国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)ゼロエミッション国際共同研究センター【研究センター長 吉野 彰】 多接合太陽電池研究チーム 松井 卓矢 上級主任研究員、齋 均 主任研究員は、ドイツ フラウンホーファー研究機構 太陽エネルギーシステム研究所(Fraunhofer ISE)との共同研究により、原子層堆積法で製膜した酸化チタン薄膜(厚さ:約5 nm)がテクスチャー構造をもつ結晶シリコンの表面欠陥を不活性化する機能と、結晶シリコンから正孔を選択的に取り出す機能をもつことを発見した。この酸化チタン薄膜を正極側に配置した結晶シリコン太陽電池を試作し、実用化につながる20%を超える変換効率を実証した。今回開発した技術により、従来の正孔取り出し材料を用いた結晶シリコン太陽電池に勝る性能を低コストの材料・プロセスで得られる可能性があり、高効率で低コストの太陽電池の実現が期待される。この技術の詳細は、10月22日(米国東部夏時間)に、アメリカ化学会の学術誌ACS Applied Materials & Interfacesでオンライン公開される。
(左)作製した太陽電池の構造概念図の例と、(右上)太陽電池受光面の透過電子顕微鏡像、(右下)50 mm角の結晶シリコン基板に5つの太陽電池を形成した試料の外観
太陽光発電に用いられる太陽電池は光エネルギーを電気エネルギーに直接変換するデバイスであり、大規模な太陽光発電所から建物、車、室内に至るさまざまな用途に種々の材料が用いられている。最も広く普及している結晶シリコン太陽電池パネル(現在の市場の9割以上)の変換効率は市販のもので20%前後であるが、変換効率と製造コストにはトレードオフの関係があった。今後、コスト競争力に優れた電源として太陽光発電の導入を促進するために、太陽電池の高効率化と低コスト化を同時に達成することが求められている。
産総研では、太陽光発電の普及促進のため、種々の太陽電池の高性能化や新しい製造プロセスの研究開発を推進している。その中で、結晶シリコンの表面に数nmの薄膜を低温で製膜して、従来のpn接合型に比べて高い変換効率を得る目的の研究開発を行っている。
今回、光電極や光学コーティング材料として広く用いられている酸化チタンに注目し、その薄膜を用いて結晶シリコン太陽電池の表面欠陥を不活性化させる技術や、シリコンから電荷を外部に取り出す技術に関する研究開発を行った。
なお、今回の開発の一部は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「高性能・高信頼性太陽光発電の発電コスト低減技術開発」(2018年度から2019年度)による支援を受けた。また、文部科学省「ナノテクノロジープラットフォーム」事業の支援を受けた産総研ナノプロセシング施設で酸化チタンを製膜した。
結晶シリコン太陽電池では光吸収体である結晶シリコンで光励起した電子と正孔をそれぞれ負極と正極から選択的に取り出すが、結晶シリコン表面には欠陥があり、この欠陥が多いと光励起した電子と正孔は再結合により消滅してしまう。そのため、表面欠陥を電気的に不活性化する機能が求められる。この機能をもつ代表的な材料はアモルファスシリコンである。しかし、アモルファスシリコンは可視光を吸収しエネルギーの損失につながるため、受光面のアモルファスシリコンをできる限り薄くする必要があった。また、アモルファスシリコンの製膜は一般的に設備投資や維持費が大きい。そこで、アモルファスシリコンよりも透明で、安価に製造できる材料として酸化チタンに着目した。
今回、チタンを含む有機金属錯体と水蒸気を原料とし、原子層堆積法で酸化チタンを製膜した。ピラミッド形状のテクスチャー構造をもつn型結晶シリコンの表面に厚さ約5 nmの非晶質の酸化チタンを製膜した後、スズドープ酸化インジウム(ITO)の透明電極を製膜し、さらに銀(Ag)のグリッド電極を形成して、これを正極とした。負極にはヘテロ接合型結晶シリコン太陽電池で一般的に用いられる構造を用いて太陽電池を作製した。疑似太陽光を正極側から照射し、太陽電池の性能を評価したところ、正極に酸化チタンを用いた太陽電池では、シリコンにITOを直接製膜した酸化チタン膜のない太陽電池に比べて開放電圧が200 mVから500 mVまで増加した。これは酸化チタンが欠陥不活性化能と正孔選択性をもつことを示している。しかし、酸化チタン薄膜をテクスチャー構造をもつ結晶シリコンに直接製膜すると、欠陥不活性化能と正孔選択性が不十分であった。そこで、酸化チタンの製膜後、表面に水素プラズマを照射したところ、欠陥不活性化能と正孔選択性が同時に向上し、太陽電池の開放電圧は670 mVまで改善した。酸化チタンは、シリコンに限らずさまざまな材料に対して電子選択性が高いことが知られ、有機系太陽電池などの負極材料に用いられているが、今回初めて、酸化チタンが正孔選択性と欠陥不活性化能をもち、正極として機能することが実証された。このような従来と全く逆の性質を示すメカニズムについて調査した結果、酸化チタンと結晶シリコン界面に存在する相互混合層(チタン、シリコン、酸素、水素からなる)の組成やその分布により、欠陥不活性化能と正孔選択性を制御できることが明らかになった。正孔を選択的に取り出すという酸化チタンの新しい機能を見いだしたことで、酸化チタンの応用が広がることが期待される。
図1:(左)太陽電池の電流電圧特性と、(右)平坦な結晶シリコンに酸化チタンを製膜した断面の高分解能透過電子顕微鏡像
右図では組成分析から、結晶シリコンと酸化チタンの界面にチタン、シリコン、酸素、水素からなる相互混合層が形成されていることが確認できた。
今回開発した酸化チタンを用いた太陽電池は、従来のアモルファスシリコンを用いたヘテロ接合型結晶シリコン太陽電池に比べて、波長400-600 nmで高い外部量子効率を示し、短絡電流密度にして約2.0 mA/cm2の増加を得た。これは、アモルファスシリコンのバンドギャップ1.7 eVに比べて酸化チタンのバンドギャップが3.4 eVと大きいことと、酸化チタンの優れた透明性により正極の光吸収による損失を低減できたことに起因する。この太陽電池の性能にはまだ改善の余地が残っているものの、短絡電流密度の効果的な改善によりこれまでに21.1%(第三者測定)の変換効率を得た。この値は従来のヘテロ接合型結晶シリコン太陽電池の性能(研究室では22.3%)に匹敵する水準である。
図2:(上)基準太陽光スペクトル(air mass 1.5 global)と(下)作製した太陽電池の外部量子効率スペクトル
外部量子効率では、今回開発した酸化チタンを用いた太陽電池と従来のアモルファスシリコンを用いた太陽電池を比較している。短絡電流密度は基準太陽光スペクトルと外部量子効率スペクトルの積の積分からも求められる。
今回開発した受光面に酸化チタンを製膜した太陽電池では、波長約400 nm以下の紫外線照射により劣化が生じることが明らかとなり、今後、紫外線耐性の向上が求められる。一方、酸化チタンを非受光面に設置した場合は紫外線が届かないため劣化は観測されない。これまでに、酸化チタンをp型結晶シリコンの非受光面に製膜した太陽電池は20%程度の変換効率が得られることと、光照射によって劣化しないことが確認できた。p型結晶シリコンは太陽電池市場で最も普及しており、今回開発した技術はn型結晶シリコンのみならず、p型結晶シリコンを用いた太陽電池を含むさまざまなタイプの結晶シリコン太陽電池に応用できると考えられる。
今後、さらなる高効率化を目指す一方で、紫外線耐性向上に向けた研究開発を進める。また、これまで電子取り出し層としてだけ機能すると考えられてきた酸化チタンが正反対の性質を示すことは学術的にも興味深く、酸化チタンとシリコンの界面で正孔が輸送されるメカニズムを明らかにしていく。さらに、さまざまな無機・有機系太陽電池や、それらとシリコンを組み合わせたタンデム型太陽電池、光電気化学デバイス、半導体デバイスなどへの応用も検討する。
雑誌名:ACS Applied Materials & Interfaces
論文タイトル:Atomic-Layer-Deposited TiOx Nanolayers Function as Efficient Hole-Selective Passivating Contacts in Silicon Solar Cells
著者:Takuya Matsui,* Martin Bivour, Martin Hermle, Hitoshi Sai