NEDOは革新的構造材料などの研究開発事業に取り組んでおり、今般、同事業で、新構造材料技術研究組合(ISMA)の組合員である産業技術総合研究所とともに、輸送機器の構造材料・部品などの非破壊分析向けに小型中性子解析装置を開発しました。
本装置は、解析用の放射線として透過力の高い中性子線を用いることで、従来のX線では透過できなかったセンチメートル厚の金属部品などの内部の結晶情報を非破壊で分析することを可能にしました。また、装置が小型である上、小規模体制での運営により、産業ユーザーからの試料サイズや装置利用時間に関する要望にも柔軟に対応しやすく、健全性の高い構造材料・部品の開発と輸送機器の軽量化の促進につなげられます。
今後、中性子線の安定化や検出器の高感度化など装置の性能向上を進め、2020年度での本格稼働を目指します。本装置を、構造材料・部品開発における高性能な非破壊分析手法として確立することで、輸送機器軽量化の進展に貢献します。
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図1 開発した小型中性子解析装置の概要 |
自動車などに代表される輸送機器の軽量化は、省エネ化の促進や二酸化炭素排出量の削減に直結する重要な技術開発の一つと位置付けられています。そこで最近は、さまざまな軽量部材で輸送機器を構成(マルチマテリアル化)することで、総合的な軽量化が図られています。その場合、材料の物性はそれぞれ異なるため、組み合わせ部材の健全性が重要になります。健全性の評価には、非破壊検査を通じて結晶のひずみなどの変化を分析できることが必要です。
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、X線よりも透過力が高い中性子線※1に着目し、革新的構造材料などの研究開発事業※2において、中性子線を用いたマルチマテリアル部材などの解析手法の確立を進めてきました。中性子線は多くの材料に対して物質透過能力が高いため、非破壊分析に有効です。例えば、X線ではほとんど透過できない厚さ5ミリメートルの鉄でも、中性子線は50%程度透過します。さらに中性子の透過強度測定・解析により、材料の結晶のひずみなどの情報を画像化できます(この分析法はブラッグエッジイメージング法※3(図2)と呼ばれています)。同事業の中で、新構造材料技術研究組合(ISMA)の組合員である国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)は、2017年度から、輸送機器の構造材料・部品などの非破壊分析向けに、産総研つくばセンター(茨城県つくば市)内で10~20メートル規模と比較的小型の中性子解析装置の開発を開始しました。
そして今般、世界で初めてブラッグエッジイメージング法に特化した小型装置を協力機関※4とともに短期間で開発し、最初の中性子の発生と結晶情報を含む透過スペクトルの計測に成功しました。金属などで構成する部品や材料内部の広い面積(現状10センチメートル角)の結晶構造情報(結晶相やひずみなど)を、二次元画像として非破壊で観測できます。小型のため、使用時は専有となり自由な条件設定が可能なほか、小規模体制での運営により、産業ユーザーからの装置利用時間などに関する要望にも柔軟に対応できます。また、自動車部品を想定して、さまざまな試料サイズに適応できる試料室も設けました。これらにより、健全性の高い構造材料・部品の開発と輸送機器の軽量化の促進につなげられます。
なお、本装置の詳細を、2020年1月29日から1月31日まで東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催される「nano tech 2020 第19回 国際ナノテクノロジー総合展・技術会議」のNEDOブースで紹介します。また、2月28日にイイノホール&カンファレンスセンター(東京都千代田区)で開催される「革新的新構造材料等研究開発2019年度成果報告会」でも説明する予定です。
(1)ブラッグエッジイメージング法
中性子を用いた分析法として、本事業では、試料の結晶構造情報を得るためにブラッグエッジイメージング法(図2参照)という新しい手法を採用しました。そしてこの手法に特化した小型中性子解析装置の開発を2017年度より開始し、中性子の発生と結晶情報を含むブラッグエッジスペクトル※5の計測に成功しました。このブラッグエッジスペクトルを二次元検出器の各画素で計測して、各画素の結晶情報を画像化したものが、ブラッグエッジイメージングになります。今回の計測結果は試料全体のブラッグエッジスペクトルですが、今後の本格稼働によってブラッグエッジイメージングの計測が可能になります。
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図2 ブラッグエッジイメージング法の概念図 |
(2)高強度電子加速器の設計・開発
本装置は、電子加速器※6、中性子発生源と計測ビームラインで構成されています(図1)。電子加速器で電子ビームを発生・加速させ、中性子発生源でこの電子ビームを中性子線に変換し、計測ビームラインでブラッグエッジイメージングの計測を行います。
ブラッグエッジイメージング法に最適化した中性子線を得るために、強度と中性子エネルギー(波長)分解能を両立しやすい高出力の電子加速器として、電子加速エネルギー:最大40メガ電子ボルト、電子ビーム出力:最大約10キロワットのものを設計・開発しました。
(3)強い中性子線強度と高い中性子エネルギー分解能
中性子発生源では、電子ビームが照射された重金属ターゲットから発生する高エネルギー中性子線を、中性子減速材※7によって減速させて、ブラッグエッジイメージング法に有用な低エネルギー中性子線(熱中性子線)を発生させます(図3)。中性子線の強度とエネルギー(波長)分解能の高さを両立できるように、減速材の構成材料とサイズを最適化しました。(2)と併せて、小型装置としては高い中性子線強度と大型装置に迫る高い中性子エネルギー分解能を持たせました。
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図3 低エネルギー中性子線の発生法概念図 |
(4)材料分析に適した中性子線の発生
中性子減速材として容易に利用できるポリエチレンを用いて、材料分析に適した波長(サブナノメートル付近)の低エネルギー中性子線(熱中性子線)を発生できることを確認しました(図4の黒線部)。さらに厚さ10ミリメートルの鉄板試料のブラッグエッジスペクトルの計測にも成功(図4の赤線部)し、内部の結晶構造を反映したスペクトル(結晶面110、200、211での反射など)を確認しました。
さらに、固体メタンを中性子減速材に用いると、金属材料のブラッグエッジイメージング法により適した波長域(0.3~0.5ナノメートル程度)で強い強度の中性子線を発生できるため、現在その準備を進めています。
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図4 本装置で発生した中性子の波長スペクトル |
(5)広い試料スペース
中性子計測用ビームラインには、大きな自動車部品の計測が可能なように、幅4メートル、高さ2メートル、奥行き5メートル程の試料スペースを設置しました。二次元検出器(現在は10センチメートル角、空間分解能約1ミリメートル)を用いることで、材料内部のさまざまな性質(結晶子サイズや結晶構造のひずみ、結晶配向の結晶情報など)を画像情報として非破壊で観測できます。
NEDO、ISMAならびに産総研は、今後、中性子ビームの安定化、検出器の高感度化・高分解能化を進めながら、自動車部品などの非破壊分析を進めていきます。また、中性子は水素にも高い検出能力を持つため、本装置は接着剤中への水分の浸透分析のほか、比較的大きい試料スペースを活かして自動車部品などを丸ごと透視し、健全性などを非破壊で分析するといった使い方も将来的に期待できます。製品開発のための材料内部情報をユーザーフレンドリーに視覚化して提供することや、利用者の要求に応じた装置利用時間の提供など、産業界のユーザーが利用しやすい体制の構築を目指します。