国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)無機機能材料研究部門【研究部門長 松原 一郎】電子セラミックスグループ 増田 佳丈 研究グループ長、伊藤 敏雄 主任研究員は、室内に妨害ガスがあっても特定のニオイを識別できるセンシング技術を開発した。
現在、人間の五感に関わるセンシング技術の中で、嗅覚に関わるセンシング技術、つまりニオイのセンシング技術は、ニオイの識別が困難であるため、一般的な生活環境中の使用には制約がある。しかし、住宅や自動車などの交通機関に関する業界などでは、生活に由来する不快なニオイを選択的に識別して換気と連動させる技術のニーズがあり、高度なニオイの識別技術が求められている。一般に、住宅や車内など、多くの人と共有する閉鎖空間では、測定したいニオイ以外のガス種(妨害ガス)が共存している。また、一般的な半導体式センサーは多湿環境では識別能力が低下するため、このような妨害ガスが複数種存在する閉鎖空間では、目的のニオイを識別することが困難であった。
今回開発したセンサーアレーは、これまでに産総研が開発したバルク応答型センサーと一般的な半導体式センサーとを組み合わせた小型のセラミックスセンサーアレー素子である。原理的に湿度の影響を受けにくいバルク応答型センサーを加えたので、これまで難しかった高湿度下でのニオイの識別能力が飛躍的に向上した。センサーアレーの信号を機械学習の一種である主成分分析(PCA)で解析して、多湿環境下で複数のニオイを識別できた。空間の環境に依存せずニオイを識別できる技術として、閉鎖空間の快適性向上に資すると期待できる。
この技術の詳細は2019年1月30日~2月1日に東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催されるnano tech 2019 第18回 国際ナノテクノロジー総合展・技術会議にて発表する。
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今回開発した技術で呼気や室内空気を測定し機械学習によってニオイを識別 |
近年、住宅や自動車・電車・バスなどの閉鎖空間の環境改善策として、生活に由来する不快なニオイを選択的に識別して換気と連動させる技術のニーズが高まっており、ニオイの識別技術の開発が期待されている。しかし、多くの人と共有する一般的な閉鎖空間は湿度が高いため、高湿度に弱い従来の半導体式センサーだけでは特定のニオイの識別は困難であった。そのため、湿度の影響を受けにくいセンサーの開発やデータの解析技術が求められていた。また、ガスクロマトグラフィー質量分析(GC/MS)や濃縮装置を併用した分析法は湿度の影響を受けないが、装置は持ち運びできず、測定時間も長いためリアルタイム計測ができない。そのため、小型で持ち運びでき、住宅や車内などの任意の場所でリアルタイムにニオイを識別できるセンサーの開発が求められていた。
産総研では、低濃度揮発性有機化合物(VOC)など向けのガスセンサーの材料から試作機の研究開発に取り組んでおり、これまでに口臭測定機の実用化を行っている。また、機械学習の一種であるPCAによるガスの解析技術の開発も進めている。
今回、ニオイの識別ができるポータブルガス測定器を目指して、高湿度でも測定できるニオイ識別センサーの開発に取り組んだ。
産総研が開発したバルク応答型センサーは、一般的な半導体式センサーと同様に抵抗値からガス濃度が分かる測定法である。半導体式センサーとは対照的に検出できるガスの種類が少ないが、雰囲気中の湿度の影響を受けにくい。一方、一般的な半導体式センサーは、高湿度では識別能力が低下するものの、検出できるガスの種類が多様である。これらの性質の異なる複数のセンサーを組み合わせると識別性能の向上が期待できる。
そこで今回、酸化物ナノ構造や表面触媒特性が異なる2種類のバルク応答型センサーと6種類の一般的な半導体式センサーを組み合わせたセンサーアレーとした。2種類のバルク応答型センサーをセンサーアレーに加えた効果を実証するため、室温(約20 ℃)のガスセンサー試料室(1 L程度)にセンサーを設置した。ヒト由来のガスとして報告されている4種類のガス種をニオイガスとして相対湿度60 %の高湿度の合成空気に混合し、ガスセンサー試料室に500 mL/minの流量で流した。また、妨害ガスとして、室内に存在するガス種を再現した31種ガスを混合した。31種ガスの濃度は、0 μg/m3、300 μg/m3、600 μg/m3、厚生労働省が定める室内総VOC濃度の暫定目標値の2倍以上である900 μg/m3と変化させて測定した。センサーアレーで常時測定し、ニオイガス濃度が安定してセンサーシグナルがほぼ一定になったデータを用いてPCAを用いて解析した(図1)。
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図1 ガスセンサー試料室内に設置したセンサーアレーから得られたセンサーシグナルのPCAの一例
(室温 約20 ℃、相対湿度60 %)
(左)一般的な半導体式センサーだけで分析
(右)バルク応答型センサーと一般的な半導体式センサーを組み合わせたセンサーアレーで分析
0、300、600、900 μg/m3の31種ガス(妨害ガス)存在下で得られたデータを重ねて示している。また、PCAで得られた主成分1は概ね総センサー応答値、主成分3は概ねガス種別を示す傾向がある。 |
PCAで得られた主成分1と主成分3をプロットしたところ、6種類の一般的な半導体式センサーからなるセンサーアレーでは、4種類のヒト由来のニオイガスのうち3種類が重なり、ニオイを識別できなかった(図1左)。一方、酸化物ナノ構造や表面触媒特性が異なる2種のバルク応答型センサーを加えたセンサーアレーでは、湿度の影響を受けない情報が加わったため識別能力が向上し、4種類全てを識別できた(図1右)。
ニオイガスのポータブル測定器への搭載を想定して、小型基板内の電極位置により駆動温度を調整できるバルク応答型センサーを作製し、一般的な半導体式センサーを組み合わせて、小型セラミックスセンサーアレー素子を開発した(図2)。このセンサーアレー素子は持ち運びが可能であるため、任意の場所や時間に、リアルタイムでニオイのモニタリングを行える。
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図2 バルク応答型センサーを搭載した小型セラミックスセンサーアレー素子
2種のバルク応答型センサーと、2種の一般的な半導体式センサーを搭載してある。4種の半導体式センサーを搭載した素子と併用する。 |
今回開発した小型セラミックスセンサーアレー素子は、実験で識別した4種類のヒト由来のニオイガス以外にも体臭などを含む不快臭を識別でき、濃度も識別できる。今後、換気と連動させて不快なニオイを選択的に除去する技術などに展開できる可能性がある。
今後は、開発した小型セラミックスセンサーアレー素子を搭載したポータブル測定器の開発を行う。より実環境に近いデータの取得を行い、機械学習と組み合わせることで、実空間での室内空気質測定技術の開発を行い、2022年頃の実用化を目指す。また、今回開発した技術は、環境測定だけではなく、呼気中のガスの測定による健康状態のモニタリングにも応用できる技術であり、健康モニタリング(ヘルスケア)分野への適用可能性も検討する。