国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(産総研)生物プロセス研究部門【研究部門長 田村 具博】深津 武馬 首席研究員、同部門 生物共生進化機構研究グループ 森山 実 主任研究員と、国立大学法人 琉球大学【学長 大城 肇】 熱帯生物圏研究センター 松浦 優 助教(元産総研技術研修員)は共同で、米国モンタナ大学と協力して、日本産セミ類24種を調査し、うち15種が、冬虫夏草のセミタケ類にごく近縁の細胞内共生真菌と共生していることを明らかにした。
従来、セミ類には2種の細胞内共生細菌サルシアとホジキニアが共生していることが知られていたが、今回、日本産セミ類ではホジキニアが失われて冬虫夏草由来の細胞内共生真菌へ置き換わる共生体置換が少なくとも3回起こり、共生真菌から別系統の共生真菌への共生体置換も複数回起こったと推定された。ほとんどのセミ類の共生真菌は培養困難であったが、ツクツクボウシの共生真菌の単離、培養に成功した。概要ゲノム配列を決定して、この共生真菌が、本来の共生細菌ホジキニアが供給する必須アミノ酸やビタミンの合成能力を持つことを確認した。
今回、寄生関係から共生関係への進化が繰り返し起こったことが実証され、寄生微生物と共生微生物の間の予期せざる深い関係が明らかになった。冬虫夏草や近縁の菌類はしばしば漢方薬として利用され、免疫抑制剤など生理活性物質の産生菌としても知られており、主に亜熱帯地域に生息する多様なセミ類の共生真菌も新たな生物遺伝子資源として利用できる可能性がある。
この成果は2018年6月11日(米国東部夏時間)に米国の学術誌「Proceedings of the National Academy of Sciences USA」(米国科学アカデミー紀要)にオンライン掲載される。
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アブラゼミ(左) オオセミタケ(右) セミタケ(下) |
微生物を利用した物質生産や発酵などをはじめ、バイオテクノロジーは人間社会のさまざまな局面で役立っている。近年では、農業害虫や衛生害虫の生存や病害に体内微生物が重要な役割を果たしていることや、ヒトの健康や疾病に腸内細菌が無視できない影響を与えていることも判明し、生物の体内に存在する微生物の多彩な生物機能が注目されている。一方で、熱帯・亜熱帯地域に特有の生物多様性は、現在、人間の活動や気候変動の影響を受けてさまざまな危機に直面している。このような生物群においても、未知の高度な機能を有する微生物が共生していることは間違いなく、亜熱帯地域における多様な動植物と微生物の相互作用の解明や、共生微生物を含む生物資源の探索が今まさに求められている。
アブラゼミ、ミンミンゼミ、クマゼミ、ツクツクボウシ、ヒグラシなどのセミ類は、特徴的な大きな鳴き声から夏の風物詩としてなじみがあるが、体内に複数の共生細菌との内部共生系を保有している。近年、主に米国のセミ類についての研究から、セミ類の体内には菌細胞塊という共生器官があり、その細胞内にサルシアとホジキニアという2種の細胞内共生細菌が局在することがわかってきた。セミ類は数年間の長い幼虫期にわたり、2種の共生細菌の助けにより、植物の汁(道管液)という栄養的に貧弱な食物から大きな体を作り上げると考えられてきた。今回、日本産セミ類の大半を網羅する24種について内部共生系を調べたところ、従来知られていなかった共生真菌を発見し、その微生物学的実体を解明するために詳細な研究を実施した。
なお、本研究の一部は、文部科学省 科学研究費補助金および公益財団法人 発酵研究所 一般研究助成の支援を受けて実施した。
セミの成虫は樹木から、セミの幼虫は根から、植物の道管液を吸って生きているが、道管液はわずかなアミノ酸や糖を含むのみで栄養的にきわめて乏しい。一方、セミ類の細胞内共生細菌サルシアとホジキニアは共生進化の過程でゲノムが著しく縮小し、セミの体外では生存できない。サルシアは多くの必須アミノ酸、ホジキニアはいくつかの必須アミノ酸とビタミンの合成に特化しており、これらの共生細菌の助けにより、セミは道管液という栄養的に貧弱な食物でも生存できると考えられてきた。
今回、沖縄などの南西諸島を含む日本各地から採集したセミ類24種を調べたところ、ニイニイゼミ、エゾゼミ、エゾチッチゼミ、クロイワゼミ、ツマグロゼミなど9種は従来の報告の通り、サルシアとホジキニアの2種の細胞内共生細菌を保有していた(図1)。ところがアブラゼミ、ミンミンゼミ、クマゼミ、ヒグラシ、ツクツクボウシ、オオシマゼミ、オキナワヒメハルゼミ、イワサキクサゼミなど他の15種では、サルシアは持っていたがホジキニアは検出されず、代わりに酵母のような形の細胞内共生真菌を保有していた(図2)。
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図1 ニイニイゼミの内部共生系
(A) 成虫。(B) 解剖摘出した菌細胞塊。(C) 蛍光in situハイブリダイゼーション法による菌細胞塊におけるサルシア(マゼンタ)とホジキニア(緑)の局在の可視化。(D) サルシアとホジキニアの透過電子顕微鏡像。 |
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図2 アブラゼミの内部共生系
(A) 成虫。(B) 解剖摘出した菌細胞塊。(C) 蛍光in situハイブリダイゼーション法による菌細胞塊におけるサルシア(マゼンタ)と細胞内共生真菌(黄)の局在の可視化。枠内は共生真菌細胞の光学顕微鏡像。(D) サルシアと共生真菌の透過電子顕微鏡像。枠内は共生真菌細胞の拡大像。 |
次に、セミ類の系統樹を作成し、サルシア/ホジキニア/共生真菌の有無を解析したところ、日本産セミ類の進化過程においてホジキニアから共生真菌への共生体置換は少なくとも3回独立に起こったと推定された(図3)。
共生真菌が見つかったセミ類からDNAを抽出して、真菌類の遺伝子を増幅し、塩基配列決定、分子系統解析をおこなったところ、セミ類の共生真菌はエゾハルゼミタケ、ヤクシマセミタケ、セミタケなどのセミ寄生性の冬虫夏草類ときわめて近縁であることがわかった。宿主セミ類と共生真菌の系統樹を比較したところ、両者の系統関係はほとんど一致せず、しかもさまざまなセミ類の共生真菌の間にセミ寄生性の冬虫夏草類が位置する複雑なパターンを示し、セミ類の進化過程で冬虫夏草から共生真菌への進化が繰り返し起こってきたこと、そして共生真菌がさらに別の共生真菌に繰り返し置き換わってきたらしいことが強く示唆された(図4)。
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図3 セミ類の系統関係と共生微生物の進化過程
ミトコンドリア遺伝子14733塩基座位に基づく分子系統樹。ミトコンドリア全遺伝子配列を決定した日本産セミ類20種に外国産セミ類4種のデータを加えて解析した結果を示す。数字はグルーピングの確からしさを表すブートストラップ値(100が最高値)。 |
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図4 日本産セミ類と共生真菌/冬虫夏草類の系統関係の比較
左側が宿主セミの系統関係。右側がセミ類の共生真菌および近縁の冬虫夏草類の系統関係。推定される共生真菌の獲得、ホジキニアの喪失、共生真菌の置換の過程をセミ系統樹上に示す。宿主セミと共生真菌の対応は黒い点線で示す。共生真菌のいないセミは灰色で、冬虫夏草は色付けで示す。冬虫夏草と寄主セミの対応は色付き点線で示す。数字はグルーピングの確からしさを表すブートストラップ値(100が最高値)。 |
これらセミ類の共生真菌の単離培養を試みたところ、大部分は培養困難であったが、ツクツクボウシの共生真菌だけは、生育は非常に遅いものの寒天培地上で単離培養することができた(図5)。この共生真菌の培養株について概要ゲノム配列を決定したところ、ホジキニアの機能と考えられている必須アミノ酸合成系やビタミン合成系を保持していた。
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図5 ツクツクボウシ共生真菌の単離培養
(A) 培養約1ヶ月後の寒天培地上の小さなコロニー。生育は遅い。(B) コロニーの拡大像。(C) 長期(3ヶ月以上)培養したコロニー。菌糸をあまり伸ばさず塊状に成長する。 |
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図6 セミ共生真菌と冬虫夏草の進化生態的関係 |
これらの結果から、セミ類の生存に必須な細胞内共生細菌ホジキニアを置換してその機能を代替している細胞内共生真菌と、セミタケ類として知られるセミ寄生性の冬虫夏草は、生態的、進化的に密接な関係にあることが示された(図6)。セミの幼虫は樹木の根から吸汁しながら、土壌中で何年もかけて成長する。このように、多湿で微生物だらけの土壌中で長い期間を過ごすため、セミの幼虫は冬虫夏草類の寄生を受けやすいのではないかと考えられる。実際、日本で記録されている約240種の冬虫夏草類のうち、セミ寄生性のものが20種余りを占める。
共生真菌の進化について、今回の論文では、セミ寄生性の冬虫夏草類のうち弱毒化したものが、慢性的な感染を確立し、宿主を殺して胞子形成して分散するかわりに、卵へ垂直伝達されるようになり、細胞内共生細菌を機能的に補うようになって、やがては取って代わって細胞内共生真菌になったのではないか、そのようなことがセミ類の進化の過程で繰り返し起こってきたのではないか、という仮説を提唱した。
今後は、セミ類の多様性がもっとも高いことで知られる南西諸島を中心に共生微生物の調査を継続する。そして、ツクツクボウシ以外のセミ類に見られる培養困難な細胞内共生真菌についてもゲノム解析を行い、より進化段階の進んだ共生真菌のゲノムがどのような特徴を示すようになるのか明らかにするとともに、共生真菌に近いセミタケ類との比較ゲノム解析を進め、寄生菌と共生菌の間のゲノムの違いを同定していく。
論文名:Recurrent symbiont recruitment from fungal parasites in cicadas
著者:松浦優1,2、森山実2、Łukasik Piotr3、Vanderpool Dan3、棚橋薫彦4、孟憲英2、McCutcheon John3、深津武馬2
所属:1.琉球大学 熱帯生物圏研究センター、2.産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門、3.モンタナ大学、4.台湾国立交通大学
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences USA
DOI:10.1073/pnas.1803245115
論文URL:www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.1803245115