国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)先進コーティング技術研究センター【研究センター長 明渡 純】光反応コーティング研究チーム 中村 挙子 上級主任研究員、同研究センター 土屋 哲男 副研究センター長は、株式会社 新技術研究所【代表取締役 平井 勤二】(以下「新技術研究所」という)と共同で、高周波用のフレキシブルプリント配線基板(FPC)を作製できる高強度な異種材料接合技術を開発した。
この技術は銅張積層基板を構成するポリエステル膜の表面を、紫外光反応を用いる表面化学修飾技術により酸素官能基化し、ヒートプレスにより銅箔(どうはく)と接合するもので、銅箔の表面を粗くする必要がなく(粗面化が不要)高い接合強度で異種材料を接合できる。今回開発した接合技術による配線基板は、銅箔表面に凹凸が無いので、信号が銅配線の表面層を流れる高周波でも伝送距離の伸長がない。伝送損失が少ない優れた特性の第5世代通信(5G)用プリント配線基板への応用が期待される。
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ポリマー膜と銅箔の異種材料接合技術 |
FPCは、電子機器(スマートフォン・タブレット・ウエアラブル端末など)に使用され情報通信に欠かせない部材であり、近年、特に高周波特性に優れた第5世代通信(5G)用基板の開発において注目されている。FPCは、一般的にポリイミド膜やポリエステル膜などの薄くて柔軟性のあるポリマー膜を絶縁層とし、配線層には銅材料が用いられている。信頼性の高い基板を開発するためには、ポリマー膜と銅配線の接合力を高める必要があり、これまでにさまざまな接合技術が提案されている。例えば、FPCに使用する基材として、ポリマー膜の片面または両面に銅箔を接着・接合したFCCL(Flexible Copper Clad Laminate)があるが、高周波でも伝送損失の少ない平滑性が高い銅箔とポリマー膜とを高強度で接合できる方法が求められていた。
産総研は、各種材料へ安全で簡便に化学ナノコーティングを施す技術の開発を目指しており、主に紫外光による表面化学修飾を用いてカーボン系やポリマー材料表面への各種官能基導入技術の開発に取り組んできた。その技術は常温処理で基材の劣化を回避しつつ、撥水(はっすい)性や親水性などの機能性表面を構築できる。新技術研究所は、金属の化学的表面処理を中核技術とし、さまざまな金属製品の機能性向上を実現している。特に近年は金属やガラス、セラミックスの表面に分子接合剤を利用したCB(chemical bonding)技術に力を入れており、既存技術では十分な接合・接着強度が得られなかった材料同士を接着剤フリーで強固に接合させることを可能としている。今回は、産総研の紫外光による表面化学修飾ナノコーティング技術をもとに、官能基を導入したポリマー材料表面を異種材料接合に用いる研究開発に取り組んだ。
FCCLでは、接着・接合強度向上のため、銅箔表面を粗くし、その粗面の凹凸に接着剤か加熱したポリマー表面を密着させる方法(アンカー効果)が使われている(概要図)。しかし、接着剤を使用する場合、接合部材が透明性に欠けることや、経時的変化により接着剤が劣化するなど耐久性に課題がある。また、高周波信号は配線の表面層を流れるため、銅箔表面の凹凸により伝送距離が長くなり伝送損失が大きくなる。このため、FPCの重要な特性である低い伝送損失を達成するには、平滑性が高い銅箔表面とポリマー膜とを高強度で接合できる方法が求められ、銅箔表面の粗化をせずに表面処理剤を使う方法も開発されている。しかしながら、既存の表面処理剤でポリエステル系ポリマー膜と銅箔とを接合しても、接合強度のばらつきが大きいなど、十分な接合強度が得られない課題があった。
今回、FPCに使用するポリマー膜であるポリエステル膜表面に、紫外光照射による化学ナノコーティング技術を応用して酸素官能基を導入した。接合前後のポリマー膜と銅箔の詳細な表面分析による接合機構解析の結果をフィードバックすることで、銅箔と反応性の高い表面化学構造を構築できた。酸素官能基導入技術は、ポリエステル膜と酸化剤を共存させて紫外光を照射することで、ポリエステル膜表面に共有結合で強固に固定された水酸基などの酸素官能基を効率的に導入できる。従来の酸素官能基導入技術には酸素プラズマ処理、オゾン処理、コロナ放電処理などがあるが、大型装置の利用、ポリマー膜へのダメージ、表面改質特性の経時的変化などの課題があった。それに対して、今回開発した化学ナノコーティング法は、簡便な装置で効率よく酸素官能基を導入でき、使用する酸化剤も少なく、表面改質特性の持続時間が長い。
酸素官能基化したポリエステル膜と銅箔をヒートプレスすると、ポリエステル膜表面に多数存在する酸素官能基と銅が化学反応により強固に結合するため、接着剤フリーで高強度の接合が実現した。図1に従来法との接合強度の比較と、今回の接合様式を示す。多数の酸素官能基が銅箔とダイレクトに結合しているため、接合の強さを示す剥離強度の開発目標値(JPCA規格:0.7 N/mm以上)をクリアできた。
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図1 接合の強さの比較(左)、結合様式の模式図(右上)、作製した接合部材(右下) |
今回開発した接合技術は、接合剤を利用した従来処理よりも接合強度が高く、また伝送損失や接合温度およびコストを大幅に下げられる見込みであり、今後は、高周波特性に優れた第5世代通信(5G)基板の環境負荷の小さい高効率の量産プロセスを開発する。また、表面化学修飾ナノコーティング技術は多様な官能基を材料表面に導入できるため、さまざまな異種材料接合技術や社会ニーズの高い表面撥水、親水化技術への応用を進める。