国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)地質調査総合センター 地質情報研究部門【研究部門長 田中 裕一郎】、活断層・火山研究部門【研究部門長 桑原 保人】、国立大学法人 名古屋大学【総長 松尾 清一】大学院環境学研究科の 竹内 誠 教授は、新潟県南西部の「糸魚川」地域での地質調査の結果をまとめた5万分の1地質図幅「糸魚川」(著者:長森 英明・古川 竜太・竹内 誠・中澤 努)を完成し、刊行した。この図幅は産総研が提携する委託販売店(https://www.gsj.jp/Map/JP/purchase-guid.html)より9月20日頃から委託販売を開始する。
今回、地表踏査に基づき、詳細が不明であった「糸魚川」地域の地層の分布や時代を決定し、地層の区分を行い、地質図幅を完成させた。これにより糸魚川-静岡構造線の最北部が含まれる地質図幅が全て完成し、100万年前以降に急激な隆起活動があったことが判明した。また、これまでユーラシアプレートと北アメリカプレートとの境界が糸魚川-静岡構造線を通るとの説があったが、今回、「糸魚川」地域を含む最北部地域はプレート境界ではないことが明らかとなった。
この5万分の1地質図幅の刊行により、「糸魚川」地域の詳細な地質が明らかとなり、学術研究の資料となる。今後、土木・建築、防災・減災の重要な基礎資料として、また、地元住民の地域に対する理解促進のための資料としての利活用が見込まれる。
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今回刊行した5万分の1地質図幅「糸魚川」
約4億2,000万年前(古生代デボン紀)から現在まで、幅広い年代の地質が分布する。 |
糸魚川-静岡構造線は、およそ2,000万年前から1,500万年前にかけて日本海が誕生し、日本列島の礎となる岩石などが現在の位置に配列した時に形成され、日本の地質は糸魚川-静岡構造線を境にして大きく異なっている。このため、日本列島の成り立ちを考える上で重要な構造線とされている。また、糸魚川-静岡構造線最北部の東側の北部フォッサ・マグナ地域は著しく隆起していると考えられているが、いつ、どのように隆起したのかは解明されていない。また、「糸魚川」地域を含む糸魚川-静岡構造線の最北部地域は、4億年前から現在までの多彩な岩石がみられる貴重な地域でユネスコ世界ジオパークに認定されている。このように、同地域は地質学的に重要な意義を持つ地域であるにもかかわらず、非常に急峻な山岳地帯のために詳細な地質調査が行われず、詳細な地質図がなかった。
産総研 地質調査総合センターでは日本全国の地質図幅を作成することで、基本的な地質情報の整備を進めている。これまで、「白馬岳」地域、「小滝」地域、「糸魚川」地域の順に糸魚川-静岡構造線を北上する形で地質調査を実施し、5万分の1地質図幅を随時刊行してきた。2012年から2014年にかけて、最北端の図幅となる「糸魚川」地域の地質調査を行い、名古屋大学と共同で、5万分の1地質図幅「糸魚川」としてまとめることとした。
今回、「糸魚川」地域で115日の地質調査を行い、地層の種類や分布、地質構造の詳細を明らかにした。また、岩石の化学分析、火山灰の分析、微化石分析、フィッション・トラック年代計測を実施し、各地層の正確な区分や形成された年代を整理し、「糸魚川」地域の地質の成り立ちを解明した(図1、図2)。
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図1 「糸魚川」地域の地質概略図 |
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図2 「糸魚川」地域の地質と年代の概要図 |
糸魚川-静岡構造線は西南日本と東北日本の地質を分ける日本を代表する構造線として知られ、その北の起点である「糸魚川」地域は地質学的に有名である。この地域では横川断層が糸魚川-静岡構造線に相当し(図1)、西側には古生代から中生代に形成された古い地層が、東側には北部フォッサ・マグナ地域に堆積した新生代に形成された新しい地層が分布している。また、一部の新生代の地層は横川断層の西側にも分布している。
糸魚川-静岡構造線の西側の主な地層は、日本列島がまだ存在しない古生代と中生代の地層・岩石である。古生代に形成された舞鶴帯の琴沢(ことざわ)火成岩類、倉谷(くらたに)変成岩類、虫川層、秋吉帯の青海(おうみ)コンプレックス(図3D)、姫川コンプレックスに区分される(図2)。舞鶴帯の地層はプレート沈み込み帯の大陸側に形成されたかつての背弧海盆での堆積物から構成される。秋吉帯は海洋プレートにあった海山に堆積した石灰岩や海洋底に堆積した堆積岩が海溝で大陸に付加して形成された。中生代の白亜紀に形成された地層は、貫入岩体の青海花崗岩と大規模な火砕流堆積物の石坂層である(図2)。
一方、糸魚川-静岡構造線の東側は北部フォッサ・マグナ地域にあたり、1,800万年以降の日本海に堆積した地層が分布している。この時期の「糸魚川」地域の東域では、深海から浅海の海が広がり、海底火山噴出物(山本層、今井層、鰐口(わにぐち)層)や、泥岩・砂岩(仙翁沢(せんのうざわ)層、根知層、名立層(図3A))が厚く堆積した。そして、およそ100万~60万年前には糸魚川地域の東部で火山活動が活発になったが、この時期の火山活動についてはこれまで地層の重なりや時代などの詳細が不明であった。今回の調査・研究により猿倉層(新称)、江星山層(図3B)、梶屋敷層(図3C)、高峰層(新称;図3C)に区分できた。
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図3 「糸魚川」地域でみられる地質の例 |
A:名立層の海成泥岩層。鮮新世の珪藻化石が含まれている。泥岩は風化の過程で割れ目ができやすく、しばしば地すべりを誘発する。
B:江星山層の火山岩からなる弁天岩。海底火山の噴出物である。糸魚川ジオパークの観察ポイント(ジオスポット)になっている。
C:火山砕屑物からなる梶屋敷層と高峰層。梶屋敷層には飛騨山脈起源の礫が含まれている。高峰層は今回命名された地層で、火山の噴出物からなる。
D:秋吉帯の青海石灰岩。古生代の石炭紀からペルム紀のサンゴ礁を起源とした石灰岩である。セメントの原材料として採掘される。 |
「糸魚川」地域では、活断層は確認されておらず、地質に起因する災害は主に地すべりと火山噴火が想定される。糸魚川-静岡構造線より東域に広く分布する海成の泥岩(図3A)は地すべりを発生させやすい。また大規模な崩壊性の堆積物は、火山噴出物が作る急峻な崖の付近で形成されている。東部に流れる早川では活火山の焼山火山の噴火により被害を受ける可能性がある。なお、今回、新たに発見された約65万年前の火山(高峰層を形成した火山)は、すでに火山活動が終焉して噴火の恐れはない。
糸魚川-静岡構造線の最北部を含む5万分の1地質図幅は南から「白馬岳」、「小滝」が刊行され、今回「糸魚川」が完成して、糸魚川-静岡構造線の最北部の特徴が明確になった。最北部の糸魚川-静岡構造線は、10以上のより新しい時代に形成された断層群に寸断されて活動を停止しており、西側の飛騨山脈と東側のフォッサ・マグナ地域が連動して変形していることが明らかとなった。糸魚川-静岡構造線に沿って相対的な垂直変位をみると、相対的な隆起量は「小滝」地域南部に露出する約100万年前に地下深部に貫入した岩体付近が最も大きい(図4)。「糸魚川」地域の海岸付近では、糸魚川-静岡構造線は500 m以上の地下深部に埋没していると推定される(図5)。「小滝」地域南部の約100万年前の貫入岩体は1,500 m以上の頂となっており、100万年前以降にキロメートルオーダーの隆起が生じたことになる。「糸魚川」地域の段丘堆積物は古いものほど分布高度が高いことから、現在も隆起傾向にある(図6)。
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図4 「糸魚川」・「小滝」地域で起きた隆起の概略図 |
「糸魚川」・「小滝」地域では、100万年前以降に急激な隆起が起きた。複数の断層によって階段状に隆起しており、約100万年前に形成された貫入岩付近が最も隆起している。最北部糸魚川-静岡構造線の最北部は、複数の新しい断層によって寸断され、その活動は終息している。 |
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図5 糸魚川-静岡構造線最北部の立体地質図 |
糸魚川-静岡構造線(横川断層)最北部は新しい断層により寸断され、地下深部に埋積されている。 |
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図6 段丘面の標高分布 |
姫川沿いに認められる段丘面の標高分布を示す。段丘堆積物は川沿いで形成されたため、その上面は平坦である。段丘面の形成時の勾配は河川の勾配と同じであるが、段丘面が形成された後に隆起すると、面は急勾配となる。「糸魚川」地域では、古い段丘面ほど勾配が強く、隆起により傾動していると考えられる。 |
近年、糸魚川-静岡構造線と日本海東縁の変動帯をつなげた地域をユーラシアプレートと北アメリカプレートの収束境界とする例が多いが、今回の調査により、最北部の糸魚川-静岡構造線は直交する新しい断層群によって寸断されてその活動は終了しており、構造線の両側の地域が一体化して隆起していることが明らかになった。このことから、糸魚川-静岡構造線の最北部は、トランスフォーム断層や衝突境界ではない。つまり「白馬岳」、「小滝」、「糸魚川」地域の糸魚川-静岡構造線は、プレート境界ではないことが明らかになった。
糸魚川-静岡構造線の最北部を含む「白馬岳」、「小滝」、「糸魚川」地域での隆起の要因や過程を解明していく。