東京大学大学院新領域創成科学研究科、同マテリアルイノベーション研究センター、産総研・東大先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ(注1)、物質・材料研究機構、筑波大学数理物質系の共同研究グループは、印刷可能かつバンド伝導性を示すn型有機半導体単結晶薄膜を利用し、短波帯(注2)に分類される4.3 MHzで動作する高速トランジスタの開発に成功しました。
有機半導体は軽量性、機械的柔軟性、印刷適合性などの特長から、次世代の有機エレクトロニクスの重要な電子材料として期待されています。一方で、分子間を電子が飛び移る(ホッピング伝導)(注3)ことで電気が流れる有機半導体は移動度(注4)が低いことが実用に向けての課題でした。しかし最近では、有機半導体でも無機半導体のようにバンド伝導性(注5)を示す物質が開発され、10 cm2V-1s-1以上の高移動度が実現されています。高移動度は高速トランジスタに欠かせない重要な特性であるため、これらの有機半導体によって高速有機トランジスタの実用化への期待が高まっています。しかしながら、このような有機半導体のほとんどが正孔輸送性(p型)であり、低消費電力化に向けた相補型有機デバイス(注6)を作製するためには、電子輸送性(n型)有機半導体材料の開発が必要とされていました。n型有機半導体は、p型有機半導体に比べて、大気安定性の確保や、効率良い電気伝導経路の形成が難しいため開発が遅れていました。
今回、本研究グループは、同グループが最近開発したn型有機半導体材料が、印刷された単結晶薄膜においてバンド伝導性を示すことを明らかにしました。さらに、この単結晶薄膜は、微細加工しても高移動度を示し、大気下、4.3 MHzで動作する高速n型有機トランジスタへ応用することに成功しました。これは印刷法・単結晶薄膜を特長としたn型有機半導体で初めての高速トランジスタであり、バンド伝導由来の高移動度により達成できたと言えます。
今後、プロセス技術の改良による動作周波数帯の拡張や、p型有機トランジスタと組み合わせることにより、高速駆動可能な相補型有機デバイスを作製し、IoT社会の実現に向けたフレキシブルなRFIDタグなどの開発が期待されます。
本研究成果は、独国科学雑誌「Advanced Materials」令和2年11月16日版に掲載されました。本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金「単結晶有機半導体中電子伝導の巨大応力歪効果とフレキシブルメカノエレクトロニクス」「有機単結晶半導体を用いたスピントランジスタの実現」(研究者代表者:竹谷純一)、「分子間振動の抑制を基軸とした次世代有機半導体材料の創製」(研究代表者:岡本敏宏)、「第一原理に基づく熱電変換計算理論の開発と有機材料への応用」(研究代表者:石井宏幸)及び、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(さきがけ)研究領域「微少エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」(研究総括:谷口研二)研究課題「有機半導体の構造制御技術による革新的熱電材料の創製」(研究者:岡本敏宏 東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 准教授)の一環として行われました。
[研究の背景]
パイ電子系分子の集合体である有機半導体は、印刷法による低温、大面積プロセスが可能であるため、シリコンに代わる次世代の電子材料として盛んに研究されています。例えばIoT社会に必要なRFIDタグ(注7)やトリリオンセンサユニバース(注8)に必要な多目的センサなどの、中枢をなす有機トランジスタへの利用が期待されます。共有結合で原子同士が繋がったシリコンなどの無機半導体がバンド伝導により高移動度を示すのに対して、分子軌道の弱い重なりを介して電子がホッピングする有機半導体では、低移動度が課題となっていましたが、最近では無機半導体と同様にバンド伝導性を示す有機半導体が複数報告されており、単結晶で10 cm2V-1s-1を超える移動度を示し、メガヘルツ以上の高周波数で動作する有機トランジスタに有用であることが明らかにされています。ただし、これらの研究の大部分はp型有機半導体であり、バンド伝導性を示すn型有機半導体の開発や理解はほとんどなされていませんでした。とりわけ、バンド伝導性n型有機半導体と印刷法との適合例はなく、高速動作可能な有機トランジスタへの応用研究は進められていませんでした。
[研究の内容と成果]
本研究グループは以前に、高移動度、大気安定性、熱ストレス耐性を有する、印刷法に適したn型有機半導体材料PhC2−BQQDIを報告しました(T. Okamoto, J. Takeya et al., Science Advances 2020 https://www.jst.go.jp/pr/announce/20200502/index.html)。本研究では、PhC2−BQQDIの単結晶薄膜を印刷法により成膜し、トランジスタを作製することで、低温での温度可変ホール効果(注9)測定に成功しました(図1)。トランジスタ測定とホール効果測定とから推定される、電界効果移動度とホール移動度とが広い温度範囲で一致していることから、印刷できるPhC2−BQQDI単結晶薄膜が理想的なバンド伝導を示すことが明らかになりました。さらに、広い温度範囲で単結晶構造解析に成功し、実験結果と理論計算とを比較することで、伝導機構の詳細な理解に繋がりました。これまで、気相法により作製されるn型有機半導体単結晶ではホール効果測定がなされていましたが、本研究成果は印刷できるn型有機半導体単結晶で初めての例であり、バンド伝導・高移動度に立脚した、実用的な高性能有機トランジスタの開発が期待されます。
実際に、印刷後に微細加工した有機単結晶薄膜で、大気下において短波帯の4.3 MHzで動作するn型有機トランジスタを開発することに成功しました(図2)。今回のデバイス作製には、単結晶薄膜の大面積印刷に有望な連続エッジキャスト法(J. Takeya et al., Scientific Reports 2019 https://www.jst.go.jp/pr/announce/20191104/index.html)や、フォトリソグラフィ技術(注10)を用いることが可能であったため、今後大規模集積への拡張性が示唆されます。
[今後の展望]
今後は、印刷技術を含むデバイスプロセス技術の向上に伴い、より高周波数帯での動作が見込まれております。また、単結晶p型有機トランジスタと組み合わせることによる相補型有機デバイスへの応用研究も進めており、有機IoTデバイスの開発に繋がることが期待されます。
図1 PhC2−BQQDI分子構造と、印刷法によって得られた単結晶トランジスタの温度可変ホール効果解析結果。広い温度範囲におけるホール移動度と電界効果移動度との一致から、理想的なバンド伝導性を確認できる。
図2 (a) 印刷法とフォトリソグラフィにより作製された短チャネル有機トランジスタの顕微鏡像。(b) 駆動電圧20 Vでの入力電流に対する出力電流の増幅率の周波数依存性。近似曲線の外挿から、増幅率が得られなくなる周波数を遮断周波数(注11)と定義する。
熊谷 翔平(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 特任助教)
渡邉 峻一郎(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 准教授/
産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務)
岡本 敏宏(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 准教授/
JSTさきがけ研究員 兼務/
産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務)
竹谷 純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授/
マテリアルイノベーション研究センター(MIRC) 特任教授 兼務/
産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務/
物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)MANA主任研究者(クロスアポイントメント))
石井 宏幸(筑波大学数理物質系 助教)
雑誌名:「Advanced Materials」(11月16日付け)
論文タイトル:Coherent Electron Transport in Air‐Stable, Printed Single‐Crystal Organic Semiconductor and Application to Megahertz Transistors
著者: Shohei Kumagai*, Shun Watanabe, Hiroyuki Ishii, Nobuaki Isahaya, Akifumi Yamamura, Takahiro Wakimoto, Hiroyasu Sato, Akihito Yamano, Toshihiro Okamoto, Jun Takeya
DOI番号:10.1002/adma.202003245
URL:https://doi.org/10.1002/adma.202003245