国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)製造技術研究部門【研究部門長 芦田 極】表面機能デザイン研究グループ 栗原 一真 研究グループ長と、東亜電気工業株式会社【代表取締役社長 重田 明生】(以下「東亜電気工業」という)は、広い波長帯域で広い入射角範囲の低反射率が実現できるモスアイ構造体をさらに越える、世界最高レベルの低反射特性と防曇効果を併せ持つナノ構造体を開発した。
今回開発した技術は、モスアイ構造体と同様の機能をもつ反射防止ナノ構造体を射出成形で作製し、さらに、新たに開発した自己形成柱状成膜技術によりナノ構造体内部に柱状の構造体を形成する。これにより、広い入射角範囲で世界最高レベルの低反射特性が実現できる。(入射角60度での反射率は、モスアイフィルムに比べて1/7まで低減される。) さらに、この技術により、従来難しかった無機親水膜の超親水状態が長期間に渡って維持でき、防曇機能が発現できることが分かった。これらの特性から、高い視認性と防曇性が要求される大面積曲面車載パネルへの適用や、曲率半径の小さい超広角レンズへの適用などIoT技術への貢献が期待できる。
また、東亜電気工業は、産総研から大面積ナノ凹凸金型技術のライセンス供与を受け、約50cm角までの大面積3次元ナノ構造金型量産製造ラインの操業を開始した。大面積ナノ構造体金型や成形品などの販売を始める。
なお、12月2日~4日に幕張メッセ(千葉市)にて開催される高機能フィルム展の東亜電気工業のブース(20−41)にて今回の成果の展示を行う。
世界最高レベルの広い角度範囲で低反射特性を備えるパネル
近年、自動車や家電製品にはディスプレーパネルやセンサーが多く搭載されており、次世代のIoT化に向けて、これらの部材の高機能化が要求されている。たとえば、自動車のメーターパネルやセンターコンソールパネルには高精細な液晶パネル、ヘッドアップディスプレ-には光学レンズ付きディスプレーが採用され始めているが、これらのディスプレーパネルには昼夜問わず優れた視認性が要求される。このため、パネル表面に、広波長帯域・広入射角の反射防止機能をもつ光学部材の導入が求められている。また、IoT技術に対応するために、耐環境性に優れたセンサーレンズも要求されており、防曇機能の維持など、反射防止だけなく複数の機能を持つ部材が要求されている。低製造コストで、従来の製造法では得られない広波長帯域・広入射角範囲の反射防止光学部材を実現する新しい反射防止技術として、モスアイ構造体が注目されている。モスアイ構造は、すでに、液晶テレビや一眼レフカメラなどで実用化されているが、光学部材の高機能化のため、より一層の反射防止特性の向上が望まれている。
産総研は、2007年より伊藤光学工業株式会社グループと共に、光ディスク開発で得られた微細ナノ粒子形成技術と、金型製造技術・成形技術を融合させて、新たに、特殊な設備を使わずに、低コストで簡便に作製できるナノメートルサイズの微細構造を持つ反射防止機能付レンズの大量生産技術を開発し(2007年4月23日産総研プレス発表)、量産技術開発や試作事業を進めて来た。現在は、関連業界にてさまざまな検討がなされているが、要求される部材特性や対応できる成形品の大きさ、設備投資など多くの障壁を乗り越えながら、上市に向けた活動を行っている。一方、自動車業界への強力な販路をもつ東亜電気工業は、産総研と共同研究を行い企業のニーズに対応できる研究開発を推進している。今回、ニーズに応えるため、反射防止機能付き光学部材の高機能化に取り組んだ。
今回開発した自己形成柱状成膜技術は、真空蒸着による成膜時の無機材料の粒子の平均自由行程を従来の1/10以下に制御して、無機粒子同士の衝突頻度を高めて、ナノ構造体内部に無機材料の柱状構造を自己形成させる技術である(図1)。図1下に射出成形した反射防止ナノ構造体表面に、一般的な成膜と自己形成柱状成膜を行った時の表面の走査型電子顕微鏡(SEM)像を示す。一般的な成膜では、ナノ構造体の表面に無機材料の平坦な薄膜が成膜されるのに対して、自己形成柱状成膜では、ナノ構造体内部に無機材料の柱状構造が自己形成されていることが確認できる。
一般的な成膜時自己形成柱状成膜技術使用時
図1 一般的な成膜技術と自己形成柱状成膜技術の概要(上)と成膜された表面のSEM像(下)
図2に、射出成形した反射防止ナノ構造体の表面に、厚さ約30 nm(平面基板時の膜厚)の無機材料を一般的な成膜と自己形成柱状成膜した時の光学特性を示す。今回射出成形した反射防止ナノ構造体は、市販のモスアイフィルムの構造と異なり、ランダム周期の凹構造をしている。構造の違いがあるものの、市販のモスアイフィルムと同等の低反射特性を有していることがわかった。視感反射率が1%以下となる入射角(写りこみが少ない良好な反射特性を示す角度)の範囲は入射角で約40度までであった。一方、自己形成柱状成膜した反射防止ナノ構造体の場合は、ナノ構造体の内部に柱状構造が自己形成された効果により、入射角60度まで優れた低反射特性を示した。入射角60度のときに、従来のモスアイ構造体に比べ、1/7の反射低減効果があり、飛躍的な光学特性向上が見込めることが分かった。また、今回開発した反射防止ナノ構造体は、ナノ構造体内部に親水性無機材料の柱状構造が形成されるため、超親水状態(水接触角:10度以下)が長期間に渡って維持でき、防曇機能も持つことが分かった(図3)。無機材料で構成された防曇構造は耐久性が高く、また、従来防曇性を付与するために用いられてきた塗工法に比べて歩留まり高く製造することが可能というメリットがある。このように今回開発した技術は、広い入射角での低反射性に加えて長期の防曇性も付与でき、さまざまな光学部材に展開できる技術と考えられる。
今回開発した技術により、反射防止機能が向上することから、レンズや液晶パネル、自動車のメーターパネルなどの高機能化に貢献でき、わが国が得意とする自動車産業向けの高機能化部材や、さらなる安全安心が求められるIoTセンサーなど国際的な競争が激しい製品開発分野に貢献できると考えられる。なお、今回、産総研を仲立ちとして東亜電気工業と伊藤光学工業株式会社が事業の協力関係を構築し、それぞれが今まで培ってきた技術開発を融合させることにより、今回の技術に係る新たな事業展開を始めることとなった。東亜電気工業が営業窓口業務を担当する。
図2 入射角による反射防止光学特性
図3 反射防止ナノ構造体の防曇評価と水の接触角の経時評価
(左図)防曇評価:ビーカーにお湯を張り、成形サンプルに湯気を当て評価した結果
(右図)水接触角:1µLの純水を用いて同一サンプルの接触角を測定した結果
産総研製造技術部門表面機能デザイングループは、半導体真空プロセス技術、金属金型加工技術、微細成形技術やポリマー・無機材料技術などの異業種技術を融合し、光学機能デバイスや、濡れ性制御・すべり性制御デバイスなど表面機能デバイスの開発と、開発した技術を企業へ橋渡しする活動を行っていく。また、東亜電気工業は、いままで培った技術に今回開発した技術を加え、同社が得意とするバイオミメティックス製品への応用展開を加速していく。