国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)活断層・火山研究部門【研究部門長 伊藤 順一】地質変動研究グループ 大坪 誠 主任研究員、地質情報研究部門【研究部門長 荒井 晃作】地球物理研究グループ 宮川 歩夢 主任研究員は、アメリカ地質調査所 Jeanne Hardebeck博士、国立大学法人 東京大学【総長 五神 真】大気海洋研究所【所長 河村 知彦】 山口 飛鳥 准教授、国立大学法人 東京海洋大学【学長 竹内 俊郎】 木村 学 特任教授と共同で、宮崎県延岡衝上断層の露頭の調査・解析により、深さ約8 kmにあるプレート境界付近に存在する水は地震後に岩石に亀裂が形成されてもほとんど減少せず、高い圧力を保持しながら蓄積され続ける可能性を見いだした。
プレートの境界付近に存在する水圧の上昇は地震に直接繋がることが知られている。ひとたび地震が起こると、岩石に形成される亀裂を通じた排水でプレート境界付近の水圧が低下し、その後、亀裂が閉じると水圧が徐々に上昇すると考えられる。再び水圧が上昇するまでに一定の時間がかかるが、地震後に下がる水圧の実際の変化量や、次の地震に向けて再び水圧が上昇するまでの時間はよく分かっていなかった。今回、地下深部の水圧の時間変化を精緻に計算しモデル化した結果、地震後の水圧は従来のモデルよりも減少しておらず、その後、時間をかけて上昇することが明らかになった。この成果は巨大地震の発生予測におけるプレート境界付近の水圧状態の長期モニタリングの重要性とその調査の枠組みを示すものといえる。
この成果は、2020年8月3日午前10時(英国夏時間)にScientific Reports誌にオンライン版で公開される。
巨大地震発生後の亀裂形成による排水の模式図(a)、繰り返す地震が起こる条件と水圧の関係(b)
プレート境界付近に蓄積している水圧が最大値付近まで上昇すると、プレート境界付近で地震が生じると考えられている。今回明らかとなった10 MPa程度の水圧変動であれば現在の技術でモニタリングすることが可能である。
日本列島周辺では複数のプレートが接しており、地震災害リスクを検討する上で、南海トラフをはじめとするプレートの境界での巨大地震の発生メカニズムの解明が非常に重要である。特に南海トラフでは駿河湾から日向灘沖にかけてのプレートの境界を震源域として、約100~150年間隔で巨大地震が繰り返し発生しており、今後の地震発生に向けて、早急な減災・防災への対策が求められている。またスロー地震とよばれるゆっくりとした地震も発生している。これらの地震はプレート境界の水によって誘発されると考えられている。産総研では中部地方から四国地方にかけて地下水などの総合観測施設を設置し、南海トラフでのスロー地震の観測を行い、測地学・地震学的観点から、スロー地震を観測しつつ、プレートの境界での巨大地震の発生メカニズムの検討が進んでいるが、同時に、物質科学的な観点からのプレートの境界での巨大地震の発生メカニズムの解明も進める必要がある。
プレート境界付近の水圧が静岩圧に近い圧力にまで高まると地震が発生する条件が整うと考えられている。また、地震後に形成された断層周辺の引っ張り亀裂は、排水を促進する流路となり蓄積していた水圧が低下し、断層面の摩擦が上昇するため断層が滑りにくくなると考えられている(図1)。しかし、水圧が地震後にどの程度低下するかはよく分かっていなかった。そこで、産総研を中心としたグループは、過去にプレートの境界付近で巨大地震が発生したとされ、南海トラフのプレート境界付近の様子に類似しているとされている宮崎県の延岡衝上断層(図2a)の周辺に分布する亀裂を埋める石英脈(図2b)に注目した。今回、石英脈ができるまでの亀裂内部の水圧変化を考慮した亀裂モデルを用いて、海溝型巨大地震の発生前後での水圧の変化を求め、プレートの境界付近に蓄積される水圧とプレート境界付近の断層の滑りやすさの関係をモデルにより調べた。
なお、この研究は、科学研究費補助金 課題番号:JP19K04046による支援を受けて行った。
図1 巨大地震発生後の引っ張り亀裂の形成時の排水の模式図、 巨大地震発生後の引っ張り亀裂の形成(a)、引っ張り亀裂を通じた排水と水圧の低下(b)
断層周辺に水があると断層は滑りやすくなると考えられている。これまで、断層周辺での水の蓄積状況を観測することが重要と考えられてきたものの、その実態はよく分かっていなかった。
図2 九州-四国の地質概略図と延岡衝上断層(村田(1998)を改訂1)(a)、延岡衝上断層周辺の石英脈の薄片試料の偏光顕微鏡写真(b)
1 引用論文:村田明広(1998)四万十帯のデュープレックスと低角ナップ構造.地質学論集 50号, 147-158.
地殻中の水が岩石の亀裂内部を流れる過程で水から石英がすみやかに沈殿すると、石英が岩石の亀裂を埋めた石英脈になる。宮崎県延岡市の海岸で露出している延岡衝上断層は、巨大地震が発生すると考えられている地下約8kmの南海トラフのプレート境界付近の様子に類似しているとされている。この延岡衝上断層周辺で800枚程度の石英脈の向きや長さと幅を測定した。なお、これらの石英脈が埋めている亀裂は、ずれを伴わない引っ張り亀裂であった。
引っ張り亀裂の向きのばらつきや亀裂の長さと幅の割合(亀裂の縦横比)が亀裂中へ流れる水圧と相関がある亀裂モデル(図3a、b)に従って、地震が起こる深さでの断層周辺に蓄積する水圧の変動を見積もったところ、延岡衝上断層周辺の引っ張り亀裂の形成時には、亀裂を通じた排水によって地下約8 kmの深さで10 MPa程度の圧力を解放していたことが初めて定量的に明らかとなった。これは従来モデルによる圧力の減少(深さ約8 kmで120 MPa程度)と比べて非常に小さい(図3c)。すなわち、深さ約8 kmにあるプレートの境界付近に蓄積する水は、地震によって亀裂が形成されても従来考えられているよりも高い圧力を常に維持しており、地震後に解放された水圧は地震前の最大8 %程度であったことが判明した。延岡衝上断層に沿った有効摩擦係数は、引っ張り亀裂の形成によって水圧が小さくなった後でも0.15以下であったことが解放された水圧から見積もられた(図4)。これは一般的な断層の摩擦係数0.6をはるかに下回ることから、地震後に亀裂が生じて、水が亀裂を通じて排水されても、プレートの境界付近の断層面の摩擦は低いままであったと考えられる。
図3 亀裂モデルに基づく岩石に亀裂が開いた際の排水時の圧力の大きさと亀裂の向きのばらつき(a)、亀裂の縦横比(b)との関係、亀裂モデルに基づく地震後に亀裂が形成される際に排水により減少する圧力の範囲(黒色点線の部分)(c)
(c)の図の横軸の亀裂の向きのばらつきの指標は0から1の間を取り、値が大きいほど亀裂の向きのばらつきが大きいことを示す。
本研究により延岡衝上断層周辺で見積もられた地震後の水圧は、現在の南海トラフのプレート境界付近(深さ8 km程度)における水圧の状態とほぼ同じであった。このことは、プレートの境界付近(深さ8 km程度)に蓄積している水圧は、南海トラフで生じた直近の大地震(1946年南海地震)の発生以後、現在までの間に亀裂で排水された状態であることを示唆している。亀裂形成で解放された分の水圧が今後静岩圧近くまで増加していくと次の巨大地震が発生する条件が整うこととなる。従来考えられてきた120 MPa程度の水圧の変動は現在の技術では観測することは困難であるが、今回の成果で示したような10 MPa規模の水圧変動をモニタリングするための技術はすでに存在するため、10 MPa程度の変動であれば観測することが可能である。本研究の成果は、南海トラフで次の巨大地震が起こるまでのモニタリング指標に水圧変化を加えることで、地震発生予測の精度が上がる可能性を示している。
図4 延岡衝上断層周辺に蓄積していた水圧の地震前後での変化(a) 、繰り返す地震が起こる条件と水圧の関係(b)
左図の水圧の指標は0から1の間を取り、ある深さでの静岩圧に対する水圧の割合を示す(水圧の指標1は、水圧が静岩圧と等しいことを示す)。延岡衝上断層の場合では、地震後に水圧の指標が、断層の上側では0.85程度(黒色丸印)から0.80程度(黒色四角印)に、断層の下側では0.95程度(白色丸印)から0.90程度(白色四角印)に、それぞれ下がる。断層の上側と下側のどちらも、地震後に断層の有効摩擦係数が最大でも0.15を超えない。
2018年10月から2019年3月まで、紀伊半島沖で、地球深部探査船「ちきゅう」による南海トラフの巨大地震発生メカニズムの解明のための掘削調査が行われた(国際深海科学掘削計画(IODP)第358次研究航海)。この掘削で得られた岩石試料などから、プレートの境界付近での水の挙動についても定量的な検討を進めていく。