国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)地質情報研究部門【研究部門長 荒井 晃作】宮川 歩夢 主任研究員、阿部 朋弥 研究員、住田 達哉 主任研究員、活断層・火山研究部門【研究部門長 伊藤 順一】大坪 誠 主任研究員は、伊勢湾・三河湾沿岸域の地質調査により、約1500万年前に形成された大地の凹みが後に断層に沿って盛り上がったことを示す反転構造を発見した。今回のような大規模で明瞭な大地の反転構造は西日本では初めて観察された。
今回観察したような大地の反転構造は東日本では知られており、東日本が今の形を成すに至った経緯や、また多くの内陸地震を引き起こす活断層の分布や形状を理解する上で重要な役割を果たしてきた。今回、東日本と同様の反転構造を西日本で初めて観察したことは、西日本と東日本の形成に地質学的な類似点を見出す糸口となり、日本国土の成り立ちを明らかにすることや、今後、伊勢湾・三河湾沿岸域での内陸地震の規模などを予測する上で重要な知見になる。
この成果の詳細は、2020年10月20日(日本時間)にProgress in Earth and Planetary Science誌にオンライン版で公開された。
愛知県知多半島から西三河平野の地下で発見された大地の反転構造
関東圏、近畿圏に次いでわが国有数の大都市集中エリアである中京圏は、南海トラフ地震といった海溝型地震に加え、内陸地震への備えも必要な地域である。例えば、中京圏で三河湾を震源とする1945年三河地震(マグニチュード6.8)は、多くの被害をもたらした大地震であり、今後も同規模の地震に対する十分な備えが必要な地域である。そのため、高精度な地震動の予測などに資するよう、この地域での活断層の分布や形状、内陸地震を引き起こす背景となる地殻変動の解明が求められている。
産総研では、わが国の重要な知的基盤として、さまざまな地質情報を整備している。その一環の、沿岸域の地質・活断層調査プロジェクトでは沿岸域の産業立地評価や地震防災施策などに役立つ地質情報の整備を推進している。その中で、平成30 年度から令和元年度にかけて実施した伊勢湾・三河湾沿岸域の地質調査により、知多半島から西三河平野にかけて活断層を含む地下の地質構造の可視化を行った。
地下の地質構造や断層を調べる手段に、電気や地面の揺れなどを使って地下を調べる物理探査がある。しかし、一般に広域的な物理探査では詳細な地下の構造がわからず、逆に精緻な物理探査によって広範囲を調べることは困難である。そこで今回の調査では既存の広域的な調査結果に加え、断層のような重要箇所で精緻に地下を構成する岩石や地盤の重さの違いを検知することで、広域で精細な調査を行った。また、今回用いた探査法で地質構造を明瞭に描き出すには、多くのパラメーターを調整する必要があり、一般には非常に困難な作業である。そこで今回は、調整の必要な複数のパラメーターを半自動で同時に決定できる手法を開発し、詳細な地質構造を可視化した。
今回の調査によって(図1、A-B線)、知多半島を含む西三河地域の広域な地下の基盤岩(岩盤)の形状と、内海断層と高浜断層の構造を精緻に可視化した結果(図2)、内海断層は知多半島側(北東)に傾き、知多半島側の岩盤が大きく凹んでいること、高浜断層は知多半島側(南西)に傾く断層であることが明らかになった(図3)。
図1 今回の調査地の地形図と活断層分布(赤線)
1945年三河地震域(黄色)と震源(星印)。A-B間(白線)の物理探査により地下を可視化。地形図に使用したデータは、AW3D30(宇宙航空研究開発機構)より提供を受けた。
図2 今回可視化した伊勢湾・三河湾沿岸域の基盤岩(岩盤)の3次元形状
知多半島の下には基盤岩の大きな凹み(青色)が見られる。
図3 今回明らかになった伊勢湾・三河湾沿岸域の基盤岩(岩盤)の形状
知多半島の下は基盤岩が凹み、上に堆積物が厚くたまっている。また、内海断層と高浜断層、断層間の地下基盤形状や起伏が明らかになった。
図4 知多半島周辺で生じた過去の地殻変動(沈降②)と、現在の地殻変動(隆起③)
海側に”長靴”のような形で突き出している知多半島は断層にそって地面が盛り上がって形成された半島であるが、その地下の基盤岩は大きく凹んでいる(図2の青色部分)。この様な断層にそった地面の盛り上がりと地下の基盤岩の凹みは、大地の運動方向が過去と現在とで反転(逆転)したことを示す(図4)。断層にそって凹みを作る地殻変動(沈降)が起こると、その凹みに上から土砂などの堆積物がたまる。その後、地殻変動が反転して基盤岩が断層にそってせり上がる(隆起)と、たまった堆積物が盛り上がり高くなった地形を形成するが、地下には基盤岩の凹みが残される。この地殻変動の沈降から隆起への反転による構造を反転構造と呼び、西日本でこれほど大規模で明瞭な大地の反転構造が観察されたのは初めてとなる。
今回と同様の大規模な反転構造は東日本では既に発見されており、それは東日本がどういう経緯で今の形を成すに至ったか、すなわち日本国土の成り立ちを理解する上で重要な役割を果たしている。さらに、東日本の多くの内陸地震が、この反転構造によって形成された活断層にそって発生していることから、東日本の地震を予測する上でも重要な地質情報となっている。今回の西日本での反転構造の発見により、東日本と同様に西日本の成り立ちの理解や地震災害予測の進展が大いに期待される。その例として、今回明らかになった反転構造から、知多半島はかつての地殻変動の痕跡(凹み)が、現在になって地表に現れた“地殻変動の化石”ということができ、また1945年1月に発生した三河地震は今回の地殻変動の反転にともなって形成された活断層(高浜断層)の断層運動によって引き起こされた可能性が示唆された(図5)。
図5 知多半島から西三河平野にかけての地下の様子
知多半島の下には基盤岩(岩盤)の大きな凹みがあり、それが隆起して知多半島が形成された。知多半島が隆起する際に活断層(高浜断層)が形成され、1945年三河地震の震源断層となったと考えられる。
1945年三河地震を引き起こした震源断層については諸説あるため、種々の研究成果を取りまとめて高浜断層が震源断層である可能性を精査する。また、今回開発した地下可視化手法は、他の地域での調査にも応用できるので、今後も日本各地の沿岸域の地質調査を継続し、各地の地質学的な成り立ちや地震防災などに役立つ研究成果を発信して行く。