国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)活断層・火山研究部門【研究部門長 伊藤 順一】 藤原 治 副研究部門長と静岡県立 磐田南高等学校【校長 赤塚 顕宏】 青島 晃 教諭らは、静岡県西部の太田川低地から7世紀末と9世紀末の津波堆積物を発見し、歴史記録上未確認であった2回の東海地震の発生を確認した。南海地震が684年と887年に発生したことは歴史記録にあるが、同時代の東海地震については確実な歴史記録がない。特に887年の南海地震では東海地域も含む広い範囲で強い揺れを感じたという記録があり、今回の津波堆積物の発見により東海地震も同時に発生したことが確認された。これにより過去1300年について東海地震がいつ発生し、それが南海地震とどういうタイミングであったかをより詳しく明らかにした。
なお、この成果の詳細は、2019年11月18日(グリニッジ平均時)にQuaternary Science Reviews誌で公開される。
|
南海トラフで起こる巨大地震に関する既存の研究のまとめと今回の発見 |
南海トラフで起こる巨大地震がどのようなタイミングや規模で繰り返してきたかは、今後の巨大地震の発生時期や規模の推定に重要な知見であり、主に歴史記録に基づいて復元されてきた。しかし、現存する歴史記録の量や質には時代や地域によって差があり、文書から確実に分かる最古の東海地震は1096年永長地震である。684年白鳳地震以降の歴史記録がある南海地震に対し、東海地震については7世紀から11世紀に歴史記録の空白期間があった。887年の南海地震では、東海地域も含む広い範囲で強い揺れを感じた記録があり、東海・南海地震が同時に発生した可能性が指摘されていた。また、684年の南海地震では、考古遺跡で見つかった液状化の痕跡から、近い時期に東海地震が発生した可能性が指摘されていた。しかしいずれも、これまで東海地震の特徴である津波の証拠はなく、東海地震と南海地震の発生時期や連動性を議論する上で支障となっていた。巨大地震の発生時期や規模の推定のために、7世紀から11世紀の地震記録の空白期間を埋める、南海トラフで起こった巨大地震の痕跡の発見が求められていた。
限られた歴史記録を補い、南海トラフで繰り返し起こる巨大地震の発生時期や規模をより正確に推定するため、産総研は南海トラフ沿岸などで津波堆積物などの地質学的調査を行ってきた。通常のボーリング調査などによる津波堆積物の研究では、河川堆積物や台風による洪水堆積物との区別、津波の遡上した距離の推定、信頼性の高い多数の年代測定試料の確保などが課題となることが多い。また、都市化や農耕の影響を避けて、地震や津波の記録が残っている場所の選択も重要な課題である。
そこで今回、農耕に向かない低湿地が江戸時代の初めまで広く残っており、歴史記録の空白期間を埋める記録が保存されていた静岡県西部の太田川低地に注目した。太田川の河川拡幅工事で現れた海から陸へ向かって約1㎞にわたって連続する深さ約4 mの地層断面を対象に、3年間にわたって津波堆積物の調査を行った。
津波堆積物は、湿地で堆積した地層の中に砂層として存在する(図1)。海から内陸へ向かって砂層が薄くなり、含まれる砂粒が細かくなることや、内陸へ遡上する流れの方向を示す特徴などにより、洪水や河川の堆積物と区別できる。太田川低地では4枚の津波堆積物が発見され、それら津波堆積物の特徴の一つは「ザクロ石」を含むことである。太田川低地周辺の砂の鉱物組成の研究によれば、「ザクロ石」は太田川の川砂には含まれないが、静岡県西部の海岸の砂には多く含まれている。ザクロ石を含むことは、遡上した津波で運ばれたことを示している。また、津波堆積物の内陸側の分布は少なくとも津波発生当時の海岸線から2㎞以上で、高潮では説明できない大きな遡上距離を示す。津波堆積物の内部には、大波が何度も繰り返し遡上したことを示す構造も見られた。
地層断面から、植物の断片などを採取し、加速器質量分析計を用いて放射性炭素年代を測定した。津波に巻き込まれた植物の断片は、津波発生時期の年代を示すと考えられるからである。複数の試料を用いて測定された年代値の統計処理により、津波堆積物の堆積年代として最も可能性が高い年代値を計算した。
4枚の津波堆積物の年代は7世紀末頃、9世紀末頃、11世紀から12世紀、15世紀後半から17世紀初頭と推定された。推定された津波の発生時期と歴史地震との対応を、先行研究も参考にして検討した結果、時代の新しい2つは、それぞれ1096年永長地震と1498年明応地震による津波と考えられる。9世紀末頃に津波が発生したことは、歴史記録にある強い地震動の記述と併せて、887年に南海地震と同時に東海地震が起きたことを裏付ける。7世紀末頃の津波堆積物も、強い地震動の考古学的証拠と併せて東海地震の発生を示すが、684年の南海地震と同時かどうかは分からない。
先行研究も総合して東海地震と南海地震の繰り返しをまとめたものが冒頭の図である。発生したことが確実な東海地震は、7世紀末、887年(南海地震と同時)、1096年、1361年、1498年、1707年(南海地震と同時)、1854年、1944年の8回で、1614年にも発生した可能性がある。南海地震は684年、887年、1361年(東海地震の2日後)、1707年、1854年(東海地震の32時間後)、1946年に発生したことが確実で、1099年と1614年にも発生したと推定される。過去1300年間では、東海地震と南海地震が同時発生したことが2回ある(1707年宝永地震と887年仁和地震)。その他の場合も東海地震と南海地震は2日から数年程度の間隔で起きている(1498年明応地震に対応する南海地震は未確定)。
|
図1 太田川の河川改修工事で現れた津波堆積物 |
津波堆積物は主に砂層からなり、上下の地層(粘土層)よりも風雨による侵食に弱いため、溝状に窪んでいる。1096年永長地震による津波堆積物は細粒かつ薄層で断続的に分布しており、この写真では視認できない。地層断面の高さは約4.5 m。 |
太田川低地の工事現場での調査は終了した。今後はそれぞれの地震・津波の規模(震源域の広がり)の復元が課題である。そのために、太田川低地などでの津波の遡上範囲の復元や、遠州灘とその周辺で地震に伴う海岸の隆起・沈降が起きた範囲の復元などを行う。
論文タイトル:Tsunami deposits refine great earthquake rupture extent and recurrence over the past 1300 years along the Nankai and Tokai fault segments of the Nankai Trough, Japan
著者:Osamu Fujiwara1, Akira Aoshima2, Toshiaki Irizuki3, Eisuke Ono4, Stephen P. Obrochta5, Yoshikazu Sampei3, Yoshiki Sato1 and Ayumi Takahashi6
掲載誌:Quaternary Science Reviews 誌(Elsevier B.V.)(電子ジャーナル掲載予定日 2019年11月18日(グリニッジ平均時))
1)産業技術総合研究所地質調査総合センター
2)静岡県立磐田南高等学校
3)島根大学総合理工学部地球科学科
4)新潟大学教育学部(現駒澤大学文学部)
5)秋田大学国際資源学研究科
6)島根大学総合理工学部(研究当時)