国際深海科学掘削計画*注1の枠組みの下、高知コアセンター*注2は日米欧の世界3か所しかないコアレポジトリーの一角として、深海掘削試料(海洋コア)の保管・管理の任務を果たしつつ、海洋コアを用いた研究を推進しています(図1)。高知大学海洋コア総合研究センターの松井浩紀特任助教、池原実教授ら国内8機関10名から成る研究グループは、九州付近から沖ノ鳥島を経てミクロネシアのパラオ付近に至る南北3000 kmに渡る海底山脈である九州・パラオ海嶺で1973年に採取されたSite 296海洋コアを再解析しました(図2)。レガシー試料*注3であるSite 296海洋コアは黒潮流路に近い九州・パラオ海嶺の北端から採取されたことから、黒潮の長期的な変遷を記録していると期待されます。コアレポジトリーの適切な保管・管理により、46年の時を経たのちもSite 296海洋コアを全く問題なく解析に資することができました(図3)。Site 296海洋コアに含まれる微小なプランクトン化石の産出状況を再解析するとともに、ストロンチウム同位体比と炭素・酸素安定同位体比を統合することで、掘削当時は発展途上で十分に確立できていなかったSite 296海洋コアの年代モデル(微化石層序・地球化学層序)を46年ぶりに再編することができました(図4)。この成果によりSite 296海洋コアが過去2000万年間の海洋環境を連続的に記録した、北太平洋における極めて貴重な試料であることを明らかにしました。こうした過去2000万年間にわたって連続的に堆積した海洋コア試料は北太平洋では極めて稀であり、黒潮の流域ではSite 296海洋コアが唯一の報告例です。特に、現在よりも顕著に温暖だった時代における黒潮の流路や強さを解明していく上で、過去3000万年間において最も温暖な時代であったとされる中期中新世(約1600万年前〜1160万年前)の連続的な試料は貴重で、今後もSite 296海洋コアの活用が期待されます。
本研究はJSPS 科研費24310019、17H01617、26287129、科学技術人材育成費補助金 テニュアトラック普及・定着事業、および高知大学研究拠点プロジェクトの助成を受けて実施したものであり、本成果はドイツのシュトゥットガルト学術出版社が刊行する学術誌「Newsletters on Stratigraphy」オンライン版に2019年9⽉20⽇に掲載予定です。
深海底の科学掘削が始まってから今年で51年を迎えます。その黎明期における深海掘削計画(DSDP)では、米国の深海掘削船グローマー・チャレンジャー号(図5)を用いた掘削が行われました。黎明期から現在に至るまで、深海掘削試料(海洋コア)はコアレポジトリーで適切に管理され、多数の研究に供されてきました。現在は国際深海科学掘削計画(IODP)の枠組みの下、日米欧の世界3か所のコアレポジトリーで海洋コアが保管・管理されています。高知コアセンターはコアレポジトリーの一角として、海洋コアの保管・管理の任務を果たしつつ、海洋コアを用いた研究を進めています(図1)。
本研究は、1973年のDSDP第31次航海によって九州・パラオ海嶺で採取されたSite 296地点の海洋コアを対象としました(コア長約300 m)(図2)。Site 296海洋コアは1973年から米国サンディエゴのWest Coast Repositoryで保管されたのち、2008年に高知コアセンターに移されました。Site 296海洋コアはレガシー試料と呼ばれており、今なお、レガシー試料のいくつかは、研究に利用されています。今回、私たちの研究でもレガシー試料の一つであるSite 296海洋コアに着目しましたが、コアレポジトリーの長期にわたる適切な保管・管理のおかげで、40年以上の時を経たのちも全く問題なく解析に資することができました。
このSite 296海洋コア試料(過去2000万年間)について、微化石(石灰質ナンノ化石、浮遊性有孔虫、放散虫)の産出状況を明らかにし、さらに有孔虫化石のストロンチウム同位体比分析、炭素・酸素安定同位体比分析を行いました。研究に用いた微化石は顕微鏡で観察可能な海洋プランクトンの化石であり、特徴的な形態の種が広範な海洋に出現/絶滅するために、示準化石として海洋コアの堆積年代を推定することができます。このうち、有孔虫化石の殻には堆積当時の海水のストロンチウム同位体比が記録されます。海水のストロンチウム同位体比は全海洋で均一の値を示すため、その絶対値から海洋コアの堆積年代を推定することができます。さらに、底棲有孔虫化石の炭素・酸素安定同位体比を標準的な変動曲線と比較することで、推定した堆積年代の信頼性を確かめることができます。
Site 296地点における微化石の産出状況を再解析し、ストロンチウム同位体比、炭素・酸素安定同位体比の分析を行うことで、掘削当時は確立されていなかったSite 296海洋コアの微化石層序・地球化学層序を確立することができました。その結果、Site 296海洋コアが過去2000万年間を通じて連続的に堆積した貴重な試料であることを明らかにしました(図4)。中期中新世に相当する1600–1160万年前について、従来の船上報告では海洋コアが連続的でない可能性が示唆されていましたが、本研究により、Site 296海洋コアの連続性が示されました。今回確立した年代モデルでは約2000–500万年前について1000年に0.5–2 cmずつ、約500万年前以降について1000年に2–4 cmずつ堆積したと推定されます(図6)。
北太平洋中緯度域では過去2000万年間を通じて連続的な堆積物はこれまで報告がないため、Site 296地点は同海域を代表する海洋コアになると考えられます。今後、Site 296地点は北太平洋の複数の海洋コアを対比する際のリファレンスサイト(標準的な地点)となることが期待されます。さらに、Site 296海洋コアを詳細に調べることで、黒潮をはじめとする北太平洋海洋循環の長期的な変遷史を探ることも可能となります。特に、過去3000万年間において最も温暖な時代であったとされる中期中新世について、連続的な北太平洋の海洋環境変動を復元できる可能性が高いと考えられます。なお1973年当時の掘削技術に起因するコア回収率が低い課題については、将来的なSite 296地点の再掘削により回収率の高い連続的な海洋コアの採取を期待できます。
本研究成果は、過去に採取されたレガシー試料の有用性とともに、科学掘削の始まりから50年以上にわたり試料の適切な保管・管理を続けているコアレポジトリーの重要性を広く示すものです。今後もレガシー試料が活用され、海洋コア研究が進展することが期待されます。
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図1. 高知コアセンターのコアリポジトリー。太平洋西部とインド洋の深海掘削試料を適切に保管・管理しています。 |
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図2. 九州・パラオ海嶺のSite 296地点(星印)は黒潮の流路(矢印)のやや南に位置しています。Site 296海洋コアは2008年から高知コアセンター(赤丸)で保管・管理されています。今回Site 296海洋コアを再解析し、過去2000万年間の連続的な堆積物であることを明らかにしました。 |
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図3. DSDP Site 296海洋コアの一例(Core 29R Section 1–3)。各コアの全長は約1.5 mで、研究に供された試料の跡がスポンジで埋められています。現在よりも顕著に温暖だった中期中新世を連続的に記録した貴重な試料です。(画像提供:高知コアセンター) |
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図4. Site 296海洋コアの年代モデル。従来の船上報告では中期中新世(1600–1160万年前)に堆積物が連続的でない可能性が示唆されていましたが、本研究によりSite 296海洋コアが過去2000万年間を連続的に記録した貴重な試料であることが明らかになりました。灰色は新たに堆積の連続性が確認された区間を示しています。1973年当時の掘削技術に起因するコア回収率が低い区間(例えばコア深度250 m付近)が存在しますが、将来的なSite 296地点の再掘削により回収率の向上が望めます。 |
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図5. 米国の深海掘削船グローマー・チャレンジャー号。1968年から1983年までDSDPの主力船として活躍しました。(画像提供:IODP/JRSO) |
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図6. Site 296海洋コアの過去2000万年間の堆積速度(1000年毎に堆積した厚さ)。灰色は,本研究によって新たに堆積の連続性が確認された区間を示しています。 |
論文名:Integrated Neogene biochemostratigraphy at DSDP Site 296 on the Kyushu–Palau Ridge in the western North Pacific
著者:松井浩紀1*、堀川恵司2、千代延俊3、板木拓也4、池原実1、河潟俊吾5、若木仁美1、淺原良浩6、関宰7、岡﨑裕典8
1高知大学海洋コア総合研究センター
2富山大学⼤学院理工学研究部(理学)
3秋田大学大学院国際資源学研究科
4産業技術総合研究所地質情報研究部門
5横浜国立大学教育学部
6名古屋大学大学院環境学研究科
7北海道大学低温科学研究所
8九州大学大学院理学研究院
雑誌名:Newsletters on Stratigraphy
DOI:10.1127/nos/2019/0549
公表日:2019年9月20日予定