発表・掲載日:2019/07/03

窒化ガリウムマイクロLEDの発光効率を低電流密度で5倍に高効率化

-高効率・高解像度のマイクロLEDディスプレーの実現に一歩前進-

ポイント

  • 中性粒子ビームエッチング技術を用い、加工ダメージの極めて少ないGaNマイクロLEDを作製
  • LEDのサイズを6 マイクロメートルまで小さくしても低電流密度での発光効率を維持
  • 高効率・高解像度のマイクロLEDディスプレーへの応用に期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)窒化物半導体先進デバイスオープンイノベーションラボラトリ【ラボ長 清水 三聡】GaN光デバイスチーム 王 学論 ラボチーム長、電子光技術研究部門【研究部門長 森 雅彦】朱 俊 元客員研究員、ナノエレクトロニクス研究部門【研究部門長 中野 隆志】遠藤 和彦 研究グループ長らと、国立大学法人 東北大学【総長 大野 英男】(以下「東北大」という)流体科学研究所 未到エネルギー研究センター長、材料科学高等研究所 主任研究者 寒川 誠二 教授 兼産総研 ナノエレクトロニクス研究部門 特定フェローは、微小なGaN(窒化ガリウム)LEDマイクロLED)の高効率化技術を開発した。

マイクロLEDを高密度に配置したマイクロLEDディスプレーは次世代のウエアラブル情報端末のための高効率・高輝度・高解像度のディスプレーとして期待されているが、従来の作製法ではLED側面の加工損傷が大きいため、サイズが小さくなると発光効率が著しく低下することが大きな問題になっていた。今回、加工に伴う損傷が極めて少ないことが知られる中性粒子ビームエッチング技術をGaNマイクロLEDの作製に用いることで、LEDのサイズを6 マイクロメートル(μm)まで小さくしても発光効率の低下がほとんどないGaNマイクロLEDを開発した。

なお、この技術の詳細は、2019年7月7日~7月12日に米国ワシントン州ベルビュー市で開催される国際会議「International Conference on Nitride Semiconductors」で発表される。

概要図
今回の中性粒子ビームエッチング技術と従来技術で作製したGaNマイクロLEDの発光効率

開発の社会的背景

近年のウエアラブル型・携帯型情報端末の急速な普及に伴い、情報端末と人間とのインターフェースであるディスプレーの低消費電力化、高輝度化、高解像度化が強く求められるようになった。最近、サイズ10 μm程度のマイクロLEDを高密度に配置したマイクロLEDディスプレーが大きな注目を集めている。マイクロLEDディスプレーは、従来の液晶や有機ELディスプレーに比べて、1/10以下の低消費電力化、10000倍以上の高輝度化、10倍程度の高解像度化が可能と考えられている。

従来のマイクロLEDは、一般に誘導結合プラズマ(ICP)エッチング技術を用いて平面LEDウエハーを加工して作製されている。しかし、マイクロLEDの側面がプラズマに曝(さら)されるため、LEDの側面に発光に寄与しない欠陥が高密度に生じる。LEDのサイズが小さくなると、欠陥が生成した側面の割合が高くなり、欠陥に捕獲され発光に寄与しない電子の数が増える。そのため、従来のマイクロLEDでは、特にディスプレー動作に重要な低電流密度(<20 A/cm2)領域において、LEDのサイズの縮小とともに発光効率が急激に低下してしまうので、高効率・高輝度・高解像度のマイクロLEDディスプレーの実現が困難であった。

研究の経緯

産総研は、これまでに可視光半導体LEDの高効率化の研究開発に取り組んできた。また、最近、ナノ構造によるLEDの高機能化を目指して、中性粒子ビームエッチング技術を用いたGaNナノ構造の作製にも取り組んでいる。一方、東北大は、半導体材料を超低損傷でエッチングできる中性粒子ビームエッチング技術を開発してきた。そこで、両者はGaNナノ構造の作製・評価で得られた知見を用いてGaNマイクロLEDの作製に取り組んだ。なお、この技術開発の一部は、産総研と東北大で締結したクロスアポイントメント協定により行われた。

研究の内容

今回、中性粒子ビームエッチング技術と、比較のため従来の誘導結合プラズマエッチング技術を用いて、40 μm角、20 μm角、10 μm角、6 μm角の4種類のGaNマイクロLEDを作製した。図1に作製したマイクロLEDの模式図を示す。LEDウエハーには、有機金属気相成長法によってサファイア基板上に成長させた青色発光するものを用いた。また、LEDの活性層として5重のGaN/InGaN(窒化ガリウム・インジウム)多重量子井戸構造を用いた。マイクロLEDからの発光はp型Ni(ニッケル)/Au(金)半透明電極側から取り出した。

図1
図1 今回、作製したGaNマイクロLEDの模式図
 

図2(a)、2(b)にそれぞれ従来の誘導結合プラズマエッチング技術と今回の中性粒子ビームエッチング技術で作製したマイクロLEDの発光効率の指標の一つである外部量子効率の電流密度依存性を示す。誘導結合プラズマエッチング試料の場合、LEDのサイズが20 μm以下になると、ディスプレー動作に特に重要な低電流密度領域(20 A/cm2以下)では発光効率が急激に低下していた。これに対して、中性粒子ビームエッチング技術で作製したマイクロLEDの発光効率はサイズ依存性をほとんど示さず、サイズを6 μmまで小さくしても発光効率はほとんど低下しなかった。6 μmのマイクロLEDについて電流密度5 A/cm2での発光効率を比較すると、中性粒子ビームエッチング法で作製したものは誘導結合プラズマエッチング技術で作製したものより約5倍高い発光効率を示した。サイズ6 μmのマイクロLEDを解像度に換算すると、仮想現実/拡張現実用ヘッドマウントディスプレーに必要な2000 ppi(pixel per inch、1インチ当たりの画素数)以上の超高解像度も可能になる。

図2
図2(a)従来の誘導結合プラズマエッチング技術と、(b)今回の中性粒子ビームエッチング技術で作製したマイクロLEDの外部量子効率の電流密度依存性

今後の予定

今後は、フルカラーマイクロLEDディスプレーの実現に向けて、この技術を用いた緑色および赤色マイクロLEDの作製を進める予定である。


用語の説明

◆窒化ガリウムLED
発光層の材料に窒化ガリウム(GaN)/窒化ガリウム・インジウム(InGaN)を用いた半導体発光ダイオード(LED)。インジウムの含有量を調整して、赤、緑、青の三原色のLEDを作製できる。ただし、赤色波長帯の発光効率が未だ数%以下と極めて低いという課題を有する。[参照元へ戻る]
◆マイクロLED
サイズが数μm~数十μmの微小な半導体発光ダイオード(LED)。[参照元へ戻る]
◆中性粒子ビームエッチング技術
プラズマ中の帯電粒子をプラズマ室と試料室との間に設置したハチの巣状のカーボンプレートによって中性化し、中性の活性種だけを試料表面に供給するエッチング技術。東北大学 寒川教授が世界で初めて開発した技術で、ダメージの極めて少ないエッチングが可能。[参照元へ戻る]
◆誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma : ICP)エッチング技術
半導体材料のドライエッチング技術の一種。プラズマ密度が高く、高速エッチングが可能。[参照元へ戻る]
◆LEDウエハー
LED構造が積層されている半導体基板のこと。一般的に、n型層、発光層、p型層を少なくとも有する。[参照元へ戻る]
◆有機金属気相成長法
化合物半導体の構成元素を含むガスを反応室の中で加熱分解させ、基板上に化合物半導体の薄膜結晶を成長させる技術。ガスの切り替えによって、半導体LEDや半導体レーザーなどの複雑な積層構造を持つ半導体光デバイスを比較的簡単に作製できる。[参照元へ戻る]
◆量子井戸
エネルギー幅(バンドギャップ)の狭い半導体薄膜(厚さ~10 nm)をエネルギー幅の広い半導体薄膜結晶で挟んだ構造。電子と正孔をエネルギー幅の狭い半導体層に閉じ込めることによって、高い発光効率を実現している。[参照元へ戻る]
◆外部量子効率
LEDの発光効率を表す指標の一つ。LEDから外に放出した光子の個数をLEDに注入した電子の個数で割った値。内部量子効率(LEDに注入された電子の内、光子に変換された電子の割合)と光取り出し効率(LED内に発生した光子の内、外に取り出した光子の割合)の積で表すこともできる。[参照元へ戻る]
◆ヘッドマウントディスプレー
頭部に装着し、目から数cmの距離から、映像を目に投影する画像表示装置。仮想現実、拡張現実のためのキーデバイスの一つである。[参照元へ戻る]


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