東京大学大学院新領域創成科学研究科、同連携研究機構マテリアルイノベーション研究センター、産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ(注1)、物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)の共同研究グループは、「無電解めっき」(注2)を用いて高精細にパターニングされた金電極を有機半導体に貼り付け、高性能を有する有機トランジスタを製造しました。
エレクトロニクスデバイスを駆動させる上で電圧や電流を入出力するための電極は必要不可欠です。有機エレクトロニクスデバイス用電極は、通常金や銀などの貴金属を高真空下で大きなエネルギー(高温プロセスやプラズマプロセス)を用いることで成膜させることが多く、これは低コスト・低環境負荷プロセスを実現する上で重要な課題でした。
本研究グループは、化学反応だけで金属薄膜を被膜する手法である「無電解めっき」を用いて、高真空プロセスなしに金電極を作製しました。また、親液・撥液パターニング(注3)を併用することでリソグラフィープロセス(注4)なしで10マイクロメートル程度の高精細パターニングを実現しました。パターニングされた金電極は、本研究グループが開発した電極転写法(東京大学プレスリリース2020年3月13日 http://www.k.u-tokyo.ac.jp/info/entry/22_entry842/)を用いて半導体に取り付けられ、たった1分子層(厚さ4ナノメートル)からなる有機半導体上でも、半導体の機能を十分利用できることを実証しました。今回の成果により、高コストかつ複雑な高真空プロセス・リソグラフィープロセスを全く必要としない積層デバイスの大面積製造が可能となり、将来の産業応用における低コスト・フレキシブルエレクトロニクス用のプロセスとしての利用が見込まれます。
本研究成果は、独国科学雑誌「Advanced Functional Materials」2020年8月10日版に掲載されます。本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金「単結晶有機半導体中電子伝導の巨大応力歪効果とフレキシブルメカノエレクトロニクス(JP18J21908)」(研究者代表者:竹谷 純一)の一環として行われました。
[背景]
有機半導体は、インクを用いて印刷することで高品質な結晶性薄膜が得られるため、RFIDタグ(注5)や種々のセンサーといった膨大な数のデバイスが必要となるIoT時代の基盤材料として近年盛んに研究されています。有機半導体材料の開発が進むにつれ、移動度(注6)は向上し、実用化の指標となる10cm2/Vs程度が達成されています。半導体へ電圧を印加し、電流を入出力させるためには、金属電極を接合させることが必要不可欠です。特に有機半導体では、効率よくキャリアを注入でき、大気下でも酸化されにくい金や銀などの貴金属薄膜が電極として使用されています。通常、金や銀などの貴金属は真空下で大きなエネルギー(高温プロセスやプラズマプロセス)を用いて成膜されることが多く、高真空を維持できる真空チャンバーや大型のドライ真空ポンプなどの高額な設備が必要でした。また、これらの電極を微細加工し、パターニングするためのリソグラフィー設備も高額であることから、将来、有機半導体の大量生産に際しては、設備投資を極力抑え、低コストかつ低環境負荷プロセスを実現することが重要な課題でした。
[手法と成果]
このような課題を解決するため、金属薄膜を被膜する手法であるめっきを用いた有機デバイスの製造に取り組んできました。めっきは、表面処理手法の一つで、さまざまな材質の表面に金属薄膜を被膜することができます。めっきの手法には、外部電源を用いて金属イオンの還元反応を促進する「電解めっき」と、化学薬品の還元作用を駆動力として外部電源なしに還元反応を生じさせる「無電解めっき」があります。今回、無電解めっきを用いて、高真空プロセスなしに金電極を作製しました(図1)。無電解めっきを用いて金電極のパターンを形成するために、まず親液・撥液パターニングを用いて銀微粒子層の微細なパターニングを行いました。銀は無電解めっき過程で触媒となります。フッ素系高分子薄膜に真空紫外光LEDを部分的に照射することで、銀微粒子インクをはじく領域と濡れる領域を選択的に表面改質することができます。この親液・撥液パターニングを実施した後に、銀微粒子インクを塗布することで、銀微粒子層のパターンを形成しました。その後、基板を金めっき液に浸すだけで、銀微粒子層上に金の薄膜が被膜されます(図2)。今回、リソグラフィープロセスなしで10マイクロメートル程度の高精細パターニングを実現しました。パターニングされた金電極は、本研究グループが開発した電極転写法(東京大学プレスリリース2020年3月13日http://www.k.u-tokyo.ac.jp/info/entry/22_entry842/)を用いて半導体に取り付けられます。
今回、わずか1分子層(厚さ4ナノメートル)の単結晶からなる有機半導体の上に金めっき電極を取り付けて有機トランジスタを試作しました。ゲート電圧を変化させると有機半導体の本来の性能であるドレイン電流が流れ、ゲート電圧とドレイン電流の平方根(図3青色の実線)の関係から移動度を求めたところ、実用化の指標となる10cm2/Vs程度を示し、1分子層の有機半導体が持つ性能を引き出せることが実証できました。また、金属−有機半導体界面の接触抵抗(注7)は十分に小さい120 Ωcm程度であることから、有機半導体の本来の性質を損なうことなく、金めっき電極を利用できることが実証されました。
図1 無電解めっき電極形成のプロセスフロー。
図2 印刷された銀微粒子の写真。
図3 作製した単分子層の有機トランジスタの模式図と、伝達特性。図中のVDはドレイン電圧。
[今後の展望]
この手法を用いることで、高額な設備投資を必要とする高真空プロセスやリソグラフィープロセスを完全に排除することが可能となります。また、めっき液は基本的に有機溶媒を含まない水溶液であり、再利用が可能であるため、低環境負荷であると言えます。大型の真空チャンバーなどを必要とせずに大面積化が容易で電極を取り付ける半導体側の制約が少ないことも特長です。今後、こうした特長が活かせる有機半導体を用いたソフトエレクトロニクスの社会実装やバイオエレクトロニクス分野への貢献が期待されます。
牧田 龍幸(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 博士課程2年生)
渡邉 峻一郎(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 准教授
/産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務)
竹谷 純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授
/連携研究機構マテリアルイノベーション研究センター(MIRC)特任教授 兼務
/産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務
/物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA) MANA主任研究者(クロスアポイントメント))
雑誌名:「Advanced Functional Materials」(オンライン版:8月10日)
論文タイトル:Electroless-plated Gold Contacts for High-performance, Low Contact Resistance Organic Thin Film Transistors
著者:Tatsuyuki Makita, Ryohei Nakamura, Mari Sasaki, Shohei Kumagai, Toshihiro Okamoto, Shun Watanabe*, and Jun Takeya*
DOI番号:10.1002/adfm.202003977