医療・ヘルスケア分野において着目されている人体に装着可能で且つ電池レスで駆動するウェアラブルデバイスでは、軽量、形状任意性が高く、伸縮・柔軟性に優れた素材が必須となります。これまでの無機固体や高分子フィルムを基材としたエレクトレット素子では、上記要求を満たすことは難しく、自由に形状変形できる流動性が確保され且つ電荷(静電気)の保持力の高いエレクトレット材料の開発が望まれています。
NIMSの中西らは、π共役色素ユニットを嵩高く柔軟性に富む分岐アルキル鎖で被覆・保護することで、色素ユニットが孤立・安定化した常温液体材料(図2)の開発に取り組んできました。この研究で培ったアルキル化色素液体の分子構造と液体物性、光電子物性の相関に関する知見は、有機エレクトロニクス分野への応用発展に向けて貴重なヒントを提供します。すなわち、溶融状態の嵩高いアルキル鎖によって隔離された色素ユニットに注入される電荷は、安定に保持される可能性が高く、上述のウェアラブルデバイス用のエレクトレット材料として最適であると考えました。
本研究では、NIMSの中西らの研究チームにおいて、電荷を保持させる色素ユニットにポルフィリンを採用し、独自に分子設計した「液体ポルフィリン」を合成し、産業技術総合研究所の吉田らの研究チームにおいて、「ストレッチャブル液体エレクトレット素子」の作製とその性能評価を行いました。
液体ポルフィリンの分子構造の特徴は、ポルフィリン骨格の外側にフェニル置換基を介して合計8本の分岐アルキル鎖を化学結合しています(図3a)。この分子は常温で約18 Pa·sの粘性を示す不揮発性液体です。このポルフィリン液体を高電圧でコロナ帯電(注3)処理を行いました。先ず、導電性ITOガラス基板の上に帯電させた液体ポルフィリンを配置し、スペーサーを介しITO基板を対面配置させ封止することで、一般的なエレクトレット素子と同様な構造に組み上げ、液体エレクトレットとしての有効性を検討しました(図3b)。指で加圧時に電圧出力が得られたことから、圧力・振動センサへの適応性を確認しました。また、交流電圧(±100 V、1 kHz)の印加による200 Hzの変調発振(音)が確認できたことから、音波アクチュエータとしての適応性を確認できました。振動→電圧、電圧→振動の関係は、マイクロフォンとスピーカーの動作原理と同じであり、実際にこれらの素子には固体のエレクトレット材料が搭載されています。今回の結果は、「液体エレクトレット」として世界で初めての実証例になります。
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図3. a) 液体ポルフィリンの分子構造とモデル構造、b) 帯電させた液体ポルフィリンをITO基板間に封止して作製したエレクトレット素子.(上)圧力・振動センサ、(下)発振・アクチュエータ. |
次いで、液体の流動性、自由変形特性を活かしたエレクトレット素子を開発しました。コロナ帯電させた液体ポルフィリンを直接、伸縮性布地に含浸させ、ポリウレタンフィルム上に銀メッキ繊維をパターニングした伸縮性電極で挟み込んで封止することで、ストレッチャブル液体エレクトレット素子を開発しました(図4)。素子の表面を指で押すと、±100~200 mVの電圧出力が得られました。
また、これら液体エレクトレット素子は少なくとも1ヶ月半以上の間は安定に駆動しています。
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図4. 液体エレクトレット(帯電・液体ポルフィリン)を含浸させた伸縮性布地と電極でパターニングしたポリウレタン基材により構築したストレッチャブル液体エレクトレット素子の構成、および振動(加圧)発電の様子. |
今回、液化した分岐アルキル鎖に隔離されたポルフィリン部位に、安定に電荷(静電気)を保持できたことで、布地-ポリウレタン銀メッキ繊維電極に液体エレクトレットを直接含浸できる特異的且つ極めて簡便な加工技術によって、ストレッチャブルなエレクトレット発電素子の開発を実現できました。
この液体エレクトレット素子は、伸縮、折り曲げや様々な形状変形に適応できるため、電池レスで駆動する脈波・心拍センサ、筋電・モーションセンサなどの医療応用への展開が期待できます。また、電圧印加で変形する機能を活用することで、触覚(ハプティクス)素子への応用も期待できます。
題目:Soft chromophore featured liquid porphyrins and their utilization toward liquid electret applications
著者:ゴッシュ アビジット(NIMSフロンティア分子グループ)、吉田学(産総研)、末森浩司(産総研)、砂金宏明(NIMS先進低次元ナノ材料G)、小林長夫(信州大学)、水谷泰久(大阪大学)、倉重佑輝(京都大学)、川村出(横浜国立大学)、楡井真実(東京大学)、山室修(東京大学)、高屋智久(学習院大学)、岩田耕一(学習院大学)、佐伯昭紀(大阪大学)、名倉和彦、石原伸輔、中西尚志*(NIMSフロンティア分子グループ)
雑誌:Nature Communications
掲載日時: 英国時間2019年9月30日10時(日本時間30日18時)