東京大学大学院新領域創成科学研究科、同マテリアルイノベーション研究センター、東北大学大学院理学研究科、大阪大学大学院基礎工学研究科、筑波大学大学院数理物質科学研究科、広島大学大学院理学研究科、スタンフォード大学SLAC国立加速器研究所、産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ(注1)、物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)の共同研究グループは、有機半導体単結晶超薄膜が基板に吸着する際の分子形状を0.1ナノメートル(100億分の1メートル)の精度で決定することに成功しました。その結果、比較的剛直な構造を持つ有機半導体であるにもかかわらず、基板に物理吸着することで、100兆個以上におよぶ全ての分子が同じように形状を変えることを明らかにしました。この物理吸着に伴う分子形状の変化は、超薄膜の厚さを制御することで抑制され、半導体デバイスの性能指標である移動度(注2)が40%以上向上することも明らかにしました。
本研究成果は、英国科学雑誌「Communications Physics」2020年1月23日版に掲載されます。本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金「単結晶有機半導体中電子伝導の巨大応力歪効果とフレキシブルメカノエレクトロニクス」「有機単結晶半導体を用いたスピントランジスタの実現」(研究代表者:竹谷 純一)の一環として、一部の実験は高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所フォトンファクトリー(注3)BL-3A、SLAC SSRL BL8-2ビームラインを利用して行われました。
[研究の背景・先行研究における問題点]
有機分子は炭素原子が共有結合で結びついた化学構造を持ち、一般的に構造式を用いてユニークな分子一つ一つを区別することができます。一方で、同一の構造式を有する有機分子でも、結合の回転の自由度に起因する分子の形状(立体配座)の違いや、多数の分子が集合した際の並び方(集合体構造)の違いよって、その化学的・物理的特性が異なることが知られています。したがって、有機分子材料にさまざまな機能性を付与するためには、分子一つ一つの化学構造だけでなく、分子の形状と集合体構造を最適化する必要があります。
パイ共役系という化学構造を持つ有機分子は半導体的な性質を示し、有機溶媒に溶かしたインクとすることで、印刷プロセスを用いて柔軟性のあるデバイスを作製できることから、次世代半導体材料として期待されています。
本研究グループではこれまでに、厚さわずか数分子層(10ナノメートル程度)からなる有機半導体単結晶超薄膜を大面積で塗布可能な印刷手法を開発しました(J. Takeya, et al., Scientific Reports 2019 http://www.k.u-tokyo.ac.jp/info/entry/22_entry777/)。この超薄膜中では、1cm2あたりに100兆個以上の分子が自ら集合することで高品質の単結晶が形成されるため、半導体の性能を示す移動度の値として、実用化の指標である10cm2/Vsを超える性能を有することが分かってきました。しかしながら、高品質の有機半導体単結晶薄膜を構成する分子一つ一つの形状は電子の輸送に少なからず影響を与えるにも関わらず、基板界面の分子の形状を精密に計測することは極めて困難でした。
[研究の内容]
今回、本研究グループは印刷プロセスを用いて半導体のインクから有機半導体単結晶の単分子薄膜を作製しました(図1)。基板の上に保持された半導体インクの表面では、たくさんの分子が自ら集合し、薄膜を形成します。インクと気相(気液界面)で得られた薄膜は、インクの乾燥に伴い基板上に貼り付きます(物理吸着)。このような薄膜に対して、国内外の放射光施設を駆使してX線の反射や吸収の精密計測に取り組みました。そうすることで、有機半導体単結晶の基板界面の分子の形状を0.1ナノメートルの精度で決定することに成功しました(図2)。その結果、基板に物理吸着するだけで、100兆個以上におよぶ全ての分子の形状が同じように変化することを世界で初めて明らかにしました(図3)。また、この基板界面付近の分子形状の変化は、厚さが4ナノメートルの1分子層からなる膜でのみ観測され、超薄膜の厚さを制御することで、物理吸着による分子形状の変化が抑制され、電子状態が変化するとともに移動度が40%以上向上することも明らかとなりました。
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図1 印刷プロセスを用いた有機半導体単結晶薄膜の製造手法。基板の上に保持された半導体インクの表面では、多数の分子が自ら集合し、薄膜を形成する。インク表面で得られた薄膜は、インクの乾燥に伴い基板上に物理吸着する。 |
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図2 X線反射測定から得られた深さ方向の電子密度プロファイル。電子密度は、分子の重心位置(図1の中心のベンゼン環)を中心に対称なはずであるが、1分子膜では基板側の電子密度が減って、非対称になっている。 |
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図3 左)C8-DNBDT-NW元々の結晶構造。それぞれの分子は、基板に対して真っすぐに立った構造をとる。
右)物理吸着により分子変形が生じた際の結晶構造(密度汎関数法を用いた理論計算からの予想)。基板側の分子骨格が一斉に歪んでいる。 |
[社会的意義]
有機半導体は有機分子の中でも比較的剛直な骨格を有しているため、その結晶においても分子の形状は変わらないとされていました。したがって、有機半導体の高性能化には、合成化学により分子一つ一つの化学構造を制御し、適切な分子結晶をデザインすることが一般的でした。本研究で明らかとなった物理吸着による分子形状の変化は、この常識を打ち破る結果であり、今後、デバイス作製時の異種材料界面を制御することで、有機エレクトロニクス材料のさらなる高性能化・高機能化が期待されます。
山村 祥史(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 博士課程3年生)
藤井 宏昌(大阪大学大学院基礎工学研究科物質創成専攻/東北大学大学院理学研究科物理学専攻 博士課程3年生)
小笠原 寛人(スタンフォード大学SLAC国立加速器研究所 Staff Scientist)
高橋 修(広島大学大学院理学研究科化学専攻 准教授)
小林 伸彦(筑波大学数理物質系物理工学域 准教授)
若林 裕助(東北大学大学院理学研究科物理学専攻 教授)
渡邉 峻一郎(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 特任准教授/産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務)
竹谷 純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授/マテリアルイノベーション研究センター(MIRC) 特任教授 兼務/産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務/物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)MANA主任研究者(クロスアポイントメント))
雑誌名:「Communications Physics」(オンライン版:1月23日)
論文タイトル:Sub-molecular structural relaxation at a physisorbed interface with monolayer organic single-crystal semiconductors
著者:Akifumi Yamamura, Hiromasa Fujii, Hirohito Ogasawara, Dennis Nordlund, Osamu Takahashi, Yutaro Kishi, Hiroyuki Ishii, Nobuhiko Kobayashi, Naoyuki Niitsu, Balthasar Blülle, Toshihiro Okamoto, Yusuke Wakabayashi*, Shun Watanabe*, and Jun Takeya*
DOI番号:10.1038/s42005-020-0285-7