国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)日本特殊陶業-産総研 ヘルスケア・マテリアル連携研究ラボ【連携研究ラボ長 加藤 且也】は、日本特殊陶業株式会社【代表取締役 尾堂 真一】(以下「日本特殊陶業」という)と共同で、血清から抗体を効率的に分離・精製するためのセラミックス粒子を開発した。この粒子は、抗体精製カラム用粒子で一般的に利用される抗体と特異的に結合するプロテインAなどのタンパク質を使用しないで、同等の抗体結合容量(~50 mg抗体/mL粒子)を持つ。
近年、副作用が少ない次世代の医薬品として抗体医薬品が注目されている。抗体の分離・精製過程で用いられる従来の抗体精製カラム用粒子では、抗体と特異的に結合する高価なタンパク質が用いられている。また、粒子に結合した抗体の回収時に用いるpH2~4の酸性溶液が、回収後の抗体の凝集や変性を引き起こす原因ともなり、より安価で酸性溶液を用いずに精製できるカラム用粒子の開発が課題となっていた。
今回開発したセラミックス粒子は、高い比表面積と細孔容積を持ち、抗体と効率的に結合するため抗体結合用タンパク質を必要としない。また、中性付近の溶液で粒子に吸着した抗体を回収できる。そのため、抗体医薬品などの抗体製品の製造工程の低コスト化や高効率化への貢献が期待される。
この技術の詳細は、2019年1月30日~2月1日に東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催されるnano tech 2019第18回 国際ナノテクノロジー 総合展・技術会議で発表される。
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開発したクロマトグラフィー用粒子を充填したカラム(左)と抗体分離精製の概念図(右) |
近年、遺伝子組換え技術や細胞培養技術などのバイオテクノロジーを応用したバイオ医薬品が注目を集めている。中でも抗体医薬品は日本のバイオ医薬品市場の約6割を占め、今後も発展することが見込まれている。
抗体医薬品の製造工程は、有機化学合成工程が主となる従来の低分子医薬品とは異なり、「抗体生産細胞の培養」、「細胞分離」、「ウィルス不活化」、「クロマトグラフィー」、「ウィルス除去」、「最終精製」という多段階工程が必要なため、製造のコスト高や抗体医薬品の薬価高騰につながっている。また、クロマトグラフィー工程では、抗体に選択的に結合するプロテインAなどを抗体結合用タンパク質として結合させたセラミックスやポリマーなどの粒子を用いて抗体を分離・精製するアフィニティークロマトグラフィーが最も利用されているが、一般に抗体結合用タンパク質は高価で、クロマトグラフィー用粒子の高コスト化は避けられない。そのため、抗体医薬品のクロマトグラフィー工程を低コスト化できる技術が望まれていた。
産総研では、多孔質無機粒子の合成とその粒子のバイオ分子の分離・精製への応用に関する研究開発を進めてきた。他方、日本特殊陶業は、医療分野を新規事業の重点領域と定め、コア技術であるセラミックスの知見を活かせる領域の一つとしてバイオ分子の分離・精製に着目して検討している。また、両者は2017年4月に「日本特殊陶業-産総研 ヘルスケア・マテリアル連携研究ラボ」を設立し、医療・ヘルスケア製品に向けた材料を中心とする研究開発を進めてきた。
酸化物セラミックス粒子は、タンパク質などの生体由来の分子と強く結合し、さらに生体に無害な場合がほとんどである。また、酸・アルカリ洗浄や焼成も可能で、クロマトグラフィーに応用する場合に利点が多い。そこで今回、抗体結合用タンパク質を使用せず、セラミックス粒子を用いて効率的に抗体を吸着分離できるクロマトグラフィー用担体の開発に取り組んだ。
今回開発したクロマトグラフィー用担体として利用できる多孔質セラミックス粒子(図1左)の特徴は、抗体と特異的に結合するタンパク質でありかつ高価なプロテインA分子を用いない点である。プロテインAを利用するクロマトグラフィー用担体ではプロテインAと抗体との特異で強固な結合を利用するため、担体から抗体を回収する際に、アミノ酸を含む酸性溶液(pH 2~4)を使用する必要があり、酸性溶液が抗体の凝集や変性を引き起こし、それによる高コスト化や収率の低下が問題となっている。
今回開発した粒子は、抗体との高い結合活性を実現するために、抗体サイズと同程度の孔径(10 nm程度)とした多孔質ジルコニア粒子(粒子サイズ:~100 µm)を用いた。この粒子は高比表面積(100 m2/g以上)と高細孔容積(0.5 cm3/g以上)を示す。また、抗体との結合選択性を向上させるために、リン酸を含む有機官能基を用いて粒子の表面修飾を行った。開発した粒子ではジルコニア粒子表面のリン酸と抗体との緩やかな結合を利用するので、温和な条件(pH 7付近)で抗体を回収でき、凝集や変成を起こさない。
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図1 作製した多孔質ジルコニア粒子の電子顕微鏡写真(左)とその粒子を充填したカラム(右) |
カラム形状で使用する場合を想定して、1 mLと0.2 mLカラムに、開発した多孔質ジルコニア粒子を充填した(図1右)。これらのカラムを用いて、血清中に含まれる主成分タンパク質である抗体(IgG)、アルブミン、トランスフェリンを同量含む混合溶液から、抗体(IgG)の選択的な回収を試みた。従来のプロテインAを用いたクロマトグラフィー用担体と同程度の時間で処理可能であった。3種類のタンパク質のうちで、抗体(IgG)だけが、開発した多孔質ジルコニア粒子に対して非常に高い吸着量(143 µg/mg)を示し、アルブミン(12 µg/mg)やトランスフェリン(6 µg/mg)の吸着量の10倍程度であったことから(図2左)、多孔質ジルコニア粒子が、抗体(IgG)に対して優れた吸着選択能力を示すことが分かった。
また、図2右はジルコニア粒子を充填したカラムでのヤギ血清のクロマトグラフィー画分の電気泳動像であるが、中性付近(pH 7~7.5)のリン酸緩衝液を回収液として用いると、吸着した抗体(IgG)を効率的に回収できることを確認できた。また、ヒトIgGとの結合についても確認している。今回開発した多孔質ジルコニア粒子では中性の回収液を利用できるため、酸性溶液を用いて回収した後に生じる抗体の凝集や不活性化を低減できると期待され、抗体医薬品の分離・精製工程の短縮化や低コスト化に貢献することが見込まれる。
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図2 ジルコニア粒子によるタンパク質吸着特性(左)とヤギ血清から抗体(IgG)を分離精製した電気泳動像(右) |
今後は、抗体の分離・精製の効率向上のため、開発したセラミックスの粒子サイズの検討や改良を行うとともに、カラム形状や抗体回収液などのクロマトグラフィーの条件を最適化する。さらに、実用化に向けて、ユーザーへのサンプル提供を進めていく予定である。