国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)地質調査総合センター 地質情報研究部門【研究部門長 田中 裕一郎】は、愛知・岐阜県境の明智地域での地質調査の結果をまとめた5万分の1地質図幅「明智」(著者:山崎 徹・野田 篤・尾崎 正紀)を刊行した。
明智地域は、人口密集・工業中核地域のひとつである中京圏の北東部に位置し、近い将来に発生が予測されている南海トラフ地震による強い揺れが想定されている。この地域の地質は、中生代白亜紀に形成された火山の深部の岩石が冷え固まった領家深成岩類と、かつて地下深部に存在し、高温・高圧の変成作用を受けた領家変成コンプレックスとが分布の大半を占める。これらから構成される領家帯は、わが国において最も研究史の長い、学術的に重要な地質体のひとつである。今回の5万分の1地質図幅の刊行により、明智地域の現時点での最新の地質情報を網羅した詳細な地質の分布や構造が明確になったことで、防災・減災対策や学術研究の基礎資料として、また、土木・建築、工業、観光資源などへの活用が期待される。
この地質図幅は産総研が提携する委託販売店(https://www.gsj.jp/Map/JP/purchase-guid.html)より3月10日から委託販売を開始する。
5万分の1地質図幅「明智」
愛知県と岐阜県の県境に位置する明智地域の南西には、名古屋市を中心とした中京圏が位置する。中京圏は、人口密集地域であるとともに自動車産業などの工業生産中心地のひとつでもあり、近い将来に発生が予測されている南海トラフ地震で強い揺れに見舞われることが想定されている。また、明智地域北西部に分布する瀬戸層群は美濃焼や瀬戸物の窯業原料として長い歴史をもっており、中京地域の窯業を支えている。こうした産業上の重要性や災害軽減のためにも高精度な地質図の作成が求められていたが、5万分の1縮尺の最新・高精度の地質図が作成されていない状況であった。
明智地域を含む三河–東濃地域は、学術的には、領家帯の模式地のひとつとして重要な地域であり、中生代白亜紀に日本列島の地下深部を構成していた地質が、現在地表に露出している。さらに、この地域には、わが国の社会経済にとっても重要な都市・工業地域が分布する。このような学術的、社会的背景を踏まえ、南海トラフ地震に対する防災・減災の観点から、中京圏の都市周辺の基盤岩類を構成する地域の地質情報を5万分の1地質図幅「豊橋及び田原」(2008)、「御油」(2008)、「足助」(2012)と重点的に整備してきた。明智地域は足助地域の北に隣接し、これらの重点的整備の一環として2012年度から地質調査・研究を進めてきた。
明智地域の詳細な地質調査により、岩体・地層の分布や産状などの観察を行い、採取した試料の顕微鏡観察・化学分析・年代測定などを行った。これらの研究成果に加えて、明智地域を対象としたこれまでの調査・研究の結果も勘案して、最新の情報に基づく地質図幅としてとりまとめた。これにより、約1億年前から現在までの明智地域の地史(図1)や詳細な地質の分布が明らかとなり、太平洋岸の「豊橋及び田原」地域から南北4区画の連続する地域の、統一的な視点からの地質分布状況を明らかにした。一般に地層や岩体は5万分の1地質図幅の範囲を超えて広域に分布することが多いため、今回、明智地域の地質図が完成し、連続した地域の統一的な視点に基づいた地質図が整備されたことによって、地質情報の利便性が向上し、さまざまな用途の基礎資料としてより活用されることが期待される。
明智地域全体の基盤岩を構成する、白亜紀の高温型変成岩類である領家変成コンプレックスと、それらに貫入する白亜紀の領家深成岩類は、日本列島の地下深部を構成していた岩石が地表に露出したものと考えられている。このような場所は、通常は間接的な手段でしか知ることのできない地下深部の情報や現象を、直接的に観察・検討できる貴重な場である。例えば、領家深成岩類の主要な構成岩石である花崗岩類は、一般に地下深部で珪長質マグマがゆっくりと冷え固まって形成される岩石で、同時に共存した苦鉄質マグマと完全に混じりあうことなく固結したマグマ混合様の産状をしばしば示す(図2)。このような産状は、現在の活火山の深部で生じている現象のいわば化石であり、地表での火山の噴火様式の理解や、その違いによる被害などの予測につながる基礎的な学術情報となる。その一方で、領家深成岩類を構成する花崗岩類は、風化によりマサ(真砂)化しやすい。マサ化した花崗岩類の分布域では、大雨によって急斜面での斜面崩壊や、谷底の花崗岩起源の土砂の流出によって土石流が発生する危険性があり、明智地域の領家深成岩類分布域では、過去にこれらの災害が発生している。今回の地質図では、領家深成岩類を構成する岩石の種類の違いによって、地表部の風化の程度や、それによって形成されたマサの流出の面積に系統的な違いがあることが明瞭に図示されており、斜面災害を軽減するための基礎資料として活用されることも期待される。
領家深成岩類の風化によるマサは、地質災害をもたらす可能性がある一方、人間の生活に有益な資源としても利用されている。愛知県瀬戸市・豊田市から岐阜県東濃地方に分布する瀬戸層群の粘土層は、主として花崗岩類の風化物を起源とし、古来より美濃焼や瀬戸物の窯業原料として利用されてきた。これらの粘土層は、耐火度・色・構成鉱物などの違いから、蛙目(がえろめ)粘土と木節(きぶし)粘土に大きく区分される。蛙目粘土は鉄分や有機物が少ないために白く焼き上がること、焼成収縮率が低いために亀裂ができにくいことなどから、陶磁器・碍子・衛生陶器・タイルなどの重要な原料となっている。木節粘土は可塑性が高いため、耐火物・陶磁器・鋳物用耐火物・炉材などに使用される。長年の採掘により、近年では良質な原料の枯渇が進んでいるが、広く分布し未採掘な、やはり花崗岩類の風化物からなる「青サバ」と呼ばれる資源が新たな窯業原料として注目されている(2019年2月4日産総研 主な研究成果)。今回の地質図により、明智地域での瀬戸層群の分布や岩相が明らかとなり、今後の資源としての活用に資することが期待される。
図1 明智地域の地質を総括した図
図2 明智地域の領家深成岩類中に観察されるマグマ混合の産状
混合時に暗色部の苦鉄質マグマ(安山岩質マグマ)は1,000℃程度、明色部の珪長質マグマ(花崗岩質マグマ)は700℃程度であったと考えられる。この温度差と物性・組成の違いによって、暗色の苦鉄質マグマは急冷され不規則な境界をもった球状(図2左)の産状となり、さらに周囲の珪長質マグマが貫入し、相互の貫入しあう産状(図2右)を示している。
現在、明智地域の南西の、より都市部に近い豊田地域の地質図幅の刊行準備を進めている。周辺地域には地質図幅が未刊行の地域が多いことから、今後も5万分の1の地質図幅を引き続き刊行していく。