国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)構造材料研究部門【研究部門長 吉澤 友一】光熱制御材料グループ 岡田 昌久 主任研究員、山田 保誠 研究グループ長らは、先端素材高速開発技術研究組合【理事長 腰塚 國博】(以下「ADMAT」という)と共同で、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下「NEDO」という)のプロジェクトにて、粒子径の揃った機能性酸化物ナノ粒子を高速に合成する手法を開発した。
今回、急速加熱が可能なマイクロ波反応容器を用いた水熱合成法により、サーモクロミック特性を示す二酸化バナジウム(VO2)ナノ粒子を従来の30分の1程度の短時間で合成する手法を開発した。この手法により、合成時間を大幅に短縮できるだけでなく、粒子径が揃い、粒子径の小さなVO2ナノ粒子を合成できる。さらに、VO2ナノ粒子の物性を変化させるための元素を従来よりも高濃度に添加することもできる。
今後は、計算(予測・材料設計)・プロセス(試作)・計測(評価)の技術開発を三位一体で進めることにより、機能性ナノ粒子分散材料の開発を高速化するための基盤の構築を目指す。
|
マイクロ波水熱合成プロセスの特徴(左)、
VO2ナノ粒子の走査型電子顕微鏡写真とVO2ナノ粒子を用いたサーモクロミックフィルムの外観(右) |
ハイブリッド自動車や電気自動車などの次世代自動車では、エンジンの排熱などが利用できないため冬場の暖房負荷が大きい。そのため、夏場の冷房負荷と冬場の暖房負荷の両方が航続距離の減少の大きな要因である。そこで、夏場は冷房負荷と日射のジリジリ感を低減し、冬場は太陽光の日射エネルギーを利用してポカポカ感を得るという観点から、光の透過率を制御できるスマートウィンドウが注目されている。現在市販されているスマートウィンドウは可視光域の調光に主眼が置かれているが、自動車で用いる際には視認性を確保するため、可視光域は調光せず(見た目が変わらない)、近赤外光域の熱線だけを調光する特性が望まれる。また、設置やコスト面から自律的に調光する材料が望まれている。そのため、最近は環境温度によって近赤外光域の光学特性が自律的に変化する二酸化バナジウム(VO2)を用いたサーモクロミック方式のスマートウィンドウの研究が盛んに行われている。
産総研ではVO2のサーモクロミック特性に関して、実用化の観点から、低コストで大量生産に対応可能な水熱合成法によるVO2のナノ粒子の合成技術開発に取り組んでいる。VO2は良好なサーモクロミック特性を示すが、次世代自動車用のスマートウィンドウに適用するには、視認性の観点からフィルムの濁り度と可視光域の透過性に改善の余地があった。濁り度の改善には、できるだけ粒子径が揃っており、小径化されたナノ粒子が必要である。また、可視光透過率の改善にはVO2の物性を変化させるための元素の添加が有効であることが示唆されていた。
産総研とADMATは、計算科学技術・プロセス技術・先端計測技術の三位一体によるVO2などの酸化物ナノ粒子を分散させた樹脂フィルムの高速製造プロセスに関する研究開発に取り組んでいる。特に計算科学技術によって、可視光域での光学特性を向上させるための元素を添加したVO2の光学特性を予測し、プロセス技術によって作製されたナノ粒子やナノ粒子分散樹脂フィルムの光学特性を実験的に実証している。今回、このような計算による予測から実験による実証までを迅速に行うために、マイクロ波を用いた水熱合成法によってVO2ナノ粒子を高速に合成するプロセス技術の開発に取り組んだ。
なお、この研究開発は、NEDOの受託事業「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト」(平成28~令和3年度)【プロジェクトリーダー 村山 宣光】による支援を受けて行った。
通常加熱の水熱合成法では、熱伝導により周囲温度が合成容器に伝わり、主に対流によって容器内の反応溶液の温度が上昇する。この方法では、溶液の温度を急速に上昇させることが困難である上、溶液温度が空間的に不均一になるといった欠点がある。そのため、サーモクロミック特性を示すVO2ナノ粒子を合成するには30時間程度の時間を要し、粒子径の揃った小径のナノ粒子の合成は困難であった。これに対し、マイクロ波を用いた水熱合成法は、高密度のエネルギーを合成容器内の溶液に直接照射することで、極めて短時間で均一に溶液の温度を上昇させることができる。また、反応容器はマイクロ波によって殆ど加熱されないので、降温時間も大幅に短縮され、通常加熱よりも合成温度をより高温にできる。しかし、通常加熱の水熱合成で用いてきた原料溶液を、マイクロ波水熱合成で用いると、目的外の結晶相も形成されてしまうために、良好なサーモクロミック特性を示すVO2ナノ粒子が合成できなかった。そこで、均一加熱・急速加熱・高温加熱というマイクロ波水熱合成法の利点に適した原料溶液を調製することで、結晶核生成と結晶相形成に至る過程の制御が可能となり、良好なサーモクロミック特性を示すVO2ナノ粒子の合成に要する時間を、従来の30分の1程度の1時間以内まで短縮できた。さらに、短時間で合成が終了するため、粒子の成長を抑えることができ、従来よりも小粒子径で粒子径が揃ったナノ粒子が合成できた。図1に通常加熱とマイクロ波加熱で水熱合成したVO2ナノ粒子の走査型電子顕微鏡写真を示す。通常加熱水熱合成では、一次粒子径が25~50 nm(平均粒子径37.2 nm)であり、一部ではあるがロッド状の粗大粒子(長径80~120 nm程度)も観察された。これに対しマイクロ波水熱合成では、一次粒子径が15~25 nm(平均粒子径19.1 nm)であり、粒子径の揃った小粒子径のVO2ナノ粒子が合成されたことがわかる。
|
図1 通常加熱とマイクロ波加熱で水熱合成したVO2ナノ粒子の走査型電子顕微鏡写真
点線部分は粗大粒子 |
|
図2 VO2ナノ粒子分散液の分散粒子径(二次粒子径) |
ナノ粒子は体積に対する表面積の比が大きいため凝集しやすいが、粒子の凝集は光の散乱要因となり、ナノ粒子分散樹脂フィルムなどを作製する際に濁り度の増加を招く。そこで、ナノ粒子分散液中の凝集粒子の分散粒子径(二次粒子径)を調べた。図2に示すように、通常加熱水熱合成では分散粒子径(二次粒子径)が50.3 nm(変動係数 0.277)であるのに対し、マイクロ波加熱水熱合成では35.0 nm(変動係数 0.273)であり、分散粒子径が小さいことがわかった。
次に、サーモクロミック特性を調べるため、マイクロ波加熱で水熱合成したVO2ナノ粒子の分散液を透明樹脂フィルムの表面に塗布したサーモクロミックフィルムを作製し、10 ℃と80 ℃で分光透過率を測定した(図3)。VO2ナノ粒子が絶縁体相である10 ℃に比べて、金属相である80 ℃では近赤外光域全域(780〜2500 nm)にわたって透過率が減少しており、例えば太陽光強度が比較的大きい波長1250 nmにおける10 ℃と80 ℃との透過率の差(調光幅)は47.9 %であり、VO2を用いたサーモクロミック方式のスマートウィンドウの研究分野でのトップデータとほぼ同等の大きな値を示した。また、人間の目が感じる可視光領域(380〜780 nm)の10 ℃での透過率は54.9 %であり、比較的高い可視光透過率と良好なサーモクロミック特性が両立されていると言える。
|
図3 マイクロ波加熱で水熱合成したVO2ナノ粒子の分散液を塗布した樹脂フィルムの10 ℃と80 ℃での分光透過率
灰色の塗りつぶしは太陽光強度の波長特性 |
さらに、今回開発した手法を用いてタングステンを添加したVO2ナノ粒子を合成した。図4に8 原子%までタングステンを添加したVO2ナノ粒子のX線回折パターンを示す。通常加熱水熱合成では、4 原子%程度でサーモクロミック特性を示す目的の結晶相以外の別の結晶相も形成されるため、元素の添加による光学特性の改善には限界があった。一方で、マイクロ波水熱合成法では5 原子%や8 原子%を添加しても単一の結晶相のVO2ナノ粒子が得られ、今回開発した手法は、所望の元素の高濃度添加にも効果があることを実証できた。
|
図4 タングステンを添加したVO2ナノ粒子のX線回折パターン |
今回開発したマイクロ波水熱合成法により、他の元素を高濃度に添加したVO2ナノ粒子の迅速な試作が可能となった。今後は、可視光域での光学特性を向上させるための添加元素の種類やその添加量を第一原理バンド計算により予測し、迅速に試作して実験による実証を行い、その結果を計算科学へとフィードバックすることで、研究開発のサイクルを高速化する。