東京工業大学 物質理工学院 材料系の舟窪浩教授(同大学元素戦略研究センター兼任)、安岡慎之介大学院生(修士課程2年)らの研究グループは、強誘電体の中で最も高い強誘電性を持つことが報告されている窒化アルミニウムスカンジウムについて、スカンジウムを低濃度にすることによって、従来よりも高い強誘電性を発現する膜の作製に成功した。さらに、10万分の1ミリメートル(10 nm)以下の窒化アルミニウムスカンジウム薄膜でも強誘電性があることを世界で初めて確認した。
酸化ハフニウム等の従来の強誘電体では、複雑な形状の基材上への3次元の膜作製が必要だった。本成果によって、単純な構造で強誘電体の膜の作製ができるようになる観点からコストダウンが可能になる上、低消費電力で動作するIoT用の不揮発性メモリの実現が期待される。
今回の成果は、東京工業大学のほか、物質・材料研究機構機能性材料研究拠点の独立研究者の清水荘雄博士、産業技術総合研究所のセンシングシステム研究センターの上原雅人主任研究員と山田浩志研究チーム長、秋山守人首席研究員、東北大学電気通信研究所の平永良臣助教と長康雄教授らの研究グループによるもので、米国の物理学会の雑誌「Journal of Applied Physics」のFeatured Articleに選ばれ、9月18日付(現地時間)で掲載される。
強誘電体は、電圧の印加方向によって、結晶に2通りの安定な状態(分極状態)があり、電源から切り離してもその時点の分極状態を保持できる物質である。分極状態の保持には電力をまったく使わないため、理論的には電源がなくても情報が保持できる記憶保持素子(不揮発性メモリ)を作製できる。こうした強誘電体を利用したメモリはすでに、交通系ICカード等で広く実用化されているが、強誘電体の膜の作製が難しいため、一部の用途に限られてきた。
2011年に、作製が容易な酸化ハフニウムを基本とした物質が発表され、大きな注目を集めているが、強誘電性の制御方法がまだ十分確立していないことに加え、強誘電性自体が小さく、3次元の膜作製が必要だという問題があり、現在も実用化に向けた努力が続けられている。
2019年には、現在スマートフォンの高周波フィルターに使われている窒化アルミニウムスカンジウム[(Al,Sc)N]が高い強誘電性を持つことが報告された。しかし、メモリを低消費電力で動作させるためには、強誘電体を薄くすることが不可欠だが、この研究で報告されたデータは150 nmの厚膜に関するものであり、薄膜化しても強誘電性が発現するかは不明だった。これは、強誘電体には薄膜化すると強誘電性が失われる「サイズ効果(用語1)」があり、その際に強誘電性を失う厚さが物質によって大きく異なるためである。そのため、窒化アルミニウムスカンジウムをメモリとして使用可能かどうかは明らかになっていなかった。
本研究では、気相にしたスカンジウム(Sc)とアルミニウム(Al)の金属を窒素ガスと反応させることで、スカンジウムとアルミニウムの比[Sc/(Sc+Al)比]が異なる数種類の窒化アルミニウムスカンジウム[(Al,Sc)N]を作製した。
その結果、これまでの報告と比べて、Sc/(Sc+Al)比が小さく、かつ電源を切り離したときに残る1 cm × 1 cmあたりの静電容量(残留分極値)が大きい、強誘電性を有する膜の作製に成功した。(図1)
図1. 電源から切り離したときに残る1 cm × 1 cmあたりの静電容量(残留分極値)と膜中のSc/(Sc+Al)比の関係
さらに、Sc/(Sc+Al)比が小さいほど、ある分極状態から別の分極状態に変える(反転させる)のに必要な1 cmあたりの電圧(抗電界、Ec)(図2の中塗り点)と、印加できる1 cmあたりの電圧(最大電界、Emax)(図2の中抜き点)の差が広がることがわかった。このことから、Sc/(Sc+Al)比を小さくする、つまりスカンジウムの濃度を低くすることで、分極状態を繰り返し反転させても、2つの状態の間での安定した行き来を実現できることを見出した。
図2. 反対の分極状態に変えるための1 cmあたりの電圧(抗電界、Ec)(中塗り点)および印加できる1 cmあたりの電圧(最大電界、Emax)(中抜き点)と膜中のSc/(Sc+Al)比の関係
また、これまで課題とされてきた、低消費電力化に必要とされる薄膜化については、膜厚を従来の約3分の1にあたる48 nmまで薄くしても、高い強誘電特性が維持できることを初めて見出した(図3(a))。また、膜厚がさらに薄い9 nmでも強誘電性を発現することを、非線形誘電率顕微鏡法(用語2)を用いて世界で初めて確認した(図3(b)と(c))。
図3(a)種々の強誘電体を電源から切り離した際に残る1 cm x 1 cmあたりの静電容量(残留分極値)の膜厚依存性。
今回確認した残留分極値は、代表的な強誘電体Pb(Zr0.2Ti0.8)O3の倍以上の大きさであることがわかる。
(b)膜厚9 nmの膜に+6Vを印加した後、一部領域にのみ−6Vを印加した模式図。
(c)同じ範囲の非線形誘電率顕微鏡像。2通りの分極状態に対応したコントラストが像で確認でき、電圧の印加によって反転できていることが確認できた。
今回の成果には、以下のような波及効果が期待できる。
a) 低消費電力で動作する強誘電体メモリの実用化の加速
強誘電体を用いたメモリ(強誘電体メモリ:用語3)は、消費電力が低く、かつ高速動作することから、「理想のメモリ」「究極のメモリ」と長年考えられてきた。しかし、これまで研究や応用が進められてきた強誘電体物質はいずれも、膜の作製の難しさや、強誘電性の小ささ、制御方法の確立といった問題を抱えていた。
本研究で対象とした窒化アルミニウムスカンジウムは、従来の材料よりも高い強誘電性を有し、作製も容易なことから、大きな注目を集めている。強誘電体の中で最大級の強誘電性を有するだけでなく、使用温度が最も高いため、広い用途のメモリへの応用が期待できる。
b) IoTの端末用メモリとしての応用が期待できる
IoTの普及により、あらゆる場所にセンサが設置されることで、少子高齢化が進んでも安全で安心な社会の構築が期待されている。こうした状況下では、従来の高速で高集積なメモリではなく、センサのデータを低消費電力で保存できるメモリの実現が重要になってくる。
強誘電体メモリは、最も低い消費電力で動作し、データの保存には電力をほとんど消費しない不揮発性メモリである。本研究によって、こうした低消費電力のメモリの実用化が期待できる。
また、従来の酸化ハフニウムによるメモリでは、複雑な3次元の形状の膜を作製することが検討されている。今回検討した窒化アルミニウムスカンジウム薄膜は高い強誘電性を有するため、そうした3次元形状にする必要がなく、電極で挟む単純な構造のメモリとして実用化できる観点から、コストダウンも期待できる。
c) 新規デバイスへの応用が期待できる
窒化アルミニウムスカンジウムは、電気エネルギーを機械的なエネルギーに変換する圧電性を持つことを利用して、スマートフォン用の高周波フィルターとしてすでに実用化されている。今回の成果によって、分極の方向も制御できるようになったことから、従来にない新規応用が期待できる。
掲載誌:Journal of Applied Physics
論文タイトル:Effects of deposition conditions on the ferroelectric properties of (Al1-xScx)N thin films
※日本語訳:(Al1-xScx)N薄膜の強誘電性に及ぼす析出条件の影響
著者:Shinnosuke Yasuoka, Takao Shimizu, Akinori Tateyama, Masato Uehara, Hiroshi Yamada, Morito Akiyama, Yoshiomi Hiranaga, Yasuo Cho, and Hiroshi Funakubo
DOI:10.1063/5.0015281
今回の研究の一部は、文部科学省「元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>」(課題番号 JPMXP0112101001)の一環として行われました。