国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)地質調査総合センターは、地質情報研究部門【研究部門長 田中 裕一郎】尾崎 正紀 上級主任研究員と活断層・火山研究部門【研究部門長 桑原 保人】杉山 雄一 名誉リサーチャーが、山梨県南西端(一部、静岡県も含む)の身延地域での地質調査の結果をまとめた5万分の1地質図幅「身延」を刊行した。*
富士山の西部に位置する身延地域では、日本列島を分断する重要な地質境界である糸魚川−静岡構造線が中央を南北に走っており、これを境に西側は地質学的に四万十帯、東側は南部フォッサマグナと呼ばれる。四万十帯地域は、白亜紀~前期中新世(1億数千万年前~約1,500万年前)にアジア大陸東縁部の沈み込み帯で形成された付加体で構成されている。南部フォッサマグナ地域は、中期中新世(約1,500万年前)から現在まで、日本列島と、フィリピン海プレートの東縁部に位置する伊豆・小笠原諸島との衝突帯で形成された付加体からなる。いずれも日本列島の成立過程解明に極めて重要なポイントであり、身延地域はこれらの地質学的な歴史が全て盛り込まれた貴重な地域である。また、身延地域は、大きな地震被害が想定される東海地震の想定震源域北端に位置し、地震及び地震に伴う大規模な山体崩壊などに対する防災の観点からもこの地域の地質情報は重要である。今回、新たに得られた地質情報と、過去の膨大な研究成果を整理、照合して精度の高い5万分の1地質図幅「身延」にまとめた。この地質図幅は、学術研究に加え、地震被害予想とその防災・減災対策、土木建築事業、ジオツーリズムなどの観光振興の基礎となる資料としての利活用が期待される。
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今回刊行した5万分の1地質図幅「身延」
赤線はこの地域の重要な断層(糸魚川−静岡構造線、曙断層、身延断層)の位置を示す。 |
地質図は、防災・減災、土木・建築、資源開発、観光振興、環境保全などの幅広い分野で基礎資料として必要とされるほか、日本列島の成り立ちを探るための学術資料としても重要である。産総研 地質調査総合センターは全国各地域の地質調査・研究を行い、未作成の地域の高精度な5万分の1地質図幅作成を進めている。
山梨県南西部の身延地域は、糸魚川-静岡構造線を挟んだ地質学的に非常に複雑な地域に位置し、その地質構造の形成過程については数々の議論が行われてきた。また、東海地震の想定震源域北端にあたり、減災対策の取り組みが重点的に行われている地域でもある。これまで産総研 地質調査総合センターは、5万分の1地質図幅の整備を東海地震の想定震源域で行ってきたが、身延地域は周辺地域の研究活動の中でも、特に学術的に、また減災対策上重要な地域のため、5万分の1地質図幅の作成に取り組んだ。
身延地域で地表踏査を行い、岩石・地層の種類や分布、地質構造を把握した。また、採取した岩石の年代測定や微化石分析により年代を決定した。さらに、過去90年に及ぶ調査・研究成果との関係を整理し、まとめた。
身延地域は、中央を南北に走る糸魚川−静岡構造線を境に、東西で地質の年代や構成、地質構造が大きく異なる(概要図、図1)。西側は、四万十帯と呼ばれる地域で、白亜紀~前期中新世(1億数千万年前~約1,500万年前)のアジア大陸(ユーラシアプレート)の東縁で、海洋プレートが沈み込む際に形成された付加体や、それを不整合に覆う前弧堆積盆~海溝充填(じゅうてん)堆積物が広く分布し、まだ日本列島が概形もなくアジア大陸の東縁であった時代の地層・岩体の形成過程の記録を残している。東側は南部フォッサマグナと呼ばれる地域にあたり、日本列島の土台がアジア大陸から完全に分離して日本海ができた中期中新世(約1,500万年前)から現在にかけての地層の歴史を記録しており、フィリピン海プレート東縁部の伊豆・小笠原諸島が日本列島に沈み込んだいわゆる伊豆衝突帯にあたる。衝突帯では、伊豆・小笠原諸島地域の海底で噴出した火山岩とその周辺の深海堆積物とともに、日本列島と衝突する境界(概ねプレート境界に一致)に発達した凹地(トラフ)を埋めるトラフ堆積物が剥ぎ取られ、日本列島に押しつけられ(付加され)、断層と褶曲(しゅうきょく)により複雑に変形した付加体が形成されている。
身延地域の南部フォッサマグナ地域には、1,600~260万年前頃に形成された、現在の伊豆・小笠原諸島に分布する海底火山岩や深海堆積物、現在の駿河湾の北部に分布するトラフ堆積物に相当する地層・岩体が、複雑に変形しながら断層に挟まれて分布する。この地域には、過去3つの時期に形成されたトラフ堆積物が分布しており、それらが陸化した年代である1,200万年前、800万年前、260万前年頃に、新たなトラフがプレート境界と一緒により海側に移動し、それまで堆積したトラフ堆積物が海底火山や深海堆積物とともに日本列島に押しつけられた地殻変動を読み取ることができる(図1)。
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図1 身延地域の地質学的位置 |
身延地域には、糸魚川−静岡構造線とともに、地震や斜面崩壊に関する減災上、注視すべき断層として曙断層(概要図、図2)、身延断層(概要図、図3)という、西側が数km以上隆起した逆断層がある。上述のように、260万年前頃になると現在の丹沢山地が日本列島に押しつけられ、身延地域を含め南部フォッサマグナの多くの地域は陸化して山地となり、新たに南側の伊豆半島ブロックとの衝突境界付近にトラフが形成された。曙断層と身延断層は、その時期に形成された断層である。例えば、身延山は、約1,000万年~700万年前頃に噴出した南方の伊豆・小笠原諸島の海底火山体が、北へ移動し260万年前以降に剥ぎ取られ日本列島に押しつけられ、身延断層の西側隆起の変位によって山地となった地塊である。今回の調査では明確な活動の痕跡は認められなかったが、曙断層は市之瀬断層などとともに、活断層である糸魚川-静岡構造線断層帯南部(白州-富士見山)区間の一部とされる(図4)。また、身延断層の南部(その先端は身延地域に一部及ぶ)も活断層とされており、この地域の地震災害の対策上、さらなる調査と注視が必要である。
このように、身延地域は1億数千万年前以降のプレート境界の沈み込み帯における大地の変遷を凝縮して記録している地域であるとともに、現在も南海トラフの東端が上陸する沈み込み帯に属する活動的な地域であるという特徴を持ち合わせた特異な地域である。
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図2 曙断層沿いの地形
富士見山の東南東側山麓に曙断層が発達し、その前面に定高性のある丘陵性の山地が形成されている。身延山より北方を撮影。 |
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図3 身延断層の活断層露頭
身延町相又北方の大城川河床。ハンマーの柄の長さは28 cm。 |
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図4 身延地域及び周辺地域の主な構造線と活断層
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身延地域は、七面山の大崩壊など、大規模な山体崩落や地すべり発生の地質・地形学的素因があり、その一部は南海トラフ沿いの大地震が誘因となっている可能性も指摘されている。今後、それらを含めた地震災害の軽減対策に向けた基礎資料として、この周辺も含めて広く地域への情報提供を行う。また、糸魚川-静岡構造線を挟んで全く異なる形成史からなる身延山や七面山など、多様でダイナミックな成り立ちを持つ自然資源を活用したジオツーリズムなどの観光振興を促す資料として、持続的地域社会づくりに貢献する。
* この地質図幅は、産総研が提携する委託販売先(https://www.gsj.jp/Map/JP/purchase-guid.html)より10月30日頃から委託販売を開始する。