水は、ありふれた存在ですが、特異な物性を示す奇妙な液体であり、多くの自然現象を支配しています。東北大学金属材料研究所の新家寛正助教、宇田聡教授と北海道大学低温科学研究所、木村勇気准教授、産業技術総合研究所環境創生研究部門の灘浩樹主任研究員と東京大学大学院総合文化研究科先進科学研究機構の羽馬哲也准教授を中心とする研究グループは、室温−20°Cに保たれた低温室内で水に高圧を加えることで結晶化する氷IIIを観察し、成長・融解する氷と水の界面に通常の水とは異なる未発見の新しい水の層が形成されることを見出しました。さらに、氷表面を濡らす新しい水の濡れ性と表面パターンから、新しい水の密度は通常の水よりも大きい上に、通常の水とは混ざり合わず、構造が異なることが示唆されました。この成果は、長年に渡る大きな謎である水の特異な物性を説明する“構造の異なる二種類の水の存在”仮説の検証に道を拓くものです。
本成果は、アメリカ化学会が発行するThe Journal of Physical Chemistry Lettersに7月24日(金)付でオンライン掲載されました。
水は私たちの生活する地球に普遍的に存在する物質であり、その性質が多くの自然現象を支配します。そのため、水の性質を理解することは極めて重要です。水の結晶としての形態である氷の表面は私たちの想像を超える奇妙な現象が起こる舞台として知られています。例えば、水が凍る0°C(凝固点)以下の温度でも氷表面はわずかに融けて液体層を形成します。雪だるまを作ったり、雪合戦をしたりできるのは、この表面の液体層のおかげです。さらに、地球の気候を大きく左右する化学反応の場にもなっていると考えられています。このように、氷表面は多くの身近な現象に関わっているため、これまでに多くの水蒸気/氷界面の研究が行われており、その重要性が一般にも認識されるにようになっています。その一方で、水と氷の界面に関する研究は、水蒸気/氷界面と同じように重要であるにも関わらず、ほとんど進んでいませんでした。そこで、本研究グループは、アンビル型高圧発生装置※1を用いて水に圧力をかけることで、水中で高圧氷を生成し、その表面を光学顕微鏡によりその場観察することで水/高圧氷界面で起こる動的現象の調査を試みました。
研究グループは、−20°C 、248MPaという低温高圧環境下で生成する、氷III※2と呼ばれる高圧氷を研究対象としました。北海道大学低温科学研究所にある低温室内(−20°C)にアンビル型高圧発生装置と観察用の偏光顕微鏡※3を設置し、水の加圧・減圧によって誘起される氷IIIの成長・融解の過程を顕微鏡でその場観察しました(図1)。加圧により成長する氷IIIと水の界面には周囲の水とは異なる流動性を持つ液体の膜が形成し、また、減圧により融解する氷の界面には、やはり周囲の水とは異なる微小な液滴が形成することが分かりました。これは、水/氷III界面にこれまで知られていなかった新しい水が存在する可能性を示しています。
膜状の新しい水は所々に穴が開いており、氷の成長と共に揺らぐ様子が観察されました。一方、融ける時に現れる新しい水の液滴は、出現後活発に氷表面を動き回り、明確な流動性を示しました。氷表面上の液滴の濡れ角から、新しい水は周囲の水と比較して高密度であることが示唆されました。また、その水は氷IIIに近い構造をとることが産業技術総合研究所で実施した分子動力学法による計算機シミュレーションにより示唆されました。
さらに、新しい水は、加圧による氷の成長時に均質な液膜としても存在し、氷表面を均質に覆っていた液膜は加圧を止めると不均質化し、迷路のような形態を示すことが分かりました(図2)。この迷路のような模様は、両連続的パターンと呼ばれ、本来互いに混ざり合わない異なる2つの流体が、なんらかの条件により混ざり合った状態から2つの流体に分かれる際に一般的にみられるパターンです。このことは、新しい水と通常の水は混ざり合わないことを示しており、これらの水は互いに構造が異なることを示唆しています。
従来、水と氷の界面では、水の構造がナノメートルオーダーの厚みで氷から水へと連続的に変化しているとする描像が通説でした。本研究ではその通説を覆し、氷表面には通常の水に対し明確な界面を形成する高密度の液体がマイクロメートルスケールの厚みで存在しているとする新しい水/氷界面の描像を明らかにしました。
また、研究グループは常温高圧条件(25°C 、954MPa)で結晶化する氷VI※4と水の界面にも高密度な新しい水が生成することを、レーザー干渉計※5を搭載した特殊な顕微鏡を駆使することで明らかにしました。これは、水/高圧氷界面での高密度水形成の普遍性を示唆しています。
私たちの知る水とは異なる構造を持つ水の存在は、水の特異物性を説明するために古くから議論されてきました。しかし、その決定的な証拠となる“水が互いに異なる構造の二種類の水に分かれる様子”、すなわち、水の液-液相分離の直接観察は成されていませんでした。これは、理論的に予測される水の液-液臨界点※6が実験的に到達不可能な深い過冷却条件にあるためです。これに対し、本研究では水/高圧氷界面で、通常の水と構造の異なる新しい水とに分かれている様子を実験可能な条件下で直接観察することに成功し、“構造の異なる水”の実験的研究における閉塞した状況に新たな道を示しました。
図1: 水/氷III界面に形成する新しい水の偏光顕微鏡その場観察像。A:加圧・減圧により水中で成長・融解する氷III結晶。B:氷III表面の拡大像。画像a,b,dは図A中の四角a,b,及び記号d近傍の拡大像。C:観察された新しい液体の形状の模式図。図中の青及び赤の四角で示された模式図はそれぞれ、図B中青及び赤の四角で示された観察像の液体形状に対応している。
図2: 水/氷III界面に形成する新しい水の層の均質な形態から両連続的な形態への発展。A:水中で成長する氷IIIの顕微鏡像。B:水/氷III界面の拡大像。画像a,bは図A中の四角a,bに対応している。C:新しい水の形態の模式図。左右の図は、図B中の画像aとbに対応している。
水が、水蒸気・液体の水・氷間でみせる形態の変化は、私たちの住む地球の自然現象を大きく左右します。そのため、水の性質を明らかにすることは極めて重要です。本研究成果により、水の隠れた性質のひとつが新たに明らかとなりました。本研究における“新しい水”の発見は、私たちがこれまで理解できなかった水の関わる重要な自然現象の解明だけでなく、未だ謎に包まれた奇妙な液体である水の物性解明にも貢献することが期待されます。また、水からの氷の成長は、融液からの結晶成長であり、本研究の成果は、融液からの機能性材料形成の素過程解明に役立つことが期待されます。更には、太陽系天体内部に存在する氷は高圧状態で形成するため、今回の発見は天体の形成過程の解明にも役立つと期待されます。
雑誌名:The Journal of Physical Chemistry Letters
英文タイトル:High-Density Liquid Water at a Water–Ice Interface
全著者:H. Niinomi, T. Yamazaki, H. Nada, T. Hama, A. Kouchi, J. T. Okada, J. Nozawa, S. Uda, and Y. Kimura
DOI:https://doi.org/10.1021/acs.jpclett.0c01907
本成果は、東北大学金属材料研究所の新家寛正助教、宇田聡教授、岡田純平准教授、野澤純助教、北海道大学低温科学研究所の木村勇気准教授、山崎智也日本学術振興会特別研究員、香内晃教授、産業技術総合研究所環境創生研究部門の灘浩樹主任研究員と東京大学大学院総合文化研究科先進科学研究機構/同研究科広域科学専攻の羽馬哲也准教授との共同研究によるものです。また本研究は、北海道大学低温科学研究所共同利用・共同研究課題番号18K001の支援を受けて実際されました。