンサーを実証することにも成功しました。この基盤技術を用いて、厚さ7マイクロメートルのフレキシブル基板上に有機半導体を印刷し、さまざまな曲面に貼り付け可能な歪みセンサーをパイクリスタル株式会社と共同で開発しました。開発したセンサーの感度は従来の金属製歪みセンサーの10倍程度であり(図3)、繰り返しの使用にも耐える安定性も有していることが明らかになりました(図3)。
[今後の展望]
今回の成果により、有機半導体単結晶表面に機能性分子を反応させる新しい基盤技術が確立されたと言えます。また、より高性能な有機半導体材料やドーパント材料の開発により、安価かつ大量生産可能な歪みセンサーデバイスの開発が促進されることが期待されます。特に、IoT社会に必要なRFIDタグ(注9)やトリリオンセンサーユニバース(注10)における大きな貢献が期待されます。
共同研究を実施したパイクリスタル株式会社では、これまでに高い安定性と性能を持つ有機半導体単結晶の成膜技術を独自開発し、この技術を核として、フィルム状でフレキシブルかつ薄型の有機半導体デバイスを開発してきました。今回の成果によって得られた歪みセンサーおよび印刷技術を用いた有機半導体デバイスの事業化に向け量産体制の確立を進めており、有機半導体デバイスの開発・マーケティング活動を加速し、新たなソリューションを提案してまいります。
図1 開発したドーピング手法の概要図。有機半導体単結晶表面とドーパント溶液を接触させることで、分子の表面のみにドーピングができる。ドーパント分子は、有機半導体分子と酸化還元反応をおこし、有機半導体に正孔(h+)が生じる。正孔は有機半導体一層に束縛され、二次元電子系を形成する。
図2 有機半導体単結晶における巨大歪み効果。2%ほどの歪み印加量で抵抗が2倍程度変化する(上)。巨大歪み効果の概略図。単結晶に一様に印加された歪みによって、分子間距離が変化し、分子振動の度合いも変化する。その結果、抵抗値も変化する。パイクリスタル株式会社と共同開発した歪みセンサーと巨大歪み効果の概略図。
図3 パイクリスタル株式会社と共同開発した歪みセンサー。厚さ7マイクロメートルのフレキシブル基板に有機半導体を印刷した。歪みセンサーはホイートストンブリッジ回路に組み込まれ、印加歪み量を出力電圧として検出できる。本システムで検出できる歪み量は0.005%程度である。
渡邉 峻一郎(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 准教授/
産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務)
平井 成尚(パイクリスタル株式会社 代表取締役)
竹谷 純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授/
マテリアルイノベーション研究センター(MIRC) 特任教授 兼務/
産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務/
物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)
MANA主任研究者(クロスアポイントメント))
雑誌名:「Advanced Science」(オンライン版:12月18日)
論文タイトル:Surface doping of organic single-crystal semiconductors to produce strain-sensitive conductive nanosheets
著者:Shun Watanabe*, Ryohei Hakamatani, Keita Yegashi, Yu Yamashita, Han Nozawa, Mari Sasaki, Shohei Kumagai, Toshihiro Okamoto, Cindy G. Tang, Lay-Lay Chua. Peter K. H. Ho, and Jun Takeya*
DOI番号:10.1002/advs.202002065