発表・掲載日:2020/06/30

汎用樹脂のマイクロファイバーで高度の電気機械特性を発見

-着用型動作センサーやアクチュエーターの低コスト化、大面積化、省工程化に貢献-

発表のポイント

  • 膜状態では圧電(注1)効果を示さない汎用樹脂が、電界紡糸法(注2)によるマイクロファイバー化により、圧電材料の逆圧電(注3)特性に似た電気機械特性(逆圧電的特性)を示すことを世界に先駆けて明らかにした。
  • 圧電特性の指標の一つである圧電d定数(見かけの値)(注4)を測定したところ、従来の圧電材料の値を大きく上回る30,000 pm/Vを超える値が得られた。1 kHzの高周波動作でも約13,000 pm/Vが得られた。
  • 上記の逆圧電的特性を良好に再現する数理モデルを初めて提案。
  • 安価な汎用樹脂で、極軽量、柔軟、優れた特性の圧力センサーやアクチュエーターが、大面積で製造できる可能性が示された。

発表概要

京都工芸繊維大学の石井佑弥助教、産業技術総合研究所の延島大樹研究員、植村聖研究チーム長らの共同研究チームは、膜状態では圧電(注1)効果を示さない汎用樹脂(ポリスチレン)が、電界紡糸法(注2)によってマイクロファイバー化するだけで、圧電材料の逆圧電(注3)特性に似た電気機械特性(逆圧電的特性)を示すことを世界に先駆けて明らかにしました。加えて、得られた逆圧電的特性から見かけの圧電d定数(注4)を算出したところ、準静的な電圧印加の場合では30,000 pm/Vを超える値が、1 kHzの高周波の電圧を印加した場合でも約13,000 pm/Vという従来の圧電材料の値[例:圧電樹脂膜≤ 53 pm/V、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)≤ 700 pm/V]を大きく上回る値が得られることを明らかにしました。さらに、この電界紡糸ポリスチレンマイクロファイバー膜で得られた特異な逆圧電的特性を説明する数理モデルも初めて提案しました。

圧電効果を示す樹脂製ナノ/マイクロファイバーの研究領域では、膜状態でも圧電効果を示すいわゆる圧電樹脂(ポリフッ化ビニリデンなど)を材料として用いた研究が数多く報告されているような状況でした。このようななか本研究では、汎用樹脂(ポリスチレン)であっても電界紡糸法によるマイクロファイバー化により、高度の逆圧電的特性を示すことを発見しました。従って本発見は、材料選択の範囲を広げるとともに、安価な汎用樹脂を用いることで極軽量、柔軟、優れた特性の圧力センサーやアクチュエーターが安価かつ大面積で製造できる可能性を示しました。さらに、ポーリング(注5)などの後処理を要しないため、製造工程の省工程化や省エネルギー化が期待されます。


発表内容

石井助教らの研究グループは、繊維の持つ柔軟性を活かした機能性繊維材料の開発を行ってきました。モノのインターネット(IoT)の発展に伴い、衣服や生体に装着するウエアラブルデバイスへの需要が高まるなか、軽量で機械的に柔軟、また通気性に優れる機能性繊維材料は、そのようなデバイスに高い親和性があり注目を集めています。またさまざまな機能のなかでも、圧電効果は生体の動作や心拍といった動きを捉えるセンサーとして、また振動や音声を出力するアクチュエーターとしての利用が可能であり、その用途の多さから圧電性を持つ繊維材料が広く求められています。

軽量で機械的に柔軟な圧電材料として、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)やその共重合体、ポリ-L-乳酸(PLLA)などの圧電樹脂が研究されています。圧電樹脂は主に膜状で使用されてきましたが、近年はこれらの圧電樹脂を繊維化したナノ/マイクロ圧電ファイバーの研究も多く報告されるようになりました。しかし、これらの圧電樹脂は、圧電性を向上させるためにポーリングや熱処理などの後処理が必要であり製造工程上の煩雑さがありました。また、後処理を行っても、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)などのセラミック系材料と比して圧電特性が低いという課題がありました。

これまでに石井助教らは、膜状態では圧電効果を示さない汎用樹脂 (ポリスチレン)が、電界紡糸法によってマイクロファイバー化するだけで、既成概念に反して圧電的特性(正圧電(注6)的特性)を示すことを世界に先駆けて明らかにしました(京都工芸繊維大学と北陸先端科学技術大学院大学の共同プレスリリース (注7))。しかしながら、従来の圧電材料は正圧電特性を示すことに加えて逆圧電特性も示すことが知られていますが、当該電界紡糸ポリスチレンマイクロファイバー膜が圧電材料のように逆圧電特性も示すかどうかは未だ解明できていませんでした。加えて上記の発表では、圧力をゆるやかに印加したときに発生する電荷量を測定した準静的な圧電的特性(準静的な正圧電的特性)のみの報告であり、高周波の動的な特性については未だ詳細な報告がない現状でした。

このような状況のなか、京都工芸繊維大学の石井佑弥助教、Chonthicha Iumsrivunさん(大学院生)、シンガポール国立大学のYasmin Mohamed Yousryさん(大学院生)、Seeram Ramakrishna教授、産業技術総合研究所の延島大樹研究員、植村聖研究チーム長、国士舘大学の酒井平祐准教授、シンガポール科学技術研究庁(A*STAR)のKui Yao主席研究員の共同研究チームは、本発表において、膜状態では圧電効果を示さない汎用樹脂(ポリスチレン)が、電界紡糸法によってマイクロファイバー化するだけで、圧電材料の逆圧電特性に似た電気機械特性(逆圧電的特性)を示し、またその見かけ上の圧電定数が非常に高い値を示すことを世界に先駆けて明らかにしました。

具体的には、下部電極がコートされたガラス基板上にポリスチレンからなるマイクロファイバー(平均直径:4.8 μm)を直接電界紡糸法で堆積させ、マイクロファイバー膜を製膜しました。次に、上部電極として金箔を接着し、ゆるやかに印加電圧値を変化させる準静的な電圧と高周波の交流電圧を上部電極と下部電極間に印加しました(図1)。ここで、この電圧印加時の金箔の変位(当該ファイバー膜の膜厚変化)を、レーザー変位計を用いて点もしくは面で測定することにより、印加電圧と膜厚変化の関係を測定しました(図1)。この結果、印加電圧の正負の極性と印加電圧の絶対値のそれぞれに応じて当該ファイバー膜の膜厚が増減する(図2a)という、圧電材料の逆圧電特性に似た電気機械特性(逆圧電的特性)を示すことを明らかにしました。特に高周波電圧の測定では、上部電極である金箔を接着した部分が、高周波電圧に良好に追従して面で上下する様子が確認されました(図2b)。得られた逆圧電的特性から見かけの圧電d定数を計算したところ、準静的な電圧印加の場合に30,000 pm/Vを超える値が、1 kHzの高周波の電圧を印加した場合であっても約13,000 pm/Vと、従来の圧電材料の値を大きく上回る値が得られることが明らかになりました(図3)。

続いて、当該電界紡糸ポリスチレンマイクロファイバー膜で得られた逆圧電的特性を説明する数理モデルを世界で初めて提案しました。これまでに石井助教らは、電界紡糸法で作製したポリスチレンからなるマイクロファイバー膜が、ファイバー膜の上側付近に正電荷が偏って担持され、下側付近に負電荷が偏って担持されたエレクトレット(注8)であることを報告しました(注7)。(なお、下部電極がコートされたガラス基板側を下側と表現しています) 加えて本発表においても、このユニークな帯電状態を支持するヒステリシス特性が当該ファイバー膜で初めて測定されました。この帯電状態を簡略モデル化し、かつ上部および下部電極に誘導される誘導電荷量と両電極間に生じる力を考慮することにより、上記の特異な逆圧電的特性を説明する数理モデルを構築しました。逆圧電的特性の測定データを当該数理モデルでフィッティングし、当該ファイバー膜の実効的な表面電荷密度(注9)およびヤング率(注10)を見積ったところ、良好に帯電し、かつ非常にやわらかい特性(ヤング率:1.4 kPa)を有することが示唆されました。当該数理モデルにおいて見かけの圧電d定数は、実効的な表面電荷密度に比例し、かつファイバー膜のヤング率に反比例することが示唆されており、当該電界紡糸ポリスチレンマイクロファイバー膜で得られた高い見かけの圧電d定数は良好に帯電しかつ非常にやわらかい特性(図3)に由来するものと考えられます。

加えて本研究では、当該電界紡糸ポリスチレンマイクロファイバー膜の正圧電的特性も準静的な方法および動的な方法で測定し、得られた見かけの圧電d定数の比較も行いました。この結果、逆圧電的特性から計算した見かけの圧電d定数の方が高い値を示すことが分かりました。これは、正圧電的特性を測定するときに印加する予備負荷(注11)が、非常にやわらかい当該ファイバー膜を予備負荷の段階ですでに圧縮してしまい、当該ファイバー膜が高密度化および硬化したためと考えられます。言い換えると、逆圧電的特性から計算した見かけの圧電d定数の方が、当該マイクロファイバー膜の本来の見かけの圧電d定数の値を表すものと考えられます。

本発見は、材料選択の範囲を広げるとともに、安価な汎用樹脂を用いることで極軽量、柔軟、優れた特性の圧力センサーやアクチュエーターが安価かつ大面積で製造できる可能性を示しました。さらに、ポーリングなどの後処理を要しないため、製造工程の省工程化や省エネルギー化が期待されます。今後は、電界紡糸ポリスチレンマイクロファイバー膜で発現した特異な圧電的特性のより詳細なメカニズム解明を進めるとともに、着用型の生体動作センサーやアクチュエーターとしての応用展開を目指します。

ファンディングエージェンシー:
  • 文部科学省卓越研究員事業
  • JSPS科研費 No. 19K15421
  • 公益財団法人マツダ財団第34回マツダ研究助成
本発表関連の出願特許:
  • 【発明名称】発電素子および発電素子の製造方法 【出願番号】特願2019-072448
  • 【発明名称】プラスチックナノファイバおよび光ファイバならびにプラスチックナノファイバの作製方法 【出願番号】特願2016-39381

図1

図1 逆圧電的特性の測定方法の概説図

図2

図2 (a)電界紡糸ポリスチレンマイクロファイバー膜にゆるやかに電圧を印加したときの上部電極(金箔)の変位(準静的な逆圧電的特性)。(b)高周波(1 kHz)の交流電圧を電極間に印加したときの3次元変位像(最大変位時)

図3

図3 代表的な圧電材料および本発表の電界紡糸ポリスチレンマイクロファイバー膜の見かけの圧電d定数とヤング率

発表雑誌

雑誌名: Macromolecular Rapid Communications
DOI: https://dx.doi.org/10.1002/marc.202000218 (Early Viewにて2020年6月29日にweb公開)
論文タイトル: Electromechanically active as-electrospun polystyrene fiber mat: Significantly high quasistatic/dynamic electromechanical response and theoretical modeling
著者: Yuya Ishii, Yasmin Mohamed Yousry, Taiki Nobeshima, Chonthicha Iumsrivun, Heisuke Sakai, Sei Uemura, Seeram Ramakrishna, and Kui Yao
付記: Macromolecular Rapid Communications誌掲載巻号のFront Coverに選定されています。なお、Front Coverは巻号が付与された時点で公開されます。


用語解説

(注1)圧電
本資料では、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)や圧電樹脂などの圧電材料の多結晶体に生じる正圧電現象(注7)と逆圧電現象(注3)を総じて圧電と表現している。[参照元へ戻る]
(注2)電界紡糸法
樹脂の溶液もしくは溶融体を高電圧で帯電させ、静電引力によりナノ/マイクロファイバーを紡糸する方法 [参照元へ戻る]
(注3)逆圧電
PZTや圧電樹脂などの圧電材料の多結晶体に電場を加えると、ひずみが生じて変形する現象 [参照元へ戻る]
(注4)圧電d定数
圧電特性の指標の一つ。なお、図2(a)に示す繊維膜の膜厚変化-印加電圧特性の傾きを見かけの圧電d定数と定義している。[参照元へ戻る]
(注5)ポーリング
高電界などを利用して物質内の電荷の偏りの方向をそろえる処理方法 [参照元へ戻る]
(注6)正圧電
PZTや圧電樹脂などの圧電材料の多結晶体に圧力を加えるとひずみが生じて電圧が発生する現象 [参照元へ戻る]
(注7)
京都工芸繊維大学、北陸先端科学技術大学院大学“汎用プラスチックの極細繊維で圧力センシング-ウェアラブルな生体動作センサや発電素子の低コスト化と省工程化に貢献-”2019年7月29日. https://www.kit.ac.jp/2019/08/news190805/ [参照元へ戻る]
(注8)エレクトレット
半永久的に電荷を保持する材料 [参照元へ戻る]
(注9)実効的な表面電荷密度
ファイバー膜を直方体と仮定し、かつ上下電極側の面の表面のみが帯電していると仮定したときの実効的な当該表面の帯電電荷密度 [参照元へ戻る]
(注10)ヤング率
物質のやわらかさや硬さを表す指標の1つ [参照元へ戻る]
(注11)予備負荷
正圧電的特性の測定で用いる上部金属電極端子とファイバー膜の接触を保証するために予備的に印加する圧力。特性測定時の印加圧力には予備負荷の値は含んでいない。[参照元へ戻る]


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