準結晶(注1)に半導体が存在するかどうかは固体物理学の基本的な問題の一つであり、もし存在すれば高性能熱電材料(注2)としての活用が期待されます。しかし従来、多くの準結晶が存在するアルミ系では、前駆物質である近似結晶(注3)でも、半導体は見つかっていませんでした。今回、東京大学大学院新領域創成科学研究科、および、産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリの木村教授らは、アルミ系近似結晶で、バンドエンジニアリング(注4)により半導体を創製することに成功しました。これは、半導体準結晶実現への突破口となる成果で、半導体準結晶は熱電性能が結晶の2.5倍になる可能性があります。
準結晶は100種類以上の物質で見つかり、結晶、アモルファスと並ぶ固体構造の概念として確立し(表1)、2011年にノーベル化学賞に輝きました。一方、固体物理学における最も基本的な分類では、電気的性質により、金属、半金属、半導体、絶縁体に分類されます。しかし、原子スケールの準結晶には金属しか見つかっておらず(表2)、半導体や絶縁体が存在するかどうかは、固体物理学の基本的な問題の一つになっています。
表1.結晶、準結晶、アモルファスの比較。 |
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表2.固体の構造と電気的性質による分類。( )内は、準周期のスケールが原子スケールより一 桁から二桁大きいものです。「?」は、原子スケールの半導体や絶縁体の存在の有無が未解明であることを示しています。 |
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石油などの一次エネルギーの約7割は廃熱として捨てられています。この廃熱から電気エネルギーを取り出すことのできる熱電発電は非常に魅力的です。熱電性能(注5)の高い物質として、近年、結晶で最も対称性の高い立方晶で、伝導帯下端や価電子帯上端が波数空間上の多くの点にある、マルチポケット半導体(注6)が注目されています。正20面体準結晶は、立方晶より2.5倍高い対称性を持っており、半導体が実現できれば、熱電性能の出力因子も2.5倍高くなる可能性があります。
今回、アルミ系正20面体準結晶の前駆物質であるアルミ系近似結晶の一つであるAl22Ir8(図1)が、過去の第一原理計算(注7)の結果、半金属的バンド構造を持つことに注目しました。まず、その伝導帯の下端と価電子帯の上端の電子軌道の起源を調べました。その結果、図2のように、伝導帯の下端は正20面体クラスターの頂点に位置するIrのd軌道からできており、価電子帯の上端は正20面体クラスター内部のAlが8個とIrが1個からなるクラスターのp様軌道からできていることが分かりました。そこで、バンドギャップを開くために、d軌道のエネルギーがIrより高いRuでIrを置換し、sp軌道のエネルギーがAlより低いSiでAlの一部を置換したAl18Si5Ru8の構造で第一原理計算を実行しました。その結果、予想通りにバンドギャップが広がり、半導体的なバンド構造になりました。
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図1.Al22Ir8近似結晶の結晶構造。Irの正20面体クラスターが立方晶を作っています。 |
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図2.Al22Ir8とAl18Si5Ru8近似結晶のバンド構造と伝導帯下端と価電子帯上端の電子軌道。
IrのRu置換とAlのSi置換によるバンドエンジニアリングにより、バンドギャップを開くことに成功しました。 |
半導体になることを実験的に確かめるために、Al18Si5Ru8(Al58.1Si16.1Ru25.8)の組成近傍で試料を合成したところ、Al67.6Si8.9Ru23.5の組成で、単相の近似結晶の作製に成功しました。この試料の熱電性能(ゼーベック係数、電気伝導率、熱伝導率)を測定したところ、ゼーベック係数、電気伝導率の温度依存性から、この試料が約0.15eVのバンドギャップを持つ半導体であることが分かりました。したがって、第一原理計算では多くの半導体が予測されていたにも拘らず実験的には実現していなかったアルミ系近似結晶で、世界で初めて、実験的に半導体を創製することに成功しました。
多くのアルミ系合金で、近似結晶の近傍組成で準結晶が生成することから、Al-Si-Ru系で半導体準結晶が見つかる可能性もあり、実現すれば最初に述べた固体物理学の基本的な問題の一つが解決でき、さらに高性能な熱電材料の開発に繋がることが期待されます。(現時点では、まだ近似結晶であり、キャリア密度の最適化もされていないので、高い熱電性能は実現されていません。)
岩崎 祐昂(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 博士課程1年生)
北原 功一(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 助教/産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 協力研究員)
木村 薫(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 教授/産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員)
雑誌名:「Physical Review Materials (Rapid Communication)」(オンライン版:6月7日)
論文タイトル:Experimental realization of a semiconducting quasicrystalline approximant in Al–Si–Ru system by band engineering
著者:Yutaka Iwasaki*, Koichi Kitahara and Kaoru Kimura
DOI番号:10.1103/PhysRevMaterials.3.061601
(アブストラクトURL:)オープンアクセスURL:https://journals.aps.org/prmaterials/pdf/10.1103/PhysRevMaterials.3.061601 [PDF: 720KB]