国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)機能材料コンピュテーショナルデザイン研究センター【研究センター長 浅井 美博】、先端素材高速開発技術研究組合【理事長 腰塚 國博】(以下「ADMAT」という)は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構【理事長 石塚 博昭】(以下「NEDO」という)の超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト【プロジェクトリーダー 村山 宣光(産総研 材料・化学領域長/理事)】において、ソフトアクチュエーターなどに必要な抵抗なく大変形する材料の開発を加速する手法を開発しました。
本手法は、ソフトアクチュエーター材料として研究開発競争が活発な液晶エラストマーに適用されました。分子構造を表す多数のパラメーターとその材料変形のシミュレーション結果をデータベース化し、機械学習を用いて解析することで、大変形の特徴を決定する分子構造パラメーターを特定し、約1/10に絞り込むことに成功しました。これにより、ソフトアクチュエーター材料の大きな特徴である、抵抗(出力のロス)のない大変形"Soft-Elasticity"が発現する分子構造の有力候補をごく短時間で提案可能になり、革新的なソフトアクチュエーター材料の開発期間の大幅な短縮が期待できます。さらに、本手法はエラストマー、ゲルなどの大変形を特徴とするさまざまな材料開発への応用が期待できます。
なお、本手法の詳細を2020年9月16日から18日まで公益社団法人高分子学会がオンラインで開催する「第69回高分子討論会」で発表する予定です。
高分子などの柔らかい材料を用いたアクチュエーター(ソフトアクチュエーター)は小型・軽量・静音・耐水などさまざまな利点があり、動力源も熱・電気・光などと豊富です。その上、筋肉のように曲線的で繊細な動きに対応できるため、より生活に近い場所での活躍が見込まれており、特にリハビリ・介護のための作業補助・パワーアシスト用ウエアラブルマシンや医療手術支援のための遠隔操作マシンなどへの応用が期待されています。しかし、これまでの材料開発工程では技術者の「勘と経験」による試行錯誤が繰り返し行われ、多大なコストや時間を要することが課題となっていました。その解決手段の一つとして、計算科学に基づく各種シミュレーション技術の開発が行われてきました。近年の計算機性能の向上や各種ソフトウエアの開発に伴い、実用的な材料設計・探索の手段として期待されるほどの発展を見せています。
このような背景のもと、産総研、ADMATはNEDOの「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト」(2016~2021年度)において計算・プロセス・計測の三位一体による有機・高分子系機能性材料開発の高速化に共同で取り組んでおり、その一環として、ソフトアクチュエーターの有力な材料候補である液晶エラストマーを主なターゲットとし、分子から目視レベルまでの材料変形を観察できるマルチスケールシミュレーションの実現を目標とする基盤技術の研究開発を行い、革新的なソフトアクチュエーター材料の開発につながる計算技術の構築を目指しています。
(1)ソフトアクチュエーターの材料の大変形を左右する分子構造を特定する手法を開発
今回の手法は、分子構造とシミュレーションにより得られる材料変形との関係に焦点を当て開発しました。本プロジェクトで開発した要素技術の一つである液晶エラストマー粗視化分子動力学シミュレーターでは、高分子を一次構造のレベルからデザイン可能であり、さまざまなパターンの液晶エラストマー分子構造を表現できます。例えばこれら一つ一つに対して一軸伸長シミュレーションを行うことで、ミクロな材料変形を反映した応力-ひずみ曲線が得られます。同じ液晶エラストマーであっても、その分子構造が変化すれば材料変形の様態は大きく異なります。特に、液晶エラストマーの特質ともいえる抵抗(出力のロス)のない大変形"Soft-Elasticity"発現の有無も分子構造の変化に左右されることがこれまでの産総研とADMATの研究から明らかになっています(図1)。
図1 主鎖型(左上)・側鎖型(左下)液晶エラストマー(LCE)の分子構造、および一軸伸長シミュレーションから得られた応力-ひずみ曲線(右上)と配向度-ひずみ曲線(右下)
※主鎖型LCEでは十分なメソゲン基配向とSoft-Elasticityの発現が確認される一方(右上図着色部分)、側鎖型ではメソゲン基が十分に配向せず、Soft-Elasticityが発現していません。
(2)材料変形のデータと分子構造を決める多数のパラメーターをデータベース化し、機械学習で解析
しかし、分子構造の違いを生み出す設計パラメーターの組み合わせは数百種以上となり、加えてシミュレーション条件の違いも関与するため、これら多数の要素のうちどれが実際の違いに結びついているかを洞察することは困難です。そこで産総研、ADMATは、数値化可能なすべての設計パラメーターおよびシミュレーション条件をデータ記述子として扱い、これらがメソゲン基配向の温度依存性や、応力-ひずみ曲線などの材料変形の結果を応答変数として予測しうるという仮定のもとで、機械学習を実行しました。その結果、変形前の材料の特徴を示すメソゲン基配向の温度依存性は非常に高い精度で回帰分析が可能であることが示されました(図2)。
図2 メソゲン基配向の温度依存性を示す曲線(左)、各曲線のデータベース登録値と機械学習予測値との相関関係(中)、および予測値算出における設計パラメーターの重要度ランキング(右)
※各曲線は機械学習を用いて高い精度で予測(回帰分析)可能であること、予測の際に重要な役割を果たした設計パラメーター(右表ランクの順位)を特定できることがわかります。
特に、主鎖に含まれるLennard-Jones(LJ)粒子(配向に関与しない球形粒子)の数、側鎖に含まれるLJ粒子の数、架橋の長さ、メソゲン基間の間隔の4つの記述子がそれぞれ30%、29%、15%、12%の寄与率で、この物性の大半を決定づけていることが示されました。また、応力-ひずみ曲線についても高い精度で回帰分析が可能であることが示され、伸長前のメソゲン基の配向方向、高分子鎖密度、架橋密度、メソゲン基間の間隔の4つの記述子がそれぞれ26%、18%、17%、9%の寄与率で物性を決定づけることが判明しました(図3)。
図3 応力-ひずみ曲線(左)、各曲線のデータベース登録値と機械学習予測値との相関関係(中)、および予測値算出における設計パラメーターの重要度ランキング(右)
※メソゲン基配向の温度依存性と同様、各曲線は機械学習を用いて高い精度で予測可能です。また予測の際に重要な役割を果たした設計パラメーター(右表ランクの順位)が特定できます。
これら二つの独立した機械学習において共通して重要視された設計変数パラメーター「メソゲン基間の間隔」は、少なくとも温度変化によるメソゲン基配向と一軸伸長シミュレーションによる応力とひずみの変化の双方に影響を与えます。これはメソゲン基間の間隔が液晶エラストマーの大変形を大きく左右する設計パラメーターであることを意味しています。実際のアクチュエーター材料開発にとっても、分子設計において、まずメソゲン基間の間隔に着目するという分かりやすい指針を立てることが可能であり、重要な手掛かりとなります。
本プロジェクトでは、実在する材料の分子構造に対し、より高度な設計指針を打ち出すためのデータベース拡充および技術開発を行っていくことで、革新的なソフトアクチュエーター開発のための高速な材料選定技術を構築をし、また、今回開発した手法を幅広く適用し、国内産業の材料開発への貢献を目指します。