国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)電子光技術研究部門【研究部門長 森 雅彦】分子集積デバイスグループ 樂 優鳳 研究員、則包 恭央 研究グループ長は、有機化合物の一種であるコハク酸誘導体が自己組織化で形成する二分子膜をテンプレートとして用いた、単結晶金ナノ材料の簡便な合成法を開発した。
金の微粒子(金ナノ材料)は、導電材料、太陽電池、センサープローブ、触媒などで利用されており、通常は、金イオンの溶液を還元して得られる。しかし、金ナノ材料のサイズや形状の均一性や結晶成長方向を制御することが困難なため、従来の作製法では、長時間の複雑な反応を要し、コストや環境負荷が高いことが問題であった。今回、コハク酸の誘導体が、短時間で金イオンを還元できること、この化合物が形成する二分子膜がテンプレートとして金ナノ材料の結晶成長方向を制御できることを見いだした。今回開発した方法により、厚みが約数十ナノメートル(nm)、横幅が約6マイクロメートル(μm)のシート状の金ナノ材料(金ナノシート)の集合体を合成できた。この金ナノシートの集合体は柔らかく、成型が容易であり、得られたそのままの状態でも導電性を示すが、圧縮によって導電性が大幅に向上する。今回の成果で、金ナノ材料のサイズ、形状の均一性、結晶成長方向を制御でき、かつ高速な製造法への道が開けた。
本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に、2020年1月29日(英国標準時間)に公開される。
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コハク酸誘導体が形成する二分子膜を用いて、一段階反応で金ナノ材料を合成 |
金ナノ材料は、その大きさに依存した特徴的な色を示すが、歴史的には古くからステンドグラスなどで用いられてきた。近年、導電材料、太陽電池、医薬品、病原体を検出するセンサープローブ、触媒などへの幅広い分野での利用が期待されている。
金ナノ材料は、一般的に、金イオンを含む溶液に還元剤を添加、金イオンを還元して作製される。しかし、金ナノ材料のサイズ、形状の均一性や結晶成長方向を制御することが困難なため、従来は、複雑な方法が用いられコストや環境負荷が高いことが問題であった。例えば、金ナノ材料を良好に分散し形状を保持するために、分散剤や保護剤などの添加剤を加えたり、長時間、多段階反応や遠心分離による精製などの複雑な方法が用いられたりしている。さらに、還元剤には水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)、溶媒には有機溶剤などの危険物が多用されている。そのため、より簡便で、環境親和性が高く、省エネで、粒子のサイズや形状を制御可能な金ナノ材料の作製方法の開発が課題であった。
産総研は、これまでにエレクトロニクスや製造プロセス分野での技術革新をもたらすべく、電子材料をはじめとする応用技術開発を推進している。その中でわれわれは、有機分子の自己組織化を利用した新規材料やプロセスの研究開発に取り組んできた。今回、有機化合物の一種であるコハク酸誘導体が形成する二分子膜をテンプレートとした金ナノ材料の作製に取り組んだ。
今回、コハク酸の誘導体が金イオンの還元剤、生成する金ナノ材料の分散剤として働き、しかも、この化合物が形成する二分子膜がテンプレートとして働くため、金ナノ材料の結晶成長方向が2次元方向に制御されて、シート状の金ナノ材料(金ナノシート)が生成することを見いだした。金イオンの溶液とコハク酸誘導体の溶液を適切な温度で混合するだけで金ナノシートが生成する(図1)。例えば、金イオンの水溶液(テトラクロロ金(III)酸、2 mmol/L)とコハク酸誘導体であるドデセニルコハク酸(DSA)の水溶液(約0.3 mol/L)を混合し、53℃に保持すると、溶液の色が変化し始め、約15分後には金ナノ材料に由来する特徴的な色(ワインレッド)が現れる。約1.5時間で、図2aに示すような金ナノシートが得られた。従来の金微粒子の合成方法では、一般的に5~12時間程度の反応時間を必要としたことから、本方法により短時間での合成が可能になった。この方法は、金イオン以外に一種類の試薬のみを用い、しかも、水中での攪拌が不要な反応であるため、従来法よりも低環境負荷である。
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図1 ドデセニルコハク酸が形成する二分子膜をテンプレートとした金ナノシートの成長の模式図 |
図2aに、得られた金ナノシートの走査型電子顕微鏡写真を示す。この金ナノシートのサイズは、厚みが約十ナノメートル(nm)、横幅が約6マイクロメートル(μm)であった。X線回折を測定すると、金(111)面に由来する回折ピークが主に観測され、金ナノ材料は(111)面に配向した単結晶の集合体であることを確認した。 (図2b)。また、この粒子についてエネルギー分散型X線分析法を用いて元素分析を行うと、金に加えて、炭素や酸素も検出され(図2c)、コハク酸誘導体に由来する有機分子が金ナノシート表面に付着して分散剤として作用していることが分かった。
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図2 得られた金ナノシート
(a) 走査型電子顕微鏡、(b) X線回折、(c) エネルギー分散型X線分析法による観察
Au:金、C:炭素、O:酸素 |
得られた金ナノシートを集めた集合体は柔らかく、室温において指で押すだけでも変形した。さらに型で押すことにより成型でき、マイクロメートルスケールの凹凸パターンの作製が可能である(図3a)。また、この成型体を250℃以上に加熱すると、金ナノシート表面に付着していた有機物が除去され、より純度の高い金の成型体が得られる。このように、金ナノシートを集めた集合体は粘土のように成型可能であり、金粘土として使用することが可能である。
金ナノシートの集合体は、得られたそのままの状態でも導電性を示すが、圧縮すると導電性が大幅に向上する(図3c)ため、それを利用して導電性ペーストやインクへの適用が考えられる。例えば、電気抵抗率は初期では約5x10-5 Ω m程度であるが、圧縮により3x10-7 Ω mに低下した。これはバルクの金の電気抵抗率(2.4x10-8 Ω m)に迫る。これは、粒子間の隙間が圧縮により消失するためである(図3b)。
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図3 (a) 金ナノシートの集合体と室温での型押しによる成型、(b) 型押し前後の金ナノシートの集合体の走査型電子顕微鏡像、(c) 金ナノシートを圧縮した際の電気抵抗率変化 |
今後は、金ナノシートの用途開発を進める。また、金ナノシートのサイズ分布がより均一になる作製法の開発とともに、任意の形状の金ナノ材料を簡便に作製する方法の開発に取り組む。